行方
「はぁ……はぁ……」
全身から血が滴り落ちる。
無数の切り傷。無数の焦げ跡。
無事――ではある。命がある、という意味で。だが、戦いとしては、どうしようもないことに、負けを認めざるを得ない。
やはり、無謀だった。
キメラの放った巨大な光球には耐えることに成功した。
但し、満身創痍でだ。
しかし満身創痍なのは僕だけではなかった。
咲楽の剣が輝きを失い、今は僕の手の中で沈黙してしまっていた。
――魔力切れ、か。
今までそんな事態に陥ったことはなかった。
使い過ぎてもこんなことになることはなかった武器が、今、光を失い完全に動きを止めている。
まだ内部には微弱な魔力を感じる。二度と使えないわけではなさそうだが、回復までには時間が掛かりそうだ。
キメラは、未だ健在だった。
感じる魔力の圧は減ってはいる。減ってはいるが、それはこちらの武器を無力化してなお数倍は有しているように見える。
「逃がしては、くれないよな……」
プランB。もう、勝利は無理だ。この場をやり過ごす方へと全力で思考をシフトする。
自分の見通しの甘さは認めよう。
でも、戦ってよかったと思えることが一つだけあった。
こいつの正体がおぼろげながら見えてきたのだ。
戦いを通じてしか分からないこと。戦闘中だからこそ気付ける違和感。こいつはやはり――。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ビリビリと空気が震える。もう――僕を仕留めるつもりだ。
後ずさる。ギリギリまで、引きつけなければ。
距離を保ち、遠すぎず、近すぎない間合い。魔法を撃つにも、飛びかかるにも絶妙な間合いを維持する。
――魔法のほうは、止めてくれよ。
奴は待ちかねたように、僕に向かって跳躍した。その大きな口を開けて。
僕は、賭けに勝った。
「喰らえ!」
僕はポケットに入れておいたマナストーン武器をキメラの口めがけて放り込む。
「グアゥ!?」
僕は横に跳び、一撃を躱そうとするところに奴の右手の爪が見え――
「がっ!」
意識が――遠のく。
「かはっ……うげ……」
焼けつくように痛い。見るとジャージの右肩が裂け、くっきりと赤い爪痕が残っている。
食らった――と思った時にはもう僕の身体は壁面に叩きつけられていた。
ゆっくりと、奴が振り返る。逃げなければ――。
「つっ……!」
痛みで立ち上がることすらままならない。自分の身体が自分のものじゃないように自由が利かない。
なんとか奥歯を噛みしめて立ち上がる。
「ガオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
キメラが怒りの咆哮を上げ、またしても僕に向かって飛びかかろうとするのが見えた。
――終わりか。
その考えが一瞬頭を過るがすぐに打ち消す。その考えは捨てたのだと。
大体、僕は、やることはやったじゃないか。その効果がどうでるか見届けなければ――
「グエウアアアオウイオアアアアアアアア……!?!?!???!?」
その効果は現れていた。しかしそれは、異様な形で。
ぼこぼこ、という音と共に、ライオンの顔から新しい顔がいくつも生えていく。その顔は、僕が今まで倒したマナストーン武器の魔物にそっくりだった。
「やっぱり……落合の鞭に近いのか」
そう、取り込むという一点でこいつは落合の鞭に似ているのだ。ただ取り込むのが人ではなく、別のマナストーン武器をいくつも吸収し、取り込んでいる。だからこそ魔力の貯蓄量は多く、多種多様な攻撃を繰り出せる。最初は一体の魔物かと思っていたが、戦っているうちに言いしれない違和感が湧きあがってきた。攻撃のどれもこれも、魔力の質が違うからだ。
咲楽の剣を使っていた経験から、何種類もの攻撃を繰り出せるようなほうが異常なのだと気が付けたのだ。
多分、一種類の武器には、一種類の攻撃手段しか備えられていない。何度もあすかを救うために様々なマナストーン武器の魔力を身体に通した経験もその仮説を後押ししていた。どれも、何かしらの効果を生むとしても、複数はあり得ないのだと。
ならもう答えは一つだった。あれは、合成魔獣はマナストーン複合体なのだと。
複合体、とはいうが命令系統はあるに違いない。
あいつは意志をもって襲ってきている。そう、落合の鞭のように核になる何かが存在して、それが複数のマナストーンを取り込んでいると仮定するのが妥当だと思う。
つまり、あいつも僕同様にマナストーンの武器を使う者――それが人間でないだけなのだ。
だから僕はあいつの口にマナストーン武器、それもマイナスの効果しか生まないものを放り込んだ。
僕に悪影響を及ぼしたのだ。きっと、奴にも――。
「ぐあjがじがいあkがmごあいえごええいごあいがおえいごあいがえおぎあ」
効いていた。予想以上に。
苦し気な声を上げ、いくつもの顔がキメラから生えては消えていく。抑え込もうとするキメラ本体と、暴走するマナストーンとで喧嘩が始まっていた。逃げるなら、今だ。
僕が駆けだそうとした、その時だった。
「遼平」
聞き覚えのある声。
聞きたかった声。
でも、今は聞きたくなかったその声。
息をのみ、ゆっくりと振り返る。
「タス……けて」
いくつもある湧き出る顔の中に僕のよく知っている顔があった。
「……ケイ」
鷹峰景。僕の幼馴染の苦し気な顔が。
◆
痛い。
身体を起こした時にはもう誰もいなかった。
「げほっ……げほっ!」
血痰が口から零れる。……どうやら、蹴られ過ぎて気を失っていたようだ。
――死んでしまいたい。
情けなくて、悔しくて、僕はもう消えてしまいたかった。出来ることなら、僕の大好きな物語の世界で。
ここは一体どこなのだろう?
富士山が噴火したけど、でもなぜか僕はこんな場所にいる。
魔法のある世界に行きたい。
チートな能力を身に付けたい。
こんな弱い身体を、捨て去りたい。
中谷要の声が呪いのように耳に残っている。
足を引きずりながら先を歩く。どこまで行けばいいのかも分からずに。
ガラッ。
足元に石がぶつかる。
下ばかりを見ていた視線を上げると通路に巨大な岩が落ちていた。
落盤のようで天井に大きな穴が開いてる。
僕は自分の身体ほどの岩の塊を乗り越え先に進もうとした。しかし、足場が定まらず登るどころか転げ落ち先へと進めない。
「ふ、は……ははは……」
駄目だ、僕は。
この程度のこともできない弱い身体。前にはもう進めない。戻る気力も湧かない。もう死んだほうがマシだ。
「……たす……けろ」
一瞬耳を疑う。声が、聞こえたような……。
「だず……げてくれえええええ……!」
間違いなく、そう声が聞こえた。
場所は――
「中谷……くん?」
岩の下、その隙間から声が聞こえてきたのだ。
「あああああ、いるのか誰かあああああ……」
「どうしたの……中谷君」
「いてえんだっよおおおおお……たずげでくれえええええ!」
悲痛な声が洞窟に響く。……落盤に、巻き込まれたのか。しかし奇跡的に、岩の隙間に挟まってまだ命があるらしい。
「……はは、ははははは」
「何笑ってんだてめええええええ……」
「だって、無理だもん」
僕は彼の声が聞きたくなくて、その場から後ずさった。
「逃げんなてめええええ……たすけろよおおおおお……血が、とまんねえんだよおおおお」
聞こえない。聞きたくない。身勝手なその叫びを僕は無視する。
「ごめんね、だって僕、弱いから」
僕は耳を塞ぎ、その場を後にした。
既にストックがないので書き上げ次第上げてます。
構成や誤字脱字などありましたらご容赦下さい。
気付いたら都度直します。