二つの対峙
「……鍵村、くん?」
「大丈夫だった、鷹峰さん?」
魔物の背後から近付いてきた影は鍵村惣次郎くんだった。
私は少なからず驚いていた。
失礼な話かもしれないが、同じ人物とは思えなかったのだ。
いつもなよなよして猫背だった背はピンと伸び、彼の表情は自信に満ちている。そしてその右手には、何か杖のような物が握られていた。
「今の……鍵村くんがやったの?」
「そうだよ、こいつでね」
そう言うと彼は誇らしげに右手の杖を掲げる。
「……ここは、どこなの? 何が起きてるの? そして、一体この……化け物は……」
「それは……」
「ケイ! 大丈夫!?」
「あ、あすか……」
気付けば近くには友人の河村あすかが戻ってきていた。
「ちょうどよかった、どこか場所を移そう。話すよ、僕の知っていること。それにお互いの現状認識も済ませないとね」
あすかと私は思わず顔を見合わせる。
クラスで一番頼りない男だったはずの彼が、自信満々にそういうものだから、どう答えたらいいものか判断がつかなかったのだ。結局私たちは彼の迫力に圧されるように、後をついていった。
「あすかは、どうやってここに?」
「愚問だね、君にもその質問を返そうか?」
私たちは暫く歩いた先にあった腰かけるのにちょうどよさそうな岩が並んでいるところを見つけ席を囲んでいた。
「ここがどこかもわからない。目が覚めたら化け物がうようよいる。現実世界の出来事とは思えないね」
あすかはそういうとお手上げのポーズを取りため息をつく。
「僕らは、異世界に来たのさ」
自信満々にそう宣言したのは鍵村くんだ。
「異世界? あのアニメとかでよくある?」
遼平の家に行ったときに置いてあった小説に確かそんな話があった気がする。
「何それ? 私アニメ見ないからちゃんと説明してくれる?」
あすかも私もサッカー部が忙しくてほぼTVなど見ていない。私は遼平の家に入り浸っている時にそういう知識をため込んでいるだけで、頻繁に見ているわけではない。一応、初心者の部類だと思う。
「別の世界――魔獣や、魔法のある、ロールプレイングゲームのようなファンタジー……それが現実世界と繋がったのさ」
あすかの顔には明らかに「頭大丈夫?」と書いてある。しかし現実として私たちは彼が魔獣と呼ぶものに襲われている。今の私には彼の言い分を強く否定する材料はない。
「みんな、集団催眠にでも掛かってるという線は? もしくは、あれは見たことない未知の生物とか……」
あすかはやはり納得がいかないようで彼の言動に食いついた。
「そう言いたくなる気持ちも分かるけど……でも違う」
そう言うと彼は大事そうに抱えていた杖を構える。そして――
ちゅどっ。
「!?」「!!」
杖から放たれたつむじ風のようなものが近くの岩を粉砕した。
「これで、信じて貰えたかな?」
得意そうな笑みがよりハッキリと彼の顔に浮かぶ。
「……げほっ」
「あ、ごめん! ちょっと近すぎたね!」
巻き上がった土煙で私の目も痛い。
「……それ、どうしたの? 一体何なのよ、自衛隊かなんかの兵器?」
私は半ばもう信じ始めていたが、あくまで信じないという姿勢を崩さないあすかはまだ食い下がる。
「……これは、僕の見つけた魔法の武器さ。僕は『暴風銀杖マケナ』って呼んでる」
中二病全開の名である。思わず吹き出しそうになってしまった。
「……恥ずかしくないのそれ?」
言いにくいことをズバズバとあすかは代弁してくれる。
「全然? こいつは凄いんだよ。風を起こしてかまいたちのように相手を切り刻んだり、今みたいに風をいくつも発生させてそのぶつかる力を利用して相手をミキサーのように砕いてみたり……」
欲しかった玩具を手に入れた子供のように彼の目はキラキラしている。正直、ちょっと引く。
「まあ何にせよ君たちは運がいいよ。僕に出会えたんだから」
「は、はあ……」
「僕が守ってあげるよ! さあ、一緒に地上を目指そうじゃないか!」
私とあすかは思わず目を合わせる。どうすべきか……、しかしどうやら私たちに選択肢はないのだと悟るのにさほど時間はかからなかった。そもそも別行動をする意味がない。
「じゃあ……一緒に行こ……」
「さあ行こう! 青空を目指して!」
私たちの返事を待たず鍵村くんはそう宣言しさっさと立ち上がり歩き出してしまう。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
あすかがボヤキながら後を追う。私もそれに従う。
――遼平。
一体この先、私たちはどうなってしまうのだろう?
不安だけが、一歩踏み出すたびに強くなっていった。
◆
スロープの上まで登り切ったところで方針を考える。
まずは石に荷物が反応した地点まで戻るべきだろう。エリスを復活させたほうが後の戦闘も格段に楽になるに違いない。あのキメラと対峙するなら尚更だ。
急いできた道を戻る。ゆっくり探索などしている暇は当然ない。
唯一助かるのは、あのキメラの放つ魔力が凄すぎて居場所の特定が容易だということだ。近くに来れば流石に出会う前に回避できる……と思う。
「さて……この辺りだったような」
エリスの石が反応した行き止まりの地点まで戻ってみる。しかし、石に反応がない。
「……なぜだ? さっきは間違いなく反応したのに……」
嫌な予感が頭を過る。
「既に、拾われている?」
誰かが拾い、持ち歩いている可能性もある。あすかもケイも生きていたとなれば、他にも生存者はきっといるはずだ。食料も厳しい状況である。荷物を拝借するくらい普通にあり得る。
「困ったな……」
言葉にしてみると簡単な悩みのようだが事態はより深刻だ。
時間的余裕は全くない。
「まったく――」
ぞわっ。
「――ッッ」
来た。奴だ。
背後から強烈な魔力の奔流がやって来るのを察知する。しかも、もの凄い速度で。
――まずい。
このままでは確実に一本道の通路で出くわしてしまう。逃げ出そうと踵を返したところで、僕は思い止まった。危険は危険である。しかし……これはもしかして、チャンスかもしれないと。
実は対峙するには、行き止まりのほうが都合がいい。
理由は2つある。
まず、相手の攻撃方向を限定出来る点。広い場所で戦うよりも通路のほうが何かと便利だ。
天井を攻撃されての落盤だけが心配だが、それは多分何とかなる。僕の持っている武器、咲楽の剣は僕に向かってくる攻撃を回避するように斬撃を繰り出せるからだ。そしてその特性は敵の攻撃方向が限定的であればあるほど非常に相性がいい。
一度複数の魔物(小さなネズミのような敵だったが)に襲われた際にその斬撃による防御が追い付かず、危うく傷を負い掛けたことがあった。全方位からのランダムな攻撃や同時攻撃には対処が難しいのだ。
だが、一方行からならどんな強力な攻撃が来てもほぼ撃ち落とせる自信があった。
但し、想定外の攻撃を食らう可能性はゼロじゃない。かなり、リスクは高い。しかし――。
僕は咲楽の剣を握りしめ、呼吸を整える。
――戦う。
逃げることは可能だ。でも、そんな時間すら惜しいのだ。時間が経てば経つほど、僕に不利なことは明白だった。誰を探すにも、救うにも、情報を集めるにも、今ここで最大の敵であるこのキメラを仕留めることが最もリターンが大きいことは間違いがなかった。
倒せば何かしらの武器が手に入り救助が圧倒的に楽になるし、後の捜索も、エリスの鞄探しも捗り、脱出に比する時間制限もかなり無くなるのだ。
但し、保険はいる。もしもの時に可能性だけは残しておきたい。僕はさっきいくつか試したハズレのマナストーン武器を取り出しやすい様にポケットへ入れておく。仮に使うにしても、最後の手段である。どんなことになるのかは自分でも想像がつかないが、そうしておいたほうがいいと、もう一人の僕が言っている。まあ、やるだけやっておいて損はない。
ゆっくりと歩みを進める。通路は段々と広くなり、道幅は教室の廊下より少し大きい程度には開けてきた。そこに――奴はいた。
土日はここからイベント続きになるので更新お休みします。
漫画原作のお仕事が詰まっているので月曜から作業出来次第不定期で平日更新します。