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均一世界のイレギュラー  作者: 長崎 光
5/22

 イレギュラーの身体は、赤く塗装された装甲に鮮血の赤が飛び散り、気味の悪いグラデーションを作っていた。死体の上で幽霊めいてゆらりと揺れると、極限まで膝を曲げ、跳躍した。

 イレギュラーは放物線を描いて跳び、着地する寸前、左腕部からワイヤーを射出する。ワイヤーの先端は建物上のアンテナに食い付き、イレギュラーはその振り子に振られてさらに跳躍した。ワイヤーの食い付きを解除すると、次は別のアンテナに引っ掛ける。それからターザンのように、アンテナからアンテナへワイヤーを引っ掛け続ける。

 着地をすることなく、黒瀬達へと着実に近付いていた。


「うぉッとォ!」


 宙を舞うイレギュラーの横を、高速の弾丸が掠めていく。直撃コースだったが、イレギュラーは身を捻ってかわしていた。

 アカネは位置を変えずに、膝をついて射撃を行っていた。

 一方の黒瀬は、アカネのいる位置から少し前方の高台に立っていた。ハンドガンを手に持ってはいるが、直立したまま隠れようともしない。

 黒瀬は、先程見せ付けられたイレギュラーの戦闘能力のことを思った。常人とはかけ離れている運動能力と、気づかれぬ間に爆弾を仕掛ける狡猾さ。厄介な相手だ。

 だが奴は、最後まで浦賀を殺さないでおき、雑兵の方を先に片付けた。そして最後には直接的な言葉による挑発までした。

 普段の浦賀ならば、安い挑発に乗ることもなくきちんと状況を把握しただろう。他の連中を残虐に殺した上での行為だからこそ成功した小細工なのだ。

 しかし、そのような手間をかけてまで浦賀を残しておく必要はあったのだろうか。神器の存在を知るものならば、その破壊力がどれほどの物なのかは分かっているはず。イレギュラーの装甲がオブシディアと同等の物だとしても、攻撃を受ければ致命傷は免れられない。それでも奴は最後まで浦賀を生かしておいた。

 一番厄介な相手だから、タイマンにして集中するために他の隊員を処理した。そうとも考えられるが。

 考えられる理由がもう一つある。もしかすると奴は、設置爆弾のような高火力兵器を用いることでしか、神器を持つ者を殺すことが出来ないのではないか。

 奴の武装を既に見せた範囲で考えると、ブレードと腕部アンカー、それに爆薬類のみである。他は小隊員から奪ったものを使用していた。

 先程ブレードで男性隊員を腕ごとぶった切っていたが、神器所持者が相手ならばそうはいかない。身体強化の影響が強く、腕を数センチ切り込んで終わりだろう。

 奴が狙うべくは、設置爆弾または多数の手榴弾による神器所持者の殺害の筈である。

 黒瀬は自身の戦闘能力について、それほど自信を持っているわけではない。しかしこの状況においては、イレギュラーとのタイマンに臨む以外の選択肢は見当たらなかった。

 アカネを狙われ、焦って助けに入った自分が爆弾によって殺される。そのパターンだけはやらせてはいけない。

 イレギュラーの前に立ちはだかり、アカネは援護射撃に集中してもらう。それが黒瀬の思う最善策だ。

 アカネに対する信用度が低いようにも思うが…しかし、そこは確かめようも無いので仕方がない。この戦闘において二回の狙撃を見たが、どちらも正確なものだった。ただそれも、敵から離れ、安定した状況下でのものに過ぎない。接近戦に強いかどうかも、また別の問題になってくる。

 正直、面倒な戦いだ。イレギュラーの武装や行動パターンだけでなく、味方であるアカネの戦闘能力までもが未知数なのだ。通常配属される隊員ならば、経歴などである程度の戦力は推し量ることができる。神器を持つ者に比べれば微々たる戦力であることに違いはないが、それでも「○人分の微々たる戦力である」という情報は頭に入れておくことができる。

 しかし今回の援護はアカネ一人。当然戦力の比重も大きく置きたくなるが、未知数である以上、過剰に期待して想定外の事態を生んではならない。結局は隊員一人分の計算で行くことになる。そうすれば自分の負担も当然大きくなる。

 先程のイレギュラーの戦闘能力から見ても、かなり厳しい任務になることは間違いない。

 面倒だ。本当に面倒だ。

 面倒だが。


『はい!気に入りました!すっごく気に入りました!少佐殿が考えてくれてたなんて、感激です!今日から私は、アカネです!』


 ふと、昨日の笑顔を思い出した。


「やってやろう」


 笑みと共に零された小さな呟きは、金属音にかき消された。

 イレギュラーが黒瀬目掛けて跳んできたのだ。


「棒立ちとはよォ、随分と余裕じゃねぇかァ!」


 イレギュラーは、空中からマシンガンによる射撃を行う。黒瀬は跳び上がっての回避、そしてイレギュラーにハンドガンを向けた。

 イレギュラーは防御行動を取らない。ハンドガン程度の攻撃ならば十分耐えうる装甲だということだろうか。銃口を黒瀬に向け直し、マシンガンを撃ち続ける。

 黒瀬は空中で一発だけ発砲した。イレギュラーは気にもかけなかったが、しかし次の瞬間、自分の手からマシンガンが落ちていくのを見た。

 豆鉄砲にしかならない筈の弾丸は、イレギュラーの握っている手を正確に貫き、ボロボロと指先が剥がれ落ちていったのだ。

 驚愕しながらもイレギュラーは、その指先が橙色に染まっているのを確認した。

 …熔けて、落ちた!?


「損傷確認とは、随分と余裕だな」

「!?」


 指先に目を奪われている間に、跳び上がった黒瀬が接近してきていた。黒瀬は既に軍刀を引き抜き、イレギュラーに向けて構えている。

 よく見ればその軍刀は、他の軍人が提げているようなサーベル型ではなく、日本刀の形をしたものだった。

 ―あれは、ヤバい!

 イレギュラーは直感的にそう思った。


「そうと来りゃあ、先手必勝ォ!」


 イレギュラーは空中でくるりと回ると、足で黒瀬を蹴り飛ばした。


「ぐっ!?」


 意表を突かれた黒瀬は頭にその一撃を貰うが、しかしそのままイレギュラーの足を左手で掴む。


「よっ…と!」

「おぉォォォォ!?」


 そのまま、屋上目掛けて投げ飛ばした。イレギュラーは空中を回転しながら、ワイヤーを引っ掛ける暇もなく屋上に直撃した。

 黒瀬も落下地点に向かって着地の体勢をとる。その間に、通信をオンにした。


「少尉、狙撃に集中し過ぎるなよ。奴に近づかれない立ち位置を保てばそれでいい」

《…》

「…」

《…》

「…?少尉…?」


 しばらく待っても通信が返ってこない。

 回線は繋がっているし、微かな息遣いも聞こえるので、声が届いていないということは無い筈だが。

 あるいは、集中し過ぎて声が聞こえていないのか。少し困ったことになったが、構ってはいられない。

 自分は今、かなりの突撃度合いでイレギュラーに立ち向かっている。あまりアカネの事を考えすぎると、それが命取りにも成りかねない。

 黒瀬は改めて、イレギュラーを視界の真ん中に捉えた。屋上に叩きつけられつつも、体勢を立て直そうとしている。

 ―させるか。

 黒瀬は刀を振りかぶった。着地地点はイレギュラーとほぼ同じ位置。このままいけば一刀両断にできる。


「あァ…おいおいッ!」


 しかし、そう上手くいく筈もない。黒瀬の姿を視認したイレギュラーは、仰向けの体勢から即座にバク転する。

 勢いを殺すことなく、更にバク転を連発。およそ人間のなせる業ではないスピードのバク転である。黒瀬の刀を避けつつ、距離をとって立った。

 着地した黒瀬は空を切った刀を構え直しつつ、イレギュラーの方を向いた。


「危ねぇじゃあねェかよ、なァ?」

「…」


 イレギュラーは、やれやれ、という風に露骨なジェスチャーを取る。おどけた声と合わせて、とても切迫した状況だとは思えない態度だ。

 挑発しているのか?

 突撃するべきか、様子を見るべきか…。

 黒瀬が思考を巡らせていると、イレギュラーは僅かにクッ、と笑い、姿勢を沈ませた。黒瀬がその声を疑問に思った、次の瞬間だった。

 唐突に銃声が鳴り響く。


「!!なっ!?」


 黒瀬は咄嗟に首を横に反らした。左頬を弾丸が掠め、血が滲む。イレギュラーは発砲の動作など取っていなかった。それどころか銃さえ手にしていなかったのだ。それが油断となった。

 イレギュラーは、自らの膝から弾丸を発射したのだ。


「おっしぃなァ!あとチョットだったんだがなァ!」

「ぐっ!」


 迂闊だった。相手は機械の身体なのだ。小細工などいくらでも仕込むことが出来る。

 奴の膝には、直立すると膝下の装甲が邪魔で見えないが、足をほぼ直角に曲げたときにだけ姿を除かせる銃口があったのだ。

 そしてその不意打ちに動揺している間に、イレギュラーは距離を詰めていた。ブレードを左手に持っての、ほぼ体当たりに似た突進。これもまた、人のものとは比べ物にならない速度である。

 黒瀬は刀での迎撃を試みるが、あまりの速さにタイミングが取れず、イレギュラーと身体でぶつかり合う。


「やっとお顔がよく見える距離になったなァ?」

「…っ!」


 ブレードと日本刀の鍔迫り合いになる。しかも、身体の押し付けが強いせいで、ほぼ握り手部分での押し合いだ。これではいくらこちらの刀の力が強大でも、刃を上手く振るうことが出来ない。

 刀での戦闘の適正距離にするために一旦押し返そうとするが、出来ない。

 …?

 微かに違和感を感じる。

 相手の馬力が強いこともある。だが、それ以上に、それで説明がつかない程に、こいつの押す力は強すぎる。

 数秒の思考の後、その正体に気がつく。イレギュラーの後方から空気音が聞こえるのだ。

 イレギュラーはオブシディアのはぐれ者。魔改造されていようとも、同じ部分は多くあるはずだ。

 ということは。

 イレギュラーの背後にはブースターが装備されているのだ。異常な速度と推力もそれで説明がつく。


「おらおらァ!なァにだんまり決め込んでんだよォ!こっちは全力で行くぜぇ!」


 押す力がみるみるうちに強くなっていく。黒瀬は足の踏ん張りを強めるが、その位置を保つだけで精一杯だ。


「少尉!聞こえているか!」

《…》


 …くそっ!

 援護射撃がなければこの膠着状態も解除することが出来ない。

 力が更に強まる。腕に力を込め、壁を押すような感覚に襲われながらも踏ん張る。

 アカネの状態が分からない以上、ここで奴に先に進まれる訳にはいかない。


「へ…へへへ…」


 イレギュラーが笑いを堪えきれない、という風に声を漏らす。黒瀬は疑問に思いながらも、気には留めない。


「お前さんよォ、神器…ってぇモン…持ってんだろ?」


 しかし、その言葉を聞いた時、ピクリと体が反応する。イレギュラーは再び笑う。


「やっぱり、そうなのかァ?」

「…何を根拠に」

「根拠?有るさ、無数になァ」


 イレギュラーは笑い続ける。黒瀬は刀を握る手に力を込める。


「その筋力、その跳躍力、その軽武装。全部が根拠になってるがなァ。だけど一番は、お前の頬の傷…もう治ってんじゃねえかァ」

「…フン」


 黒瀬の頬は、最早何事も無かったかのように綺麗になっている。神器による回復力強化があれば、かすり傷など数秒たたずに治癒するのだ。

 そしてそれを、イレギュラーは知っている。神器の存在も、神器による回復力強化のことも。

 思っていた以上に、この敵は一筋縄ではいかなそうだ。


「神器を持っていたら…何だと言うんだ」

「早く使え、何を勿体ぶってんだよォ」

「断る」

「どうせその刀なんだろォ?今使わねぇッてことは、仕掛けがあるのは刀自体じゃなく刀身だけなのかァ?」

「…」

「もしくは、そいつは神器じゃねぇとかかァ?さっきの銃弾、明らかにおかしなモンだったしなァ」


 半分正解。半分間違いだ。

しかし、半分も推察されてしまっている。


「またまただんまりかァ?まァいいか、そろそろこの状態にも飽きてきたしなァ」


 イレギュラーの力が強まった。黒瀬の力も更に強まる。


「そろそろ離れて貰おーーかなァーー!!」

「っ!?」


 叫び声が響いたその瞬間、イレギュラーが大きく口を開いた。そしてその中に見えるのは銃口である。

 この密着状態では、首を捻る程度では躱せない。かといって弾丸が頭に直撃すれば、いくら神器の加護があるとはいえ無事では済まない。


「くそっ!」

「おおうッとォ!?」


 黒瀬は姿勢を屈ませ、イレギュラーの体勢を前のめりにさせる。そのまま、巴投げの要領でイレギュラーの身体を蹴り飛ばした。イレギュラーは段差に直撃して床を転がる。


「ハァーッハッハッハッハーッ!」


 しかし転がる勢いでバク転し、そのまま直立すると、すぐさま黒瀬から離れるように走り出した。ワイヤーを使って跳び上がり、ブースターの推力も合わせてかなりのスピードを出す。

 向かう先は、勿論アカネの居る方向である。

 まんまと最悪のパターンに持っていかれてしまった。イレギュラーを追いかける黒瀬は舌打ちをしつつ、携帯端末に向けて声を張り上げた。


「おい!少尉!返事をしろ!」

《えっ?あっ…はい》


 通信を通して、腑抜けた声が聞こえてくる。


「武器を持ち替えろ!奴が近付いてきている!マシンガンかショットガンを使え!」

《て…敵…敵が近付いて…》

「ああそうだ!だから迎撃体勢を…」

《あ…あ…教官…みんな…誰か…》


 アカネの声は震えている。それに、平常とは思えないような声の弱さだ


「おい、何を言ってる!?状況が分かっているのか!?」

《うあ…ああ…あ…》


 黒瀬はアカネのいる高台を見やる。アカネはライフルを床に落とし、ペタンと座り込んで、ただ虚空を見つめて震えていた。

 …まずい!

 黒瀬は背筋がヒヤリとする感覚を覚えた。

 神器の力を最大限引き出す。全身のバネを働かせ、全速力で駆けた。

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