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均一世界のイレギュラー  作者: 長崎 光
3/22

 予定時刻よりかなり早く起床してしまった。何か暇を潰そうにも、この辺りには調度良い店も無い。元より屋内で出来る趣味も持っていない。

 部屋を出て、屋上へ向かった。早朝の冷たい風が体に吹き付け、良い眠気覚ましになる。

 朝日が昇っていた。ちらほらと乗用車の音や雀のさえずりが聞こえてくる。正に早朝、という感じの朝だ。

 柵に腕を載せて、朝日を見つめる。右手で胸ポケットから煙草を一本取り出し、咥える。左手でライターを取り出す…つもりだったのだが、いつも入れている筈のポケットに入っていない。

 胸ポケット、ズボンのポケット、上着の内ポケットを順番に探すが、出てこない。部屋の中に忘れたのだろうか。全く、何の為にここまで上がってきたのか分からない。

 仕方なく部屋に戻ることにする。振り返って建物の中に戻ろうとすると、突然目の前に黒い壁が現れた。ギョッとして立ち止まる。

 しかしそれは壁ではない。かなりの体格をした人間だ。見上げると、見慣れた顔がそこにあった。


「大佐⁉」

「久しぶりだな、黒瀬少佐」


 そう言って鬼塚大佐は微笑んだ。

黒瀬は突然の出来事に言葉を失う。全く予想外の人物と出くわしてしまった。

いや、会えて嬉しいか嬉しくないかで言えば確実に前者なのだが、何より心構えが不十分であったので、出すべき言葉も出てこない。

黒瀬が只々困惑していると、鬼塚は右手を差し出してきた。


「火、要るんだろ?」


 その手にはライターが握られていた。



 段々とその全貌を表そうとしている朝日に向かって、煙草を吹かす。冷えた外気と暖まる体のギャップが心地良い。

 鬼塚は黒瀬の横に立ち、腕組みをしてただ朝日を見つめる。彼は煙草を吸わないのだ。


「黒瀬、煙草はほどほどにな」


 鬼塚の言葉に、黒瀬は苦笑する。


「はい、分かってます。でも、癖みたいなものですから」


 このやり取りは、鬼塚と会うたびに行っている。心配してくれるのは有難いが、そろそろ諦めてほしいところではある。


「今回の任務はどうだ?厄介事を押し付けられたようだったが」


 こっちが本題だろうか。鬼塚は相変わらず朝日の方を見つめながら言う。

 厄介事というのは…アイツの事だろう。


「ええ、たしかに面倒ですけど、厄介というほどではないと思います。まだ戦闘する場面を見ていませんから、何とも言えませんが」


 言いながら黒瀬は、昨日の出来事を思い出す。

 我ながら、何故あんなに感情的な会話をしていたのか分からない。部下と話す時なんて、業務的な話し方しかしなかった…いや、出来なかったのに。


 特に雅が死んでからは、その傾向は顕著だった。

 …いや、雅の事は関係ないだろう。今はその事について考えるべきではない。


とにかく、アカネだ。アイツの悪い意味で人並み外れている思考回路に、巻き込まれてしまったのだろうか。

 黒瀬がそんなことを考えていると、鬼塚はいつの間にか黒瀬の方を見ていた。

 しまった、何か顔に出ていただろうか。慌てて平静を装うとするが、どうやらそういう訳でも無さそうだった。


「黒瀬、もしかして知らんのか?その娘の教官のことを」


 鬼塚は驚いたように言う。

 アカネの教官の事など、考えたことも無い。そもそも、教官が自分と接点を持つことがあるのだろうか。しかしこの口ぶりからして、良い話では無さそうだが。


「いえ、気にしたこと自体ありませんが…。教官なんて、何か自分と関わりがあるんですか?」


鬼塚は頷く。


「大アリだ。その教官は、後藤中佐だからな」


 黒瀬は無意識に体を強張らせる。それは聞き慣れた名前だった。出来るだけ聞きたくない名前でもあった。


「後藤中佐…『新世代計画』の教官になっていたんですか」

「教官なんぞ、昇進を諦めた者がやるような役職だからな。あの女も乗り気ではなかっただろう」


 鬼塚は下卑た笑みを浮かべた。

 鬼塚と後藤は同期であり、尉官時代からの宿敵であった。任務の難易度や成果、武術の腕や機械操縦技術など、ありとあらゆる面で競い合っていた。二人の頑固な性格もあり、衝突することもしばしばあった。

 上層部もそんな二人を比較して見ることが多かったようだが、鬼塚が先に少佐に昇進して神器を授かったことで、後藤とはかなりの差が付いてしまったようだ。気づけばお互いにいい歳になってしまい、自ら武勲を立てての昇進は難しくなった。

 黒瀬が鬼塚の下についたのは、その後の事だった。後藤からすれば未だに消えぬ怨恨なのか、やたらと敵視されることが多い。

 正直言って、苦手な人間だった。


「奇妙な縁だ。奴の育てた兵士がお前の部下になるとはな」

「そんな腐れ縁は、さっさと朽ち果ててほしいもんですが」


 確かにな、と言って鬼塚は笑う。

と、その時、突然鬼塚が耳に手を当て、何か集中するような表情をする。黒瀬が不思議に思いながら見つめていると、鬼塚はこちらを向いて言った。


「すまんな、用事が出来てしまった。ここらで失礼する」

「はい、分かりました。…あの、大佐」


 言葉と共に屋上の出入口へ向かう鬼塚に対して、黒瀬が呼び止める。鬼塚は足を止めて振り返った。


「自分への用は、後藤中佐に関することだけですか?そのためだけに、来てくださったのですか?大佐も忙しいのでしょう」


 単純な疑問を口にした。

 鬼塚はフッと笑って、


「何、可愛い弟子の顔を見に来たかっただけだ。用事などついでの事よ」


 単純な答えを口にした。

 黒瀬が予想外の答えに体を固まらせている間に、バタンと扉が閉められ、鬼塚の姿は消えた。


「…」


 黒瀬は頭を掻きながら、しばし何も考えずに立ち尽くす。

 弟子、か。

 長らくあの人の下にいたが、そんな呼び方をされたのは初めてだった。確かに今の自分の強さがあるのはあの人の鍛錬のおかげであるし、共に出撃した回数もかなりのものだったが。

 そんな風に、思われていたとは。

 煙草の灰が落ち、完全に昇り切った朝日が屋上を照らしていた。

 とりあえず、アカネが起きているか確認しに行くか。




----------------------------------------------------------------



『デレ期って奴かい?』

「意味が分かりません」


鬼塚は軍用宿舎の中を早足で抜けていった。



----------------------------------------------------------------




「はい!只今出ます!」


 ドアをノックすると、威勢のいい声が聞こえてきた。とりあえず寝坊していなくて良かった。きちんと訓練されているのだろうが、昨日の様子を見ているとどうにも安心できない。


「お待たせしました!」


 ドアが開き、アカネが中から姿を現す。昨日の軽装と打って変わって重装備だった。

 肩にライフルを、腰にハンドガン、サブマシンガンを一丁ずつ提げている。弾薬や手榴弾を入れているのだろうか、腰には大きめのポーチがくっ付いていた。手には黒いグローブがはめられ、腿にはナイフが取り付けられている。


「えへへー、似合いますか?」

「そうだな、少なくともその格好で言うセリフではないな」


 クルクルと回って姿恰好を見せて来るアカネに対し、極めて冷静に黒瀬は答える。

そもそも昨日も今日も軍服であることに変わりはないので、違うのは武装だけである。どうしたらショットガンをアクセサリー感覚で捉えられるのかが分からない。

 しかし、この格好でここまではしゃげるのだから、重くて動けないなんてことは無いだろう。華奢な体つきでも力は有るらしい。

 戦闘面においては心配無いという言葉は、伊達ではないらしい。


「少佐殿は、あんまり銃はもっていかないんですね」

「そうだな」


 対する黒瀬の装備は、ハンドガン一丁と腰に下げた軍刀のみである。アカネに比べれば貧相なことこの上ないが、これが彼の定番装備だ。


「これ以上持ったら邪魔になる。これがベストだ」

「へぇ~…そういうものなんですか」


 アカネはまじまじと黒瀬の装備を見つめる。

 黒瀬はコホン、と一つ咳払いをする。


「さあ、ファッションチェックはこの辺にしておこう。今日の動きを説明する」

「はい!」


 アカネはビシッと姿勢を良くする。教官仕立てであろうその立ち姿は、見事にマニュアル通りに出来ているものの、その無邪気な笑顔を見ると何とも言えなくなる。もう少し厳格な表情であれば、こちらとしても気が引き締まるというものだが。

 しかし笑顔であるということが悪いわけでもなく、アカネに「真面目な表情をしろ」と言っても本人は真面目にやっているのだろう。

万事休す。気にしないことが一番の対処法であると結論付ける。


「まずはこの宿舎の食堂で朝食をとり」

「朝食!」


 食い気味にアカネが反応する。アホだ。


「そこに反応しなくていい。その後C地区の制御区画まで移動する。今回の破壊対象は神出鬼没らしく、正確な位置を特定するのが難しい。よって指定されたエリアの監視・巡回を行い、対象を見つけ次第破壊する」


 話を聞いていたアカネは首を傾げる。


「討伐対象、ではなく破壊対象なんですか?」


 黒瀬は頷く。


「今回の対象は外敵やレジスタンスのような者ではない。製造工場を脱走した戦闘用ロボットだ。軍内部では『イレギュラー』と呼ばれている」

「脱走したロボット…そんなことをする個体が有るんですか?」


 普通に考えればありえない話だろう。ロボットにそんな自主性を生み出すプログラムは存在しない。

 しかし実際に起こってしまったことなのだ。だとすれば考えられる可能性は。


「原因はわからない。こんな事は前例も無い。製造段階で何者かが何らかの目的でプログラムを弄ったと考えるのが妥当だろう。戦闘能力もオブシディアとは比較にならないほど強い。おまけにイレギュラーと交戦した者はこんな事を言い出すそうだ。…奴は感情を持っている、とな」


 黒瀬は淡々と詳細を述べる。自分で実際に見た訳ではないので、未だに半信半疑の部分もある。

 しかし実際に多くの討伐隊がイレギュラーに殺されている。見かねた上層部は一度神器持ちの少佐を一人派遣したが、成すすべなく負けて命からがら逃げおおせてきたらしい

 実際、かなりの大問題である。神器を持った少佐が勝てないということは、中佐、大佐クラスでどっこい、というレベルの戦闘力を有していることになる。長らく戦闘面の問題で「外敵」以外に困らされていなかった帝国軍にとっては、見過ごせない存在だろう。

 …そんな大層な存在に勝てるのだろうか、俺は。

 黒瀬が少しの不安を募らせていると、前から明るい声が聞こえてくる。


「感情を持ってるロボット…って何かカッコイイですね!」


 アカネは目を輝かせている。

 お前の脳も製造段階で楽天的に改造されたのか?と言おうと思ったが、彼女の場合ちょっと洒落にならないので止めておいた。


「感情があるって分かったってことは、やっぱりその人は話したんですかね⁉ロボットって何について話すんでしょうか…。トイレとか行かなくて済むのは楽そうですね。あ、でも美味しいものが食べられないのは辛いかも!」


 黒瀬が言葉を挟まなかったおかげで、アカネはひたすら妄想を喋り続ける。しかも内容が至極どうでもいい。

 このまま放っておくといつまでも喋り続けそうなので、とりあえず止めさせようとする。


「おい、その話はもういいから…」

「上官の前でそんなくだらない話を続けるとは、良い御身分ですね」


 黒瀬が口を開いた瞬間、後ろから声が聞こえる。聞き慣れた声だ。

 その声を聞いた瞬間、アカネは顔を強張らせ、その瞳は明らかに怯えているものに変わった。まるで、教師に怒られている生徒のように。

 先ほどまでアカネの声でうるさかった空間が、一瞬で静寂に包まれる。

 黒瀬は後ろを振り返った。そこには、軍服に身を包んだ初老の女性が立っていた。


「後藤中佐」

「お久しぶりです、黒瀬中尉。…いえ、今は少佐でしたか」

「…お陰様で」


 お互いに敬礼しながら話す。

 後藤の言葉は、自分より下の階級の者に対しても丁寧なものだ。だが、その声色や口調は、何とも言い表し難い威圧感を放っている。

 後藤は黒瀬と並ぶように立った。アカネの目の前だ。

 アカネの表情は、数十秒前の面影もない。顔は青ざめ、体は小刻みに震え、俯き気味に後藤の方へ体を向ける。


「お久しぶり…でもないですね。八号」

「…はい」


 小さな声で答える。

 後藤は呆れたように溜息をついた。


「あなたは変わりませんね。普段は喧しく騒いでいるくせに、叱られる立場になれば聞こえもしないような返事しかしない。同期生の中でもここまで極端なものは居ませんでした」

「…申し訳、ありません」

「加えて、先ほどの少佐に対する態度は何ですか?立場が上の者であるということに関しては、私と変わりませんよ。あなたは、訓練所であのような態度を私にとっていましたか?」

「…いえ」


 アカネは俯いたまま答えている。


「こっちを見なさい」

「⁉…っはい」


 少し口調を強めて言った後藤に対し、アカネはビクリと肩を震わせて顔を上げる。二人の目が合う。

 横の黒瀬は、尉官時代を思い出していた。あの鋭い眼光に射竦められる経験は、もう二度としたくない。


「少佐」

「はい」


 と思っていたのも束の間、後藤の視線は黒瀬に移される。慌てて黒瀬は返答する。


「八号は『新世代計画』の中でも飛び抜けて問題児です。教育が行き届かないまま訓練所を出してしまった私の責任でもありますが、貴方も帝国軍佐官としての立場を忘れることなく、厳しい教育をお願いします」

「了解しました」


 後藤はチラリとアカネの方を見る。先程と同じように、アカネの体がビクンと反応する。

視線を黒瀬の方へ戻す。


「突然割り入って失礼しました。八号のことを宜しくお願いします。では」

「お疲れ様です」


歩き去っていく後藤に対し、黒瀬は敬礼する。暫くの間の後、アカネが気づいたように敬礼した。

 後藤が階段を降りていったのを確認すると、黒瀬はふぅ、と一息つく。


「あの人は変わらないな。話しているだけで肩が凝ってきそうだ。訓練所でもあんな感じだったのか?」

「あ、いえ…ええと…」


 アカネは言葉を詰まらせる。

 自分の教官ともなれば、性格面でどうこう言う事も憚られるのだろうか。答えにくい質問をしてしまった。

 軽口の一つでも言えば、場が和むと思ったのだが。


「まあ、いい。食堂に行こう」

「…はい」


 食堂と言えばさっきまでの調子に戻るかとも思ったが、そんなことも無い。お互いに何も言わず、食堂へ向かう。

 やっと静かになった。だがその代償としての気まずさが、なんとも心に痛い。

 結局食事が終わるまで、アカネは何も喋らなかった

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