闇
8/3 誤解を生じさせてしまう表記ミスがあったため、修正しました。
コロニー内部の構造は、一番広大である居住区を中心にして構成されている。
円柱型で何層にも別れている居住区の周りには、居住区と同じ数だけドーナツ型の制御区が存在している。居住区は最上層のA地区から最下層のJ地区まで存在しており、J地区の更に下は帝国軍の支配する特別階層となっている。
逆にA地区の更に上には、防衛区という外敵から身を守るためのエリアが存在している。ここを抜ければ地表に辿り着く。
六人は防衛区の最上階にまで、エレベーターを乗り換えつつも着々と近付いてきていた。イレギュラーのハッキングの効果もあってか大した妨害もなく、アイオライト・ブラッドストーン共にほぼ無傷でここまで来ることが出来た。
「さっきから、アカネちゃん一人だけで往なせるような数の敵しか来ないねー。案外簡単に脱出出来ちゃうのかな」
リンが何故か残念そうに呟く。
「いや…そうもいかないみたいだ。ちょっとこれを見て」
安堂はモニターに写るレーダーを指差す。そこには、おびただしい数のターゲットが表示されていた。蟻の巣と見間違えてしまうほど多い。
「これ、全部グラディエイターか?」
「いや、殆どがただのオブシディアで、その他の一部が人の乗ってるグラディエイター。恐らくオブシディアは防衛区に元々居たのをかき集めて来たんだろうな。グラディエイターは制御区に居た連中なのかな?グラディエイターを使って口頭で人員を集めたりしてんのかな」
「ご苦労なことだが、いい迷惑だ」
「そうだなぁ。帝国軍の優秀さを見るのは、別の場面が良かったかなぁ」
安堂はリンの方を振り返る。リンはご飯を待っている時の飼い犬のように目を輝かせて、命令を今か今かと待っていた。
「じゃあリンちゃん、外に出る準備をしてくれ。…好き放題暴れてきていいよ」
「ラジャーッ!」
安堂はリンに通信機を投げ渡した。リンはビシッと敬礼すると、スキップで出入り口のハッチに向かっていく。安堂は苦笑しながら、黒瀬は呆れたようなため息をつきながら見送った。
「アカネちゃんも、心の準備をしといてね」
《分かりました》
いつもの元気な声ではなく、落ち着いた声色でアカネは答える。もうすっかり戦闘モードになっているということだろうか。
「最上階に着きました。あと五秒で扉が開きます」
エレベーターが停止すると、アリサがそう告げる。イレギュラーから送られてくるデータを元にした計算だ。
「4」
カウントが始まる。
「3」
「2」
「1」
扉が開かれた。防衛区の暗闇のような景色が見えた途端に、轟音と無数の閃光がブラッドストーンに降り注ぐ。オブシディア及びグラディエイターの銃撃の雨である。
《突破口を開きます》
「無茶するなよ!」
ブラッドストーンが防衛区に走り出た慣性を生かして、アイオライトが跳躍する。ワイヤーを天井に食いつかせて滑空し、そのまま敵の中心に躍り出る。乱戦に向かないライフルは背中に背負い、左手はブレードを展開、右手は何も持っていない。
《目標を補足…ガッ》
着地ざまに一体のオブシディアを踏みつけ、そのまま胸部をブレードで突き刺して戦闘不能にする。電子音声を響かせていたオブシディアは機能を停止させる。
《《《《《目標を補足》》》》》
直後、左サイドにいる五体のオブシディアから、マシンガンの掃射が行われる。アイオライトはブースターを吹かし、高速で先頭の一体に体当たり。そのまま胴体にブレードを突き刺すと、二体目のオブシディアに投げつけた。ブレードを突き刺された方のオブシディアは爆発し、その衝撃で二体目も損傷を負う。
《攻撃行動に移る》
三体目のオブシディアがブースターを使って突進してきた。反応が遅れ、接近を許してしまう。そのオブシディアはショットガンを構え、アイオライトに向けて発砲した。間一髪、アイオライトがオブシディアの腕を掴み、方向を逸らす。尚も発砲を続けるが、オブシディアの馬力ではアイオライトの腕の力に敵わず、狙いが定まらない。そのままアイオライトがオブシディアの腕を砕き潰し、頭部をブレードで切り裂いた。
《《攻撃行動に移る》》
四、五体目は離れた位置からマシンガンを掃射してきた。アイオライトは三体目のオブシディアを右手で掴み上げ、盾としながら突進する。近距離に入った後は四体目にオブシディアを投げつけ、五体目をブレードで両断する。
「うっ…はぁ…」
一連の行動を終えてアカネは一息つく。
「アカネ!後ろだ!」
「っ!?」
乱戦の中で、一瞬の隙は死に直結する。アカネは黒瀬の言葉を聞いた途端にアイオライトを振り向かせ、そのまま敵の姿も捉えぬままにブレードを振るった。装甲の硬いアイオライトが損傷を負うとすれば、ブレードによる斬撃、ライフルの狙撃、近距離のショットガンである。ライフルはこの敵の数では確認しようが無い。気を付けるべきは近距離である。
果たして、敵は後方すぐ近くに居た。振るったブレードはバックステップによって回避される。他の個体よりやや大きく、装甲が厚い。人の乗っているグラディエイターだ。
「チッ…」
グラディエイターの外部スピーカーから舌打ちが聞こえてくる。
距離を取ったグラディエイターはショットガンをアイオライトに向ける。ブレードが届かなくとも、ショットガンの威力を発揮するには十分な近さだ。
ショットガンの銃口が向けられるのに合わせて、アカネは右腕部のシールドを展開した。咄嗟の判断だった。弾丸の当たる衝撃で、身体が軽くよろける。
「乱戦で防御に移るな!流れを掴まれるぞ!」
黒瀬の言葉を頭で受け止めながらも、焦りで思考は正常に働かない。
《攻撃行動に移る》
背後から聞こえてくる音声。シールドの向きは変えないまま振り返ると、既に左腕部のブレードを振り上げているオブシディアが居た。アイオライトは、相手の左の二の腕から首筋までをブレードで切り裂く。
その瞬間に、グラディエイターからのショットガンによる銃撃が来る。右胴部にまともに受け、バランスを崩す。
《《攻撃行動に移る》》
アイオライトを挟むようにして、ブレードを展開したオブシディアが襲いかかってくる。左にいる方の胸から頭までを切り上げ、右にいるの方のブレードをシールドで受け流す。
「ううぅっ!?」
正面からショットガンの直撃を受けたアイオライトは尻餅をつく。衝撃によってアカネの視界は激しく揺らされた。
オブシディアがブレードを振り上げる。アイオライトは右足を蹴り上げてオブシディアの右腕を破壊し、そのまま両腕で身体を押し上げてバク転する。
着地した瞬間に、正面からのショットガンの銃撃をシールドで防いだ。グラディエイターは少しずつ近づいてきており、ブレードの攻撃を受けず、ショットガンの攻撃は効果的な距離を保ち続ける。
「うあっ!?」
背後からの攻撃に、アイオライトは前屈みに姿勢を崩す。背後近距離にレーダーの反応は無い。衝撃の大きさから考えても、ライフルによる狙撃だろう。
体勢を立て直す前に、前方からショットガンによる銃撃がやってくる。シールドで防ぐが、今度は後ろに姿勢が崩れ、そのまま数歩下がってしまう。
《目標を補足》
《目標を補足》
《目標を補足》
三体のオブシディアが、三角形を作るように異なる方向から現れる。三体ともブレードを構えて突撃の準備をしている。前後からの射撃、オブシディアによる数の力、安定していない現在の体勢、対処しきれない。
「焦るな、冷静になれ!お前の技術なら切り抜けられる!」
黒瀬の言葉がコクピットに響き渡る。だがアカネの思考と視界は真っ白に染まっていて、他の干渉を受け付けなくなっていた。目の前のグラディエイターがショットガンを構えるのが分かる。避けなきゃ。避けなきゃ。避けなきゃ…。
「女の子を、寄ってたかってイジめるんじゃなーーーい!!!」
目の前のグラディエイターが横方向にぶっ飛んだ。
叫び声と共にグラディエイターを蹴り飛ばしたのは、勿論リンである。グラディエイターは原型を思い出せないほど無惨にひしゃげ、防衛区の壁にぶつけられた。
《《《目標を補足》》》
「うるさいっ!」
リンは近くに居たオブシディアに飛びかかり、ブレードを持っている腕を引き千切る。そのまま地面に着地して足を捕まえ、二体目のオブシディア目掛けて投げ飛ばした。二体はぶつかり合って爆発する。
「アカネちゃん、しっかり!」
《!?…はいっ!》
アカネも落ち着きを取り戻し、背負っていたライフルを構えて三体目のオブシディアを撃ち抜いた。頭部が吹き飛び、オブシディアは背中から倒れる。
「ああ、うざい!」
その言葉と共に、リンは唐突に思いきり空中を殴り付けた。いや、何かを弾き飛ばしたのだ。
「マジかよ…」
「ははは…」
ブラッドストーン内の男二人は乾いた笑いを浮かべる。リンはグラディエイター専用のライフルの弾丸すら、素手で殴り飛ばしてしまったのだ。
狙撃手のグラディエイターはそれを見て唖然としている間に、アイオライトのライフルによって首を撃ち抜かれた。
「おらおら、乗ってけ乗ってけ~!」
アイオライトとリンが暴れ回ったお陰で、少しばかりの道が出来た。後から追ってきたブラッドストーンがそこを通り過ぎていくと、リンとアイオライトもその上に飛び乗った。
「このまま出口まで突っ切る!サポートは頼んだぞ!」
「うん!」
《はい!》
レーダーにはまだまだ多くの反応がある。が、リンとアカネがこの調子ならば問題はない筈だ。幸いにもアイオライトの損傷も大したことはない。そこは開発者の安堂にも感謝すべきところなのだろうか。
それにしても。
「…男二人が見てるだけで、女の子を前線に押し出すとはな」
操縦席の後ろからモニターを見つめている黒瀬が、暗いトーンで言う。
「…仕方ないって。俺はブラッドストーンの操縦があるし、神器持ちが一人くらいはブラッドストーンに残っていて欲しいし、お前よりはリンちゃんの方がオブシディアに対して強そうだし…」
「まあ、そうなんだけどな…」
安堂もつられて暗い感じの声になる。男同士で、黒い感情を分けあっていた。
「二人とも、落ち込むのは勝手ですが、今は戦闘中ですからね」
隣のアリサに至極真っ当な注意をされ、男共は更に落ち込む。
オブシディアがそこら中に立っている中を、ブラッドストーンは走り抜けていく。四方八方から雨のように銃弾が飛び交い、その火花が防衛区を照らし出している程だ。
最早数えようが無いほどのオブシディアの群れを、蹴散らし撥ね飛ばしながらブラッドストーンは爆走する。
アカネの耳に、ガチャン、と不可解な音が聞こえてくる。見ると、自分達の乗っているブラッドストーン天井部、その側面に多数のワイヤーが食い付いていた。
「リンさん、ワイヤーです!敵が来ます!」
「了解っ!」
アイオライトは近くに食い付いていたワイヤーの一つをブレードで切り裂く。リンも幾つかのワイヤーを蹴り飛ばした。
だがワイヤーの数は予想以上に多く、二人では対応しきれない。ワイヤーを引き寄せ、一体のグラディエイターがブラッドストーンの背部に貼り付いた。顔は出さず、腕だけを天井部の床に乗せてマシンガンによる銃撃を行う。
「わっ、とっ」
リンは奇怪なステップを踏みながらアイオライトの後ろに隠れる。
幾つかの銃撃を受けながら、アイオライトがその腕をライフルで撃ち抜いた。グラディエイターは、衝撃でブラッドストーンから落ちていく。
ワイヤーによる襲撃はまだ終わらない。二体のグラディエイターがブラッドストーンに飛び乗って来た。
「反逆者に!」
「死を!」
威勢の良い掛け声と共に、一体がブレードを展開して突撃してくる。が、アイオライトの肩から飛び出したリンの空中回し蹴りが炸裂し、あっけなく防衛区の彼方へと吹っ飛んでいった。
「あ、青野ォーーーーーッ!」
見とれてしまうほど綺麗に飛んでいった仲間の名前を呼ぶと、グラディエイターのパイロットは憎しみを込めてリンの姿を捉える。しかしその時にはアイオライトのライフルが照準を合わせ終わっており、次の瞬間、仲間と同じように防衛区の宙を舞うこととなった。
* * *
「!?…これは」
「どうした、アリサ?」
モニターを見つめていたアリサが、突然声を上げる。
「第五大門が、開いていません」
防衛区には階層ごとに多くの大門が設置されており、第五大門は最上層の最後の大門である。そこを突破すれば、地上へと繋がるリフトに辿り着ける。
「イレギュラーのハッキングが間に合って無いのか?」
「いえ、そうではないようです。彼からメッセージが来ています」
ブラッドストーン内の三人はモニターを見つめる。
【神器の力を基にしたセキュリティがある。神器を持った者が制御機械の傍に居ることで、ハッキングを妨害している】
「神器による妨害だとぉ!?」
安堂が素っ頓狂な声を上げる。
「帝国軍は、いつの間にそんなものを開発していたんだ…?」
「とにかく、その神器所持者をどうにかしなければ大門は開きません」
「アリサ、マップを開いてくれ」
「はい」
黒瀬の言う通りに、アリサが防衛区の立体マップを開く。制御機械は、大門から少し離れた場所にある小さな部屋に隠されていた。
「これは、グラディエイターが入れる場所ではありませんね…」
「俺が行く」
「え?」
安堂が反応した時には、既に黒瀬はブラッドストーンのハッチに向かおうとしていた。
「ちょ、ちょっと待て!どうやって行くつもりだよ!?」
「全力で走る」
「走るったって、この状況でか!?」
「敵の注目はブラッドストーンに向いている。俺が一人飛び降りてもしばらく経てば見失うだろうし、問題ない」
「マジで言ってんのか…?」
「ああ、マジだ」
《そんなことしなくたって、大門なんて私が蹴り飛ばしてあげるよ!》
ブラッドストーンに次々と飛び乗ってくるグラディエイターを粉砕し続けながら、リンが言う。
「制御区の床とは造りも素材も違う。壊そうとしている間に撃ち抜かれるのがオチだ」
《えぇ~…》
「何で残念そうなんだ」
「まあしかし、黒瀬の案が最善ではあるかもしれません」
アリサはモニターから目を離さずに言う。
「あ、アリサ!?本気で言ってんの!?」
「では他に代案が思い浮かびますか?」
「いや…無いけどさ」
安堂の身体はアリサの言葉を受けて縮こまる。今日は終始こんな調子である。
「最善策では無いかもしれませんが、時間もありません。決断するなら早い方がいいです」
「…そうだな。じゃあ黒瀬、頼めるか?」
「最初からそう言っている」
淡白にそう告げると、黒瀬はハッチに向けて歩き出した。
《少佐殿!》
アカネの声が聞こえてくる。
「何だ?」
《お気を付けて》
「言われずとも」
黒瀬は真顔のまま表情を変えずに応対していた。しかし安堂は、その言葉の最後の辺りで、少し黒瀬の声色が明るくなっていたのを感じた。
* * *
防衛区は元々、外敵の侵入を防ぐために小路や段差ばかりの構造になっている。だが、内側より外に出る時のための配慮か、内部構造の殆どは変形駆動するようになっており、配置によってはブラッドストーンが通れるほどの大通りを作ることも可能だ。実際に、イレギュラーがそれをやってのけた。
しかしブラッドストーンを通すために内側を整理整頓させるということは、外側はそれなりにごちゃついてしまうということにもなる。黒瀬はその隙間を縫うようにして、壁と壁の間を走り抜けていった。
リンが力に寄った神器を持っているならば、黒瀬は速さに長けている。ローラー機構を使ったグラディエイターやブラッドストーンにも劣らないスピードで、防衛区の中を駆けていく。
マップを確認しながら防衛区の外壁に寄ると、ロックの掛かった扉を発見した。ここもイレギュラーの手が及ばないのだろうか。
「面倒臭い」
考えている暇など無かった。紅蓮によって扉を焼き切り、中へと突入する。
中は細長い通路となっていた。入ってすぐに曲がり角、そしてそこを曲がると、果てしなく長い直線通路が見えた。躊躇い無く、全力で駆け抜ける。
だがその途中で、その足が少しスピードを緩めた。違和感を覚える。…いや、違和感?違う。
得たいの知れない感情が心に巻き付いて、身体にさえも影響を与えているのだ。気持ちの悪い感情だ。…そして何故か、懐かしい感情。
(これは)
暗闇の向こうに、ゆっくりと歩きながら向かってくる人影を見つける。
(まさか)
感情の原因は、その人物にあると確信した。忘れる筈も無かった。あの気配、あの気持ちの悪さ。
「ここを、とおすわけにはいきませんね。黒瀬少佐」
あの、不気味な仮面。