逆
「皆、用意は出来たか?」
「ああ」
《はい》
「ええ」
「うん!」
「おゥ!」
「じゃあ始めようか。はぐれ者達の力を見せてやろう」
* * *
長い廊下を歩き終えると、一つの部屋に案内された。向かい合ったソファと小さなテーブルが置いてあり、壁に高そうな装飾がところ狭しと並んでいる。応接室か何かだろうか。
「どうぞ、お掛けになってください。合議までは時間がありますので」
新嶋が貼り付いた笑顔のまま勧めてくる。皇帝は遠慮なしにどっかりとソファに座った。礼の言葉さえ返すことはなく、仏頂面のままである。新嶋も対面に座る。鬼塚はその後ろに立っていた。
「何かお気に召さないことが?」
「口角上がってるよ。そんなに僕をからかいたいのかい?」
「これは、失礼しました」
堪えきれずに溢れ出たような笑みを片手で隠しながら、新嶋は答える。
不機嫌の理由など決まっている。ここ数日間、ほぼ強制的に合議に参加させられているにも関わらず、一切の発言は認められていない。身体的、精神的に疲労が溜まるだけで、何か得ることもある筈がない。こんな扱いをされて、気に障らない者のほうがどうかしている。
「連日の合議への参加でお疲れかとは思いますが、もう少しの辛抱ですので」
「本当に、もうすぐ終わるのかな?」
皇帝は含みを持った言い方をする。
「信用してください。協議すべきことの大半は終えることが出来ました。最早アカデミーの我が儘を抑える程度しかすべきことはありません」
「いや、そういうことじゃなくて」
皇帝の言葉を、新嶋は不審に思う。この場面で否定されるとは思っていなかった。
「何か、気にかかることがありましたか?」
探りを入れるようなその言葉。
合議の期間が始まってから、皮肉を込めているとき以外は殆ど笑わなかった皇帝が、
「無いよ、僕からは何も無いけどね」
その時少しだけ、心から微笑んだ。
「果たして君達は合議なんてしている状況でいられるのかな?ってことだよ」
「…それは、どういう」
言い終わる前に、身体の異変を感じた。組み直そうとした手のひらが動かない。手のひらの様子を見ようと首を動かすと、恐ろしく重い動きになる。異様に思って立ち上がろうとするも、足の力だけではとても出来そうにない。身体全体が鉛のように重くなっている。
「何だ、これは」
「動くな」
背後から鬼塚の声が聞こえたかと思えば、側頭部に堅い物質を突き付けられる。見なくてもわかる。ハンドガンだ。
「…貴様、何をしている」
「下手に動けば殺す」
問答無用と言わんばかりに、鬼塚は新嶋の言葉を遮った。新嶋の視線は、目の前でヘラヘラしている皇帝に向けられる。
「お前か」
「何が?」
「とぼけるな。この訳の分からない身体の重さも、鬼塚がこうして俺に銃を突き付けていることも…全て、お前の仕業なのか」
「大正解!」
皇帝は満面の笑みで拍手する。場違いな程のはしゃぎように、新嶋が苛つくのは勿論、鬼塚でさえも若干引いていた。
「俺をここで捕らえてどうする?その間に貴様がこの国の王に返り咲くつもりか?…不可能にも程があるぞ、傀儡に成り果てた皇族如きが」
一語一語に力を込めながら、新嶋は皇帝を睨み付ける。実際、ここで自分を捕らえたとして何が出来るわけでもない。何かをしでかそうとして自分と共に外に出たところで、狙撃の的になって終わりだ。それくらいの判断が出来る部下もいる。
しかし、考えもなしにこんな行動を起こしたわけでもあるまい。あらかじめ鬼塚を引き込んでおいて、密室に入るまで行動を起こさなかった。一時の感情でやったこととは思えない。
「僕がこんなことをするのは、僕の為じゃない」
「何?」
「この国の為さ」
「ハッ、馬鹿馬鹿しい。国の姿さえろくに見られていない貴様が」
「『視て』たよ、ずっとね?」
「…?」
皇帝の言葉に引っ掛かりはするものの、新嶋は余裕の態度を崩さなかった。
「まあいずれにしても、どんな反乱を起こそうとも我が軍隊に鎮圧されて終わるだけだ。俺を捕らえて軍を抑えたつもりか?独力でそんな判断も出来ない奴など、帝国軍には居ない。大方軍部を狙いに来るのだろうが、合議が行われている最中だ。警備は平常に増して厚くなっている」
「抑えたのは君だけじゃない。軍全体を抑えている」
「何を馬鹿なことを言っている。夢物語も良いところだ」
「いいや、これは現実だよ。おかしいと思わないのかい?合議の前だっていうのに、廊下はいやに静かじゃないか」
そこで新嶋は初めて気がついた。そうだ、この部屋は静かすぎる。合議開始に際しての会場整備、事務作業、人員誘導、業務連絡…様々な事柄をこなすため、多くの人間が動いている筈。しかしまるで、深夜の軍宿舎の如き静寂が建物を包み込んでいる。
「どうなっている」
「この部屋は周りの世界とは分断されている。僕の許可が無ければ入ることも出ることも許されない。…だから気づけていないんだろうけど、帝国軍は今ハッキングを受け、通信が使用できない状況だ。混乱しきって機能していない筈さ」
新嶋は横目で窓の外の景色を覗く。本来ならば建物に囲まれた中庭が見える筈。しかしそこからは眩いほどの光が漏れ出ているだけで、真っ白に染められていた。
「更に言うと、合議期間中に警備が強化されていることに意味なんて無い。むしろ、それこそが僕達の切り札だ」
警備の強化が、奴にとって有利に働くだと?
束ねられた新嶋の思考は、一つの結論にたどり着く。
「脱出か。防衛区をくぐり抜けての」
「そういうこと」
陽気に笑う皇帝を、新嶋は忌々しく睨み付ける。
アカデミー所属研究員の軍部侵入事件とイレギュラーの襲撃、二つの出来事が重なり、警備の強化は異常なほど徹底されている。
その影響がどこに出ない筈もない。元々警備の存在を軽視されている防衛区の警備など、最早有って無いようなものだ。
「鬼塚」
皇帝が鬼塚に「渡せ」というジェスチャーをする。鬼塚は皇帝にハンドガンを投げ渡した。
「君はもう行って良いよ、ご苦労様」
「しかし、陛下」
皇帝は鬼塚に微笑みかける。
「もう顔を見るのは最後になるかもしれないよ。行ってあげな」
「…はい」
鬼塚は皇帝に向けて深く礼をすると、足早に扉に向かい、部屋を出る時には小走りになっていた。
なんだ、やっぱり行きたかったんじゃないか。
皇帝は心の中で笑った。
開けられた扉の向こうからは光が放たれていたが、やがて自動的に、乱暴に閉められた。
「部下に裏切られてショック?」
「日常茶飯事だな。事態が重大かそうでないかの違いだけだ」
煽るように言ってくる皇帝に対し、素っ気ない返事を返す新嶋。
「二人きりになったんだしさ、世間話でもしようよ。事が終わるまでここから出すつもりは無いしね」
「ふん…貴様の知る世間とは何だ?ありとあらゆる権力に縛り付けられ、狭い部屋に押し込められているだけの貴様に、『世間』とやらの何が分かる?」
「分かるよ。僕にはそれだけの力がある」
「いや、分かっていないな。貴様にどんな力があろうとも、どんな小細工が出来ようとも、この帝国の行く末など一つも理解していない」
新嶋は強く言い切ると、皇帝を睨み付けた。
「…行く末?君達帝国軍に権力が集中し、独裁的な支配が始まるだけだろう」
「それが、分かっていないという」
皇帝は新嶋の意図を得られずに困惑する。新嶋はそんな様子の皇帝を見て嘲笑う。
「分からないのなら教えてやろう。俺に課せられた使命を。この国が向かうべき先を」
* * *
「アカネちゃん、操縦の方は大丈夫そう?」
《はいっ…何とか!》
安堂はブラッドストーンの操縦席から、通信でアカネに話しかける。副操縦席にはアリサが座っており、安堂のサポートを行っている。ちなみにメイド服のままである。
床の低い操縦スペースの後ろは、くつろげるような待機スペースとなっている。六人が集合しても狭く感じないほど広い。
イレギュラーは床に座り込み、何やらゴテゴテした機械に片手を突っ込んで微動だにしない。見た目は締まらない感じだが、これでも帝国内のプログラムに侵入し、帝国軍の通信を無力化することに成功している。そのお陰で、途中までは援軍が来る心配はほぼ無いらしい。
リンは暇そうに長椅子に座りながら、黒瀬は立ったままで、目の前のモニターを見つめる。周りの状況を映し出す巨大なモニターは前方300度ほどを掌握しており、後方の様子も操縦席から見ることができる。
現在は、障害物を薙ぎ倒しながら居住区を突き進んでいる。安堂の屋敷は制御区に近く、住宅などはあまり見当たらない。
そしてアカネがどこに居るのかと言うと、ブラッドストーンの外部である。
ブラッドストーンの上に仰向けに寝かされている、「蒼い」グラディエイター。その操縦席に座り、出番を待っているのだ。グラディエイターといえば黒いオブシディア・グラディエイターが一般的だが、これは何なのか。実はまだ説明を受けていない。
「安堂、そろそろあのグラディエイターについて教えろ」
「ああ、やっぱり気になっちゃう?気になるよなぁ、そりゃあなあ?」
安堂は嬉しそうに反応し、勿体ぶった言い方をする。露骨に周りの人間が苛つく。
「あれは半年前に完成していた新型グラディエイターです」
「ええ!?そこで言っちゃう、アリサ!?」
その様子を見かねたのか隣にいるアリサが説明を始める。自分で説明をしたかったのであろう安堂は驚愕する。
「私が搭乗する予定でしたが、ブラッドストーンの製造過程において操縦者が二人でないと厳しいと発覚し、無用の長物となっていました。イレギュラーもリンさんにも、それぞれ役割がありましたので。…が、グラディエイターに関しての訓練を受けているアカネさんが加わるのならと、意気揚々と引っ張り出してきたようですね」
「ああっ!全部言ってるよ!助かるけど、全部は言って欲しくなかったよアリサ!」
「これを期に、面倒臭い話し方は辞めましょう」
珍しく、アリサが安堂に冷たく当たっていた。それだけ面倒臭い&よくやっていることだったのだろう。同情する。
意気消沈していた安堂は、しかし数秒で復活した。
「だがしかし!まだ言っていないことがある!こいつの名前だ!」
「どんな名前なんだ?」
とりあえず答えを言わせてやらないと会話が終わりそうに無いので、黒瀬は質問を出して円滑に進めようとする。
「アイオライト・グラディエイター…だ」
元気一杯に言うのかと思いきや、少し控えめに安堂は言った。真面目な感じを演出したかったのだろうか。
アリサが不思議そうな顔をする。
「そうなんですか?開発段階では、アクアマリン・グラディエイターと言っていませんでしたか?」
「いや、アカネちゃんに乗らせるんだったら名前もそれ専用に変えようって思ってさ。昨晩ちょっとだけ塗装し直しておいたんだ」
「どうしてアカネが乗るんだとアイオライトになるんだ?」
ロボットに石の名前を付けるのは定番のようなものだが、その変更に意味はあるのだろうか。
「あー…いやまあ、色々と違いがあるんだよ?」
「どんな違いがあんの?」
リンが操縦席の後ろから顔を出しながら問いかける。
「それはまあ、分かる人には分かる、みたいな?」
「…亮二、またそうやって勿体ぶるような言い方を」
アリサが安堂のことを睨み付ける。
「違う違う!そうじゃなくってさ、こういうのは直接言わない方が良いって感じだし!」
「はぁ?お前さっきから何を言って」
《わ、私は分かります!意味!》
黒瀬の声に被さるように、アカネが反応してくる。心なしか、少し動揺しているような声に聞こえる。
「そ、そうか!アカネちゃんは分かるか!」
《はい、石についてはちょっとだけ詳しくて》
「なるほど、ブラッドストーンの格好良さについてもそうだったが、やっぱり俺達にしか共有できない何かがあるな!」
安堂は機嫌良く笑う。他の三人は、訳が分からないままに取り残されていた。
《アイオライト…》
アカネが、その言葉を噛み締めるように繰り返す。黒瀬はそのことを不思議に思いながらも、問い詰めるようなことはしなかった。
「もうすぐ大門だ。アカネちゃん、準備してくれ!」
《はい!》
* * *
「通信、まだ直んないんすかね。大尉」
「知らん。俺に聞かれたって分からん」
大門警備の任務にあたっている二人の男は、監視塔で暇そうに椅子に腰かけている。部下の方は窓から外の様子を眺め、大尉の方は監視塔の通信機器の前でぐったりと背もたれに寄りかかっている。先程から回線を繋ごうと試みていたが、ピクリとも反応しないので最早諦めた。
「奈良のやつ、本部に向かってバイク走らせてから随分帰って来ませんね。案外軍全体でトラブってんですかね」
「だから知らねえっての。そんな状況になってたら、大混乱でこんな辺境には手をかけてる暇は無いだろうけどな」
「やっぱ、そうっすよねぇ」
部下の方の男は、変わり映えのしない風景をボーッと眺める。
「ん?」
すると、異変に気がついた。
「大尉」
「今度は何だよ」
「あれ、援軍ですかね」
「援軍?何でここに援軍が送られてくんだよ」
「いやでも、あれ」
大尉は面倒臭そうに椅子から起き上がり、窓際まで近づいてくる。
「あれっす」
部下の指差す方を見てみると、何やら馬鹿でかい戦車のような物が向かってきている。その上には、片膝を突いてライフルを構えた蒼いグラディエイターが乗っている。
「すごいでかいっすね。それに上のやつ、サイズ的にグラディエイターっすよね?蒼い個体なんて見たこと無いっすよ」
「…あんな戦車を開発しているなど、軍部から発表されていない。それに、帝国軍のグラディエイターは肩に紋章を付けているはずだが、あれには付いていない」
「つまり…」
部下は緊張した面持ちで唾を飲む。
「新兵器での援軍っすね!?」
「反乱分子だ、大馬鹿野郎!」
大尉は部下の頭を思いきり叩くと、監視塔を降りるべく身を翻した。
* * *
大門まであと一分程で到着するという時、大門の周りから二機のオブシディア・グラディエイターが現れた。ようやく視認されたようだ。
「そこの戦車及びグラディエイターに告ぐ!今すぐ走行を止め、武器を下ろせ!帝国軍の者ならば名前と所属を答えよ!」
外部スピーカーで警告が告げられる。それを合図にするようにして、二機のグラディエイターから銃が向けられた。
「ちょうど良いや。アカネちゃん、試し撃ちしてみて」
《はいっ!》
安堂の言葉にアカネが応える。
膝を突いた姿勢のアイオライトがライフルを構えた。グラディエイターの部隊がざわつく。
「何をする気だ!?銃撃することは帝国への反逆を意味するぞ!抵抗を止め、大人しくグワァッ!?」
警告を叫んでいたグラディエイターの腰部分がライフルに撃ち抜かれる。姿勢を維持できなくなり、そのまま胴体が地面に転がった。
「た、大尉!?大丈夫っすか!?」
「馬鹿野郎!俺を心配してねぇであっちを撃て!」
「は、はいっ!了解っす!」
そう言って敬礼をした右手が、ライフルで撃ち抜かれた。
「え!?ちょっと、待ってくれないんっすか!?」
言っている間に左腕と腰を撃ち抜かれ、バランスを崩してグラディエイターは地面に伏した。
そして、戦闘不能になった二機に見守られながら、監視塔で制御されている筈の大門が勝手に開き始める。
「な、何が起きてるんすか!?」
「知るかよ、馬鹿野郎!」
アイオライトを乗せた戦車は、二人の前を悠々と通り過ぎて行った。
大門を突破して制御区に突入すると、両サイドにグラディエイターが立っていた。
「何だ!?」
「敵襲!?」
しかし、突然の出来事に戸惑っているようだ。アカネはアイオライトでブラッドストーンの上から飛び降り、その勢いのまま左手のブレードで一機の首から脇までを切り裂く。
「やはり敵かっ!」
もう一機からマシンガンを向けられるが、それより早く振り向きざまに片手でライフルを撃つ。弾丸は腰を直撃し、グラディエイターは背中から地面に崩れ落ちた。
アイオライトが再びブラッドストーンの上に飛び乗ると、ブラッドストーンも走行を再開する。
「やるねぇ」
《いえ、そんなことないです。この機体、凄く扱いやすいですから》
「確かにその機体はオブシディアなんかより遥かに強いけど、初めてでそんなに動ける人はいないよ」
《そ、そうですか…?》
安堂の賞賛に、照れながらも嬉しそうな声を上げるアカネ。リンも驚いた様子で一部始終を見届けていた。
「アカネちゃんって普通に強かったんだね、意外」
《意外はちょっと酷く無いですか!?》
「いや、生身だったらあんま強くないし」
《リンさんを基準にされても困りますよ!》
「それはそうだな」
そう言いながら、黒瀬も心の中で驚いていた。考えてみればアカネの周りの人間は神器持ちばかり、そうでない者はイレギュラーのように異常な奴くらいだ。そんな環境の中で霞んでしまっていただけで、アカネは常人の何倍もの戦闘訓練を積んでいるのだ。
生身でもライフルでの狙撃は至極正確なものだった。案外グラディエイターに乗せてしまえば、リンやイレギュラー並の強さになるのかもしれない。
ブラッドストーンはそのまま制御区の中を進んでいく。建物の間を縫って進むのはサイズ的に不可能なので、目立つが大通路を走らせる。
その時、ブラッドストーンのレーダーに反応があった。
「イレギュラーからのサインだ、アカネちゃん。左右から来るぞ!」
《はいっ!》
ブラッドストーンの速度が更に上がる。それを見て焦ったのか、両サイドの建物の屋上からグラディエイターが顔を出す。
それとほぼ同時に、右の方のグラディエイターの頭が撃ち抜かれた。レーダーを確認し、素早く狙撃に備えていたアカネの早撃ち技術である。
左のグラディエイターはその腕前を目の当たりにし、頭を引っ込めた。アイオライトから放たれたライフルの弾丸は空を切っていく。
ブラッドストーンがその横を通りすぎていくと、グラディエイターは屋上から素早く飛び出し、地面に着地。ローラーを展開してブラッドストーンを後ろから追いかける。
アイオライトがグラディエイターにライフルを向ける。グラディエイターはブラッドストーンの背部にワイヤーを食い付かせた。ライフルの発砲と同時に、グラディエイターは身体を後方に大きく仰け反らせて避ける。本来なら転倒しかねないような体勢だが、ワイヤーを引っ張ることによって再び起き上がる。
そのままワイヤーを引き寄せ、ブラッドストーンに急接近する。グラディエイターはライフルを投げ捨て、ブレードを展開した。接近戦で決着をつけるつもりか。
しかし振りかぶった右手は、ライフルの弾丸に撃ち抜かれた。衝撃によって吹っ飛ばされた右手とブレードは、建物にぶつかって破片を散らす。唖然として後方に去っていくブレードを見つめているグラディエイター。アイオライトは悠々とその左腕を撃ち抜き、ワイヤーによる姿勢制御を失ったグラディエイターはバランスを崩してスリップする。止めとして腰に銃撃を食らい、グラディエイターは制御区の地表に叩きつけられて静止した。
「よし、見えてきたな」
安堂は前方にある目的地を視認した。作業重機運搬用の階層間エレベーターだ。大きな機械の板の周りに柵がついただけのような簡素な物だが、ブラッドストーンが乗れるくらいの大きさはある。
エレベーターの上にブラッドストーンを停めると、自動的に上層へと動き始めた。これもイレギュラーのやっていることなのだろう。
「これでA地区の制御区に行き、更に防衛区まで出る。恐らくそこからが正念場だ」
安堂は全員に向けてそう告げた。統一された緊張感のようなものが、六人の間を漂っていた。