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メドゥーサの彼女  作者: 吉國 冬雪
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M8 隣人、着流しの男

 信吾はいつも、必要以上に物音を立てない。そして所作がいちいち優雅で、見たことはないが、茶道や華道の家元ってこんな感じなんじゃないだろうかと、見る度に思う。

「お、父さん。海雪(みゆき)も来たのか」

志信(しのぶ)君のところに行きたいってきかなくてね」

 そう言って海雪を下ろすと、着地と共に志信の下へ走り寄った。

「俺じゃないのかよ……」 

 祥太朗ががっくりと肩を落とす。

「海雪~、パパ寂しがってるぞ。いいのか?」

「パパはいちばんだけど、おにいちゃんのいちばんとはちがうの!」

 そう言って、志信の背中に飛びつく。

「そうなると、僕は何番目になるのかな」

 そう問いかける信吾は少し寂しそうだ。

「おじいちゃんもいちばん!」

「それを聞いて安心したよ」

「何だよぅ、海雪ぃ、皆いちばんなんじゃないか」

 志信がわざと拗ねたような口調で言うと、海雪は背中から離れ、とことこと正面に回った。

「おにいちゃんのいちばんは、特別のいちばんっ」

 そう言って、志信の頬に唇をつける。

「みっ、海雪!それはいつもパパだけに……!」

 思わず祥太朗が腰を浮かせる。

「あらあら~、海雪はなかなか肉食系女子ねぇ」

 キッチンから千鶴が笑いながら歩いてくる。「ご飯、できたよ」


「今日、母さんは?」

 食卓に着いた祥太朗が信吾に尋ねる。

「佳菜子は今日担当さんと打ち合わせなんだって。8時過ぎるみたいだから晩御飯はいらないらしい」

「そっか。ここ最近忙しいな、母さん」

 祥太朗の母、櫻井佳菜子は絵本作家だ。だが、最近は絵本の方よりも、小説を書いたり、講演会や、テレビ出演の方が忙しいらしい。

 志信も、佳菜子が出演した番組を見たことがあるが、隣に住んでるおばさんが、画面の向こうにいるというのは、何だか変な感じがするものだ。


 夕食が終わり、しばしの休憩を挟んだ後、海雪は千鶴と風呂へ向かった。

 男性陣は、そのまま食後のコーヒーを楽しむ。

 この家では、晩酌の習慣がないのだろうか。それとも、志信がいるから遠慮しているだけなのか。以前、それを祥太朗に聞いたことがあるが、特に毎日するものでもないらしく、コーヒーを飲みながら談笑する方がスタンダードらしい。

 祥太朗は例の少年が描かれたカップ、信吾は白地に雪の結晶が描かれたカップ、志信のはノベルティグッズのマグカップだ。

 各々のカップを持ち、ゆっくりとコーヒーを啜る。

「しかし、父さんさ、良いのか?母さんの担当さんって、男の人だろ?なんつったっけ、た……田畑さんだっけ?」

 祥太朗がニヤリと笑いながら、言った。

「高畑さんだよ。良いのかって、何がだい?」

「心配じゃねぇの?高畑さんって、独身だったろ?」

「独身……だったと思うけど……。それが、どうしたの?」

 志信には、祥太朗の意図するところがわかるのだが、信吾にはまるで伝わっていないようだった。

 信吾さんって、ものすごく天然だよなぁ。祥太朗さんも、はっきり言ってあげればいいのに。

「はー、父さんは鈍すぎるんだよなぁ。母さんならすぐ乗ってくれるんだけど」

「信吾さん、祥太朗さんは、その担当さんが、佳菜子さんを口説いたりしないか心配じゃないかって言いたいんですよ、たぶん。……ですよね?」

「まぁ、そんなとこだな」

「成る程……。まぁでも、それは高畑さんの自由だからね」

 あれ?そこは意外と寛容なんだな。

「大人だなぁ」志信が感心していると、祥太朗が小声で「いやいや、見てろよ」

「そっかぁ。高畑さんの自由か……。でもさ、それに母さんが乗ったら、どうすんだよ?」

 祥太朗が、わざと悪い顔をして挑発する。

「そうなったら……。僕はどうしたらいいんだろう……」

 信吾は眉をしかめ、苦しそうに胸を押さえた。心なしか、顔から血の気も引いている。

「し、信吾さん、たぶん、祥太朗さん冗談で言ってると思いますよ……」

 耐え切れず、志信がフォローに回る。

「冗談か……。そうだよね……」

 信吾はほっと胸をなで下ろした。祥太朗は父親の動揺した姿を見られて満足のようだった。

「悪かったって。志信の言う通り、冗談だよ。たまには父さんのそういうのが見たいんだよ」

「まったく……君は……」

 信吾の頬に赤みがさし、安堵の表情を浮かべる。しかし、余程心臓に悪かったのか、右手で左胸をさすっている。

 この人は、一体いくつなのだろう。祥太朗の父親であるわけだから、結構いい年のはずなのに、なんだか初心な少年のように見える時がある。

「ごめんってば。なぁ、志信、すごいだろ?この人は、母さんに一目惚れしていまだにこんなんなんだぜ」

 ああ、さっきの『得意分野』の続きか。

「それは……すごいですね」

 自分の両親は恋愛結婚だったはずだが、自分の両親だったらこうはならないだろうな。

「父さん、志信がさ、どうやら一目惚れしちゃったみたいなんだよな。先輩として何かアドバイスしてやってよ」

「アドバイス……?僕が?」

 信吾はきょとんとした表情を浮かべている。

「どうやって母さんを落としたかってことだよ。ああ、もちろん、落とすってそういう意味じゃないぞ。母さんのハートを射止めたかって話」

 おそらく『落とす』と言うと、額面通りに受け取ってしまうのだろう。

 でも、ハートを『射止める』は大丈夫なのか?志信にはそのラインがわからない。



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