M6 隣人、フリーカメラマン
「おぅ、お帰り」
小町を家の前まで送り、別れた後、自分の家に向かう途中で背後から声をかけられた。
振り向くと、隣に住む櫻井祥太朗だ。馬鹿でかいバッグを右肩に担ぎ、笑っている。
「祥太朗さんもいま帰りですか」
「まぁな」
「すごい荷物ですね。重くないんですか」
「そりゃー重いさ。でも、大事な商売道具だからな」
身体を少し捻り、誇らしげにバッグをアピールする。
櫻井祥太朗はフリーのカメラマンをしており、年がら年中、国内外を問わずに飛び回っている。写真集も出しているようで、志信は密かに1冊だけ買ったことがあるが、それはなんとなく内緒にしていた。
「……さっき、超可愛い子と歩いてたじゃん。彼女か?」
見られてた……!
「ち、違いますよ!ウチの学校に明日から来る転校生で、俺ん家の裏に住んでるからっつって、担任から任されちゃって……」
両手を振って必死に否定する。
「そうなのか……。しっかし、美味しい状況だよなぁ。芽生えちゃうんじゃねぇの?」
そう言って、ニヤリと笑う。
たしか26歳と言っていたと思うが、たまにこの人が年の離れた兄貴のように感じられる時がある。また、祥太朗の方でも兄弟がいないようなので、弟のように思っているのかもしれない。
櫻井家は祥太朗の親の代からこの地に定住しており、親同士はこれまでも交流があったのだが、志信がこんなによく話すようになったのは、高校に入学してからだった。
どうやら祥太朗も同じ学校を卒業したらしく、真新しい制服を見て、声をかけられたのが最初である。
「芽生え……ちゃってもいいんすけど……俺は……」
顔を赤らめて素直に言う。
実際、ちょっとあの笑顔見ちゃったら、やられちゃうよな。
「お前は素直で可愛いなぁ。いくつだっけ、志信」
「俺すか?今年17ですけど」
「おーおー、じゃ、いい年だ。俺が千鶴と付き合ったの16の時だし、プロポーズしたの17の時だからな。さすがに結婚は18まで待ったけど」
「早っ!そんなに早かったんですか!祥太朗さん達」
「早いよな。まぁ、俺は大学行ったから4年は別居婚だったけど」
「何が決め手だったんすか……?」
そこまで言って、祥太朗が大荷物であることを思い出す。
「あっ、すみません、荷物、重いのに……」
「いいよいいよ。俺、こう見えて結構力持ちだから。まぁ、でも時間大丈夫なら、ちょっと話してくか?」
祥太朗は自分の家を指差す。
「……いいんすか?今日、親遅いんで、時間はぜんぜん」
志信の家は父親が単身赴任で東京におり、母も働いているため夕食はいつも1人だ。中学のころまでは志信のために夕食を用意していたが、高校生になったのを機に志信の方からそれを辞退した。簡単なものなら材料さえあれば作れるのだ。どうせ、こういうスキルって、1人暮らしの時に役に立つんだろ。
「お?そしたら、飯も食ってけよ」
「そんな……、悪いですよ」
「いいって、いいって。海雪も志信兄ちゃんと遊びたいんだって」
そう言うと、志信の返事も聞かずにさっさと家に入り、妻の名前を大声で呼ぶ。
どうしたものかと立ち尽くしていると、荷物を置いて身軽になった祥太朗が、さらに大きな『荷物』を抱えて家から出てきた。
「よし、海雪、でっかい声でな」
荷物のように抱えられた小さい女の子が、ニヤッと笑って大きく息を吸う。
「しのぶおにーいちゃーん!ごーはーんー!」
こんなに可愛い女の子にありったけの声で呼ばれたら敵わない。
「み~ゆ~き~!お前、ピーマンは食えるようになったのか~?」
短い距離をわざと大げさな小走りで近づくと、海雪は白い歯を見せてキャッキャと笑った。
祥太朗はそんな2人のやり取りを目を細めて見つめる。
「海雪はまだピーマン食えねぇんだよな~?」
「パパ、しっ!ナイショでしょ」
海雪は人差し指を祥太朗の口元に押し付ける。
「そうだったな……。悪い悪い」
いい家族だよなぁ。俺も昔はこんなんだったのかなぁ……。
「よし、入るか。志信、着替えて荷物も置いてこいよ。ゆっくりしてけ」
「じゃ、お言葉に甘えて……」
「おにいちゃん、はやくね」
櫻井家の長女、海雪は四歳だ。幼稚園に通っており、なかなかのおませさんらしく、もう心に決めた『結婚相手』がいる。俺がその相手を務められたのはわずか1年だった、と祥太朗が気を落としていたのを見たことがある。そういうもんですよ、と慰めようとしたところ「まぁ、お前なら仕方ない」と言われ、その『相手』が自分であると知った。
なので、海雪はチャンスさえあれば、志信を家に呼びたがる。
志信の方でも悪い気がしない……というと語弊があるのだが、単純に、櫻井家に混ざれるのが嬉しかった。自分が思い描いている理想の家族だった。
祥太朗の母、佳菜子も、彼を若くして産んだようで、たしかまだ40代のはずだ。その夫である祥太朗の父、信吾は、いつも和服姿で物腰も柔らかだ。
この2人は近所でも評判のおしどり夫婦で、出かける時は必ず手を繋ぎ、重たい荷物は断固として佳菜子に持たせない。2人で歩いているところを志信も何度か見かけたことがあるが、夫婦というより、なんだか付き合いたての恋人同士のようで、見ている方が照れくさくなってしまう。
でも、こんな風に年を重ねていけるってすごいことだよなぁ、と思う。




