M終 栗色と虹
小町が両親を連れて櫻井家にやって来たのはそれから数日後の日曜日のことだった。
志信から連絡を受けた信吾は、佳菜子と千鶴に海雪を預け、祥太朗と2人でバレー家と志信を出迎えた。
「祥太朗さん……、今日お仕事は?」
「ん?俺はフリーだからな。さじ加減よ、その辺は。何か新しい目を作るって聞いてな。後学のために見学させてもらおうと思ってよ」
祥太朗はそう言うとニィっと笑った。
リビングに入ると、マグノリアを抱きかかえた信吾が立っている。バレー家にソファを、祥太朗と志信にはどこからか運んできた簡易椅子を勧めた。
「では、もう決められたのですね」
信吾はマグノリアの背中をゆっくりと撫でてから、そぅっと床に下ろした。
「はい……。その前に、アンナにもう一度、本当にいいのか確認させてください」
アーサーは眉間にしわを寄せ、苦渋の表情を浮かべている。
マグノリアはその言葉を聞いて、ゆっくりとアーサーの足元まで歩くと、一度にゃおんと鳴いてから少女の姿になった。
「アーサー、私のことは気にしないで。人間の目とは違うの。あなたがそんなに苦しむことなんてないわ」
「でも……」
「私はあなた達が想像できないほど長く生きて、いろんなものを見てきているの。これからもそう代わり映えしないわ。それに、遠くのものが見えなくたって、近くまで飛んで行けば済む話ですもの」
「そうかもしれないが……」
「安心して。私の目を使っても、人間の身体の状態で作るんだから、あなたの娘は人間よ」
「アンナ……」
「私だって、『偉大なる魔法使い』を見習って、人の役に立ちたいのよ」
アンナはそう言うと、信吾に向かってウィンクをする。
偉大なる魔法使いって……、佳菜子さんが描いた絵本のタイトルじゃなかったっけ。横目でちらりと祥太朗を見ると拳を口元に当てて笑いをかみ殺している。その様子を見て視線を信吾に移すと、信吾は何やら困ったような顔をして頭を掻いている。やはり、『偉大なる魔法使い』というのは信吾を指すようだ。
「アンナ、わかった。君の力を貸してくれ。私達の娘の目を……作ってくれ」
アーサーは顔の前で手を組んで眉間のしわを一層濃く刻んでから、絞り出すような声で言った。
「任せて」
アンナは小町の前に立った。
「眼球に何か付けているわね。外してくれるかしら」
そう言ってコンタクトレンズを外すように指示をする。小町はポケットからケースを取り出して一度考えてから、またポケットにしまった。そして両目からレンズを外すとそれを手のひらの中で強く握った。
レンズを外してゆっくりと顔を上げる。両目ともまるで本物の宝石のようだった。あまりにも美しすぎて、何だか作り物のようにも見える。
「目を閉じて。痛くはないからね」
アンナは優しい声でそう言うと、自分もゆっくりと目を閉じ、左手を自分の瞼に、右手を小町の瞼に当てた。
その状態で数秒。1分もかからなかったと思う。
アンナは先に左手を外してゆっくりと目を開けて一言「ふぅん、成る程ね」と言った。次に右手を外して「目を開けて」と小町に言う。
その言葉で小町は恐る恐る目を開けた。その様子をアーサーと真志穂、志信は固唾を呑んで見守る。
小町の瞳は作り物のようなエメラルドグリーンから、薄い栗色に変わっていた。
「どうだ……?小町……」
志信は小町に問いかけた。
どうだ?俺の心、読めるか……?
「……わかんない……」
その言葉にアーサーと真志穂は失望した表情を浮かべた。『普通の目になったのかがわからない』という意味に受け取ったのだろう。
「わからないよ、志信君!私、志信君の心の中がわからないよ!」
満面の笑みを浮かべて志信の両手を強く握る。
笑顔で握った手をぶんぶんと振る娘の姿を見て、やっと理解した両親は抱き合って涙を流した。やがて、アーサーはハッとした表情で「アンナ、ありがとう!」と叫びながら真志穂から離れ、アンナの姿を探した。
そこには栗色の目をした黒猫がアーサーを見上げていた。
「私、志信君と少し話してから帰るね」
両親にそう告げて、小町は櫻井家に残った。
祥太朗は信吾を捕まえて何やら質問攻めをしている。おそらく、目の作り方聞いているのだ。後学のために見学するとは言っていたが、あれを見ただけではやはりわからないのだろう。
「縁側使わせてもらおうか」
小町にそう言って、息子に詰め寄られ困り顔の家主の許可を得ると、玄関を出て縁側に腰掛けた。
「良かったな、心が読めなくなって」
「うん」
小町は下を向いて足をばたつかせている。
「でも、ちょっとだけ寂しかったりするかな」
「何でだよ」
志信は眉をしかめて小町を見る。
「だって……、もう志信君の歌が聞けないから」
「……は?」
「歌ってたでしょ、いつだったか……アンナさんと歩いてた時」
「アンナさん……、ああ、マグノリアだろ。猫の時はマグノリアなんだってさ。でも、歌ってたかなぁ、俺。覚えてないや」
小町が言っているのは、マグノリアが学校まで迎えに来た時だろう。でも、あの時は後ろに小町がいるなんて知らなかった。だから、もし心の中で歌っていたとしても、聞こえることはないんじゃないだろうか。
「別に、歌ぐらい、いつでも歌ってやるよ。心の中じゃなくてさ」
「本当?」
「……学校とかはダメだけど、周りに誰もいない時な」
顔を背け、口をとがらせてそう言う。何だか耳が熱い。
「じゃ、いまはOK?」
嬉しそうな声が聞こえて、隣を見ると、期待に目を輝かせている小町の顔がある。その、出来たての栗色の瞳を。
仕方ないなぁと思って、OKという代わりに「何が聞きたい?」と聞く。
「WONDERFUL LIFE、聞きたい」
志信は正面を向いて一度軽く下唇を噛んでから横目でちらりと小町を見てニヤリと笑った。
『この愛は 本物なのか 僕にはわからないけど
君の手を つかんでてもいいのか わからないけど
君がもし いいよと言うなら
そしたら きっと 素晴らしい人生だ
それなら ずっと 素晴らしい人生だ』
歌いながら小町を見ると、視線を合わせてにこりと微笑んでくる。
ああ、そうだな。
何だか本当に、素晴らしい人生だ。
『無色透明な日々に 君と何色を つけられるんだろう
喜色満面の君と僕とで 虹を描けるだろうか』
『WONDERFUL LIFE 君と
WONDERFUL LIFE 僕とで 夢見た虹を』
歌い終えて、ふぅ、と一息つく。
「心の中の歌よりも、すっごく良かったよ」
小町は何でか瞳を潤ませて笑っていた。
恥ずかしさが込み上げて来て、頬を染め、下を向く。
ふいに後ろからカラカラと、窓が開く音がした。
「な?やっぱりイチコロだったろ?」
その言葉で勢いよく振り向くと、意地悪そうな笑みを湛えている祥太朗の姿があった。祥太朗は志信と目が合うと、「後ろ後ろ」と言いながら、得意気な表情で空を指差す。
「志信君、すごいよ!」
小町の言葉で祥太朗が指した方を見ると、空に大きな虹がかかっていた。
「すっげぇ……。こんなにはっきり見たの初めてかも……」
『WONDERFUL LIFE 君と
WONDERFUL LIFE 僕とで 夢見た虹を』
じっと虹を見つめていると、背後から聞き慣れた声の『WONDERFUL LIFE』が聞こえてくる。
もしかして、この虹って……。
「祥太朗さん、もしかして……」
志信はゆっくりと振り向く。祥太朗はニヤリと笑っている。
「俺を誰だと思ってんだよ」
「俺の……お隣さん……?」
「正解。そんで、『偉大なる魔法使い』の息子だ」




