M38 可愛い君の可愛くないところ
誰もいない家に戻り、自分の部屋に入る。ポケットから携帯を取り出すと、小町からメールが届いていた。
件名:ありがとう
本文:谷山君に出会えて本当に良かった。
俺、何もしてねぇけどな。だって、全部信吾さんじゃねぇか。
件名:Re ありがとう
本文:俺は何もしてないよ。お礼なら信吾さんに言ってあげて。
そう送ってしまってから、そういえば小町にあのおじさんが『信吾』という名前だって紹介したっけ、と思った。でも、話の流れでわかるだろう。
しばらく小町のメールを見つめた後で、パタンと携帯を閉じる。すると、すぐに返事は来た。
件名:そんなことないよ
本文:私のこと、好きになってくれてありがとう。
そうだった……。
俺、小町にバレたんだった……。
どうしよう、何て返そう。どうしよう……。
ベッドに寝転がりながらしばらく悩んでいたが、一度、落ち着こうと思い、CDプレーヤーの電源を入れる。中身を確認せずに再生ボタンを押すと、案の定中に入っていたのは『ORANGE ROD』のCDだった。いまから6年前に出した1枚目のアルバムである。
1曲目のインストゥルメンタルが終わり、2曲目が流れる。2曲目が終わっても、まだメールの返事は打てないままだ。携帯の画面をじっと見つめ、バックライトが消える度に適当なボタンを押して小町からのメールを表示させた。
あっという間にCDは5曲目に差し掛かる。
5曲目『可愛い君の可愛くないところ』は、恋多き女の子を歌った曲だ。曲の中の『君』は昨日、今日、明日をそれぞれ別の男性(歌い手である『彼』も含まれている)と過ごしていると言うが、実際は全くの嘘で『彼』としか会っていない。そんな嘘をつくのが『可愛いところ』であり『可愛くないところ』でもある、という内容である。
賢太と向かい合っていた小町の姿を思い出す。もし、あれも嘘だったらよかったのに……。そんな思いがよぎる。
ぼぅっと携帯を眺めていると、しびれを切らしたのか、小町からメールが来た。
思わず起き上がり、着信でもないのに、プレーヤーの停止ボタンを押した。
件名:もう寝ちゃった?
本文:なかなか返事が来ないから、また送っちゃった。
谷山君、私も好きだよ。
は?
何だ?
私も好きって、何だ?
お前、今日、賢太と向かい合って……、キスしてたじゃねぇか!
件名:Re もう寝ちゃった?
本文:小町は賢太が好きなんじゃないのか?
今日、放課後に向かい合ってキスしてるとこ見たんだけど。
つい勢いで送ってしまった。
送ってから、ちょっと感じ悪かったかな、と自分の文面を見ながらため息をつく。
「うわっ」
息を吐き終わったところで小町から電話がかかってくる。慌てて一度携帯を落としかけたが、何とかつかんで応答ボタンを押す。
「もしも……」
「違うよ!」
志信の言葉を遮るように小町の声が重なる。
「えっ?」
「違うよ、谷山君!最上君とはコンタクトを外して目を見せただけ!」
「目を見せたって……何で……?」
「だって……、最上君だけは読めなかったから……」
「読めなかったって……」
信吾さんの話だと、小町が読めるのには『強い気持ちを持っている』という条件が必要だった。それは、敵意や嫉妬、それから好意……。そうか、アイツだけは、小町に対しての『強い気持ち』がなかったんだ……。
「クラスの人はね、皆読めたの……。でも最上君だけは、読めなかったの。前にも1度目をつぶってもらって試してみたんだけど、読めなかったから、やっぱり正面から見ないとダメなのかと思って……」
男子からはおそらく、『好意』だろう。じゃあ、女子からは……?
「なぁ、クラスのやつらって、小町に対して……」
「さっきの話で、谷山君もわかった……よね……?」
「うん……。男子からはさ……『好意』だろ?とするとさ、女子は……」
女子からも抱かれる『強い気持ち』って何だ……?もう嫌な予感しかしない。
「あの話だと……『敵意』と『嫉妬』……どっちもかな……」
「でもさ、佐々木と橋田は違うだろ?いっつも一緒にいるもんな?な?」
まさか、そんなんじゃないよな……?
「……あの2人が首謀者だよ」
「何だよ……。首謀者って……」
「私と仲良くしてくれたのは、最上君と谷山君にいい顔するためと、2人を好きにならないように牽制するためだったの。こないだ、眼帯をつけるようになって、最上君が顔を覗き込んだ時……」
だんだんと小町の声が震える。賢太め!お前があんなことするから!
「やっぱり、靴は隠されてたんだな。佐々木と橋田がやったんだな」
小町の返事はなかった。それが答えだろう。
「人の心なんて、読めない方がいいよね。読めなかったら、私、馬鹿だから、夕夏ちゃんと睦ちゃんがそんなことするなんて気付かないでこれからも仲良くやれたのにね」
小町は涙声なのに必死に笑おうとしている。
「なぁ、小町、やっぱり、新しい目作ってもらおうよ。心が読めなくなったらさ、皆が賢太みたいになったら、楽だろ」
「そうなんだけど……、一度知ってしまったから……」
小町はさらに小さな声で、これからも続くと思うし……と言った。これからも続くのは、陰湿ないじめのことだろう。
「俺が半分引き受けるって言ったろ。それに、賢太だって小町の味方だ。俺らが守るから」
もちろん……、俺の方が多めにな、と小さい声でぽつりと言うと、小町は、「いまのは心の声?」と笑った。
「別に……、そんなんじゃねぇし!」そう言ったが、図星だった。
照れくさいのを隠すようにごほんと咳払いをすると、「とりあえず、あいつらがお前に対して思ってたこと、全部教えろ」と言った。
「どうして?」
「いいから。俺に任せろ」
そう言ってみたが、うまくいくかどうか自信はなかった。




