M37 マテリアル
「いま……何と……?」
目を見開いた状態の真志穂が身を乗り出してかすれた声で言った。
「僕達は、素材となるものがあれば、どんなものでも作ることが出来ます。お嬢さんの目の表面の色を変えるだけなら、医学の分野ですが、その眼球が人の心を受信しやすくしているのだとしたら、そのものを替えなくてはなりません」
「素材って……」
アーサーもまた、驚いた表情のまま身を乗り出す。
「素材は、もちろん、眼球です」
信吾は毅然と言った。
待てよ、眼球って……。そしたら、例えば、ご両親が自分の目を使ってくださいなんて言ったとして……、そしたら、その、素材となった目はどうなっちゃうんだ?
口を挟むべきじゃないのはわかっている。志信は口を固く結んで、膝の上に乗せた拳を強く握りしめた。
「パパ、ママ、もしかして、自分の目をなんて言ったりしないよね?」
小町も同じ考えだったのだろう。瞳を潤ませて真志穂の肩をつかんだ。
「小町、あなたのためなら、ママは……」
「パパだってそうだ。お前のためなら……」
「待ってください」
親子3人で手を握り合っているところへ、信吾の手が伸びる。
「誰も、あなた方の目を使うとは言っていませんよ」
その言葉に3人は一様に驚いた顔をして信吾を見つめる。
「アンナの目を使います」
「え?」
言葉を発したのはアーサーだった。
「人間の目を使えば、確実に失明します。ですが、魔法使いの目なら、視力が少し落ちる程度で済みますから」
信吾がそう言うと、アンナはにこりと笑って頷いた。
「でも……、アンナ……」
「役に立たせてよ、アーサー。楽しい時間を過ごさせてもらったお礼よ」
「楽しい時間って……。お礼をするのは僕の方なのに……」
「いいの。それに、あなたの娘に飛び掛かったの、私なのよ。怖い思いさせちゃったし……」
アンナは小町の方を見て、すまなそうに頭を下げた。
志信は何となく、もしかしてあれはわざとだったんじゃないかと思った。うまく言えないけど、こうなることを見越していた、というか……。
「そんな、私、気にしてません」
小町は顔の前で右手を振る。
「私の目のためにアンナさんの目が……」
「人間の目と同じにしないでちょうだい。私達の目はね、ここからずーっと遠くの山2つ分まで見えるのよ。それが1つ分になるくらいよ」
アンナはそう言って笑った。
「信吾さんの目も……、それくらい見えるんですか……?」
志信は目の前にいる信吾に恐る恐る尋ねる。
「いや、僕はね、もう佳菜子の目を作るのに半分使ってしまったからね。ここからなら、山の手前くらいしか見えないけど」
「それでも、俺らからしたら充分ですけど……。ていうか、佳菜子さんの目って……」
「ああ、佳菜子はね、小さい頃に失明していたんだ。だから、僕の目を半分使って新しく作ったんだよ。それが僕らの結婚指輪の代わりなんだ」
そう話す信吾の頬は少し赤くなっている。
それは、夕方に言っていた絵本の中に描かれているのだろうか。
信吾は頬の赤みを誤魔化すように、こほんと咳払いを1つすると、「話はまとまりましたか」とアーサーに話しかけた。
「いや……まだ……」
アーサーは眉間にしわを寄せ、首を振った。
「結論を急ぐことはありません。彼女は、ここにいます。この家なら、何年生きてもおかしくありませんから」
その言葉で、アーサーは力なく頷き、バレー家は自宅へ戻った。
「じゃ、俺もそろそろ……」
志信もそう言って、立ち上がると、さっきまでいた少女はまた黒猫の姿になっていた。
「アンナって名前だったんだ……。どっちで呼べばいいのかな」
独り言のようにつぶやくと、黒猫はにゃおんと鳴いた。
「猫の姿の時はマグノリアでいいって」
背後から信吾の優しい声がする。
「信吾さんは、本当にマグノリアと会話してたんですね」
信吾はその問いには答えず、ただ微笑んでいた。




