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メドゥーサの彼女  作者: 吉國 冬雪
35/41

M35 魔法使いの齢

 小町のいなくなった縁側で、信吾と志信(しのぶ)はしばらく無言で座っていた。

 小町は佳菜子と千鶴に誘われ、リビングで女子トークに花を咲かせている。

 この沈黙を破ったのは信吾だった。

「彼女のことわかってよかったかい?」

「そうですね……。小町も何か吹っ切れた感じがしますし」

「図らずも、君の気持ちを伝えるような結果になってしまったけど……」

「あ――……、そうでしたね……。忘れてた……」

「何か……ごめんね……」

「いや、OK出したの、俺ですから……。それに、小町、好きなやついるみたいなんですよ。そいつも、たぶん……」

 教室で見た光景を思い出してため息をつく。

「それより……、さっきの絵本の話……。信吾さん絵本に出てるんですね」

「え?ああ、僕と佳菜子が出会った時の話を絵本にしたんだよ」

「絵本に出来ちゃうほど素敵な出会いだったんですか?」

「どうだろうね……。素敵かどうかはわからないけど、いろんな人に読んでもらえているのは、佳菜子が上手に書いてくれたからだよ」

「……あとで佳菜子さんにどんな内容か聞いてみますね」

 ニヤリと笑ってそう言うと、「出来れば僕がいないところでね」と苦笑した。


「お?またここで話してんのか」

 海雪(みゆき)を肩車した祥太朗がマグノリアの先導で縁側にやって来た。マグノリアはひょい、と信吾の膝の上に乗る。

「いっつもそこで話してるけど、雪降ったらどうすんだよ」

「雪なんてまだまだ先ですよ」

「パパ、降ろして!おにいちゃんとお話しするの!」

 海雪は祥太朗の髪を引っ張りながら足をばたつかせた。

「ちょ、おい!あぶねぇって!わかったから、暴れるな!」

 祥太朗はその場にしゃがみ、海雪の脇に手を添え、自分の頭を下げる。両手に力を入れ、一気に海雪を肩から降ろした。

「おにいちゃん!」

 地面に着地した海雪は志信とのわずかな距離を跳ねるように駆けた。

「おー海雪。今日も元気だなぁ、お前は」

 志信の足の間に立って、飛び切りの笑顔で見上げる。頭の上に手を置いて、柔らかな髪を撫でる。

「えへへー。おじいちゃんも、ただいまぁ~」

「お帰り、海雪」

「今日は何して遊んだんだ?」

「今日はねー、みんなのパパが遊びに来る日だったの!それでね、パパとね、いっしょにダンスしたんだよ!」

「ダンス……、パパも踊ったの?」

 ちらりと祥太朗を見ると、さっと目を逸らされる。恥ずかしいのだろう。

「パパもダンスしたのよねぇ~?パパとっても上手なの~!えみりちゃんのパパも上手ってほめてたんだよ!」

「へぇ~」いつもの仕返しだと言わんばかりにニヤニヤして祥太朗を見る。

「そ、そりゃぁ、俺がいちばん若いんだからな。身体だって動くに決まってんだろ!」

 顔を赤らめて反論する祥太朗は、自分より9つも上なのに、何だか可愛らしい。

「いやいや、祥太朗は昔から運動が良くできてね。リズム感もなかなかのものなんだよ」

 そこへ信吾からの追い討ちだ。

「……孫もいるんだから、そろそろ親ばかから卒業しろよ。まぁ、運動神経に関しては、母さんに似なくてよかったけどさ……」

「……とすると、信吾さんに似たんですね。信吾さんってそんなに運動できそうな感じはしないですけど……。って、失礼ですね、俺」

 ていうか、魔法使いなんだから、もうなんでもできちゃうんじゃねぇの?

「どうしてかなぁ、僕、皆からそう言われるんだよ。こう見えても、走ったり飛んだりは得意なんだけどなぁ」

 信吾は右手を軽く握って顎に添える。考える時のポーズだ。

「……それって、和服だからじゃないですかね?」

 本気で考え込んでいる信吾に突っ込みを入れる。

 指摘されてめっちゃ意外そうな顔でこっち見てるけど、いや、もうそれしかないでしょ!

「そうなのかな……。だって、昔は皆この恰好だったし……」

 あれ、ちょっとまずい方向にいきそうかな。俺は続きが気になるけど……。

 と、祥太朗を見ると、向こうも同じ気持ちらしく、一度、こくりと頷き、自分に背中を向けている海雪を指差し、次にリビングを指す。どうにかして席を外させろ、という意味だろう。それって、親の役目じゃないのか?

「なぁ、海雪、ママとおばあちゃんにもただいまの挨拶しなくていいのか?海雪が帰ってくるの楽しみにしてたぞ~」

「うん!じゃあただいま言ってくるね!」

 子供は単純で可愛い。いや、たまたま海雪がそうなのかもしれないのだが。

 海雪は縁側によじ登ると、もどかしそうに靴を脱ぎ、それをきちんと揃えてからリビングに入った。これは千鶴のしつけの賜物だろう。

「さて、と……」

 祥太朗は信吾の隣に腰掛けた。志信と祥太朗で信吾を挟む形だ。

「さっきの話の続きだけどさ。昔は皆この恰好ってのはさ、えーと、何時代の話?」

「俺もそこ、気になってました」

「何時代って……。何時代って言うのかな……。皆がこういう服を着ていた時代だよ」

「……髷は?」

「髷の人もいたよ」

「じゃなんで父さんは和服のままなのに髷は結ってないんだ?」

「外国の方をいろいろ回って、日本に戻ってきたら皆もう髷じゃなくなってたんだよ」

「そしたらそのうち、和服も廃れてきただろ?どうしてそこだけは文明開化しなかったんだよ」

 祥太朗はあきれ顔をしている。

「ええ?和服はまだ廃れてないよ。よく見るじゃない。お祭りとか、結婚式の時とか。それに、洋服より落ち着くんだよね」

 それに対して、信吾はきょとんとした顔で答える。

「まぁ、いいや、もうそこは。とにかくさ、父さんはいつから生きてるのか知りたかったんだよ。とりあえず、少なくとも髷の時代にはいたってことだな?髷以外に時代を特定できるようなキーワードねぇか?学生!」

 そう言うと、身を乗り出して信吾越しに志信に問いかける。

「髷より前で……、時代を特定できるようなキーワードですか……。みずらとか……どうですか?信吾さん。土器とか、作ったりとか……」

「みずらって、こういう髪型だよね」

 信吾は耳の辺りで握りこぶしを作る。

「そうです!その髪型です!……祥太朗さん、飛鳥時代くらいまで来てます」「マジか!」

「あと……土器かい?そのころ僕はまだ人の形にうまくなれなくて、風に漂ってるだけだったからなぁ。作ったりは無理だなぁ」

 信吾は空を見上げながら、しみじみと話した。その手は優しくマグノリアの背中を撫でている。

「ということは……」身を乗り出して、信吾と目を合わせると、志信はごくりと唾を飲み込んだ。

「ということは……?」祥太朗も神妙な面持ちだ。

「その『人の形云々』はよくわかんないですけど、少なくとも、弥生か縄文時代です」

「弥生か、縄文?」

 祥太朗は隣に座る自分の父親を、まるで恐ろしいものでも見るかのように目を見開いて凝視した。

「ん?どうしたんだい?」

 当の本人はのん気なものだ。

「いえ……何でも……」無理に笑顔を作って手を振ってみる。

「怖ぇ~、一体何歳なんだよ……」祥太朗は頭を抱えている。

「まぁ、どっちにしても、少なくとも2300年は昔ですね」

「2300……」

「でも、縄文だとしたら、めっちゃ長いですよ。もしかしたら1万年以上前から……」

「止めろ、だんだん怖くなってきた……。実の親父が1万歳とか、もうわけわかんねぇよ」

 何だかぐったりとした二人に不思議そうな視線を向け、その元凶はのんびりと黒猫の背中を撫でていた。




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