M34 エメラルド・カルロ
「さて」
信吾は自分のコップを取り、ごくりと喉を鳴らして麦茶を飲むと話し始めた。
「君は、自分の目をどう思っている?いや、どう聞いているのかな?」
「え……っと、私が住んでいた村では……『メドゥーサの瞳』って言われてました……」
「心を読んで、石にするんだってね」
「はい……」
「君が産まれた村では、小さいころに必ず罹る病気があるよね?」
「カルロ……」
「カルロ……?」
「最初に罹った子の名前からつけられたそうです。3歳くらいまでに、必ず一度目が見えなくなるんです。でも、一週間もすればまた元通り見えるようになるんですけど……」
「君は見えるようになるまで、何年かかったの?」
「私は、2歳のころに罹って、5歳まで……。それで、この目に……。エメラルド・カルロと呼ばれていました」
「大変だったね」
「私は小さかったので、そんなに大変とは思いませんでした。それよりも両親が……」
「ご両親が?」
「村の人からいろいろ言われたみたいです。詳しくは話してくれないんですけど。それで、引っ越して、それでも、どうしてかエメラルド・カルロのことを知っている人がいて、また、引っ越して、って……。日本ならきっと知ってる人もいないだろうって、それで……」
俯いた小町の頭を信吾はそぅっと撫でた。
信吾はしばらく小町の頭を撫でながら空を見ていたが、手を離すと上半身を捻り、身体ごと小町の方を向いた。
「君は、僕の心が読めるかい?」
「え?」
「石になるとか、気にしないでいいから、僕の心を読んでごらん」
「で、でも……」
「大丈夫。僕の身体は特殊だから」
そう言って、優しく微笑む。
特殊……。たしかに、特殊だ。なんたって、魔法使いだもんな。
「えっと……。じゃぁ……。あれ……?」
「読めないだろう?」
「読め……ません……」
「読めるわけがないんだよ」
「え?」
「君は、誰の心でも読めるわけじゃないんだよ」
「え?」
「信吾さん、どういうことですか?」
完全な聞き手でいる予定だったが、これにはつい志信も口を挟んだ。
「君が読めるのは、ごく一部の人間だけだと思うよ。たとえば……志信君みたいな」
「お、俺ぇ?」
思わず立ち上がる。
「志信君、落ち着いて。まぁ、お茶でも飲んで」
志信は座り直すと、淡いグリーンのコップを取り、一気に呷った。
「あの……、どういうことなんですか?」
「君は不思議に思わなかったかな?読める人と読めない人がいることを」
「普段はコンタクトをしていたので……。あ、でも……」
「いるだろう?それにね、もし本当にその目で人の心が読めるというのなら、コンタクトくらいでそれを防げるはずがないんだ」
「それじゃ……」
「気休めだよ、それは。小さいころから言われ続けてきたんじゃないかな?『その目で見てはいけない』とか」
「そうです……。この瞳の色を隠しなさいって、そしたら大丈夫だからって……」
「だから、コンタクトなんかしなくても、君の気持ち次第でコントロールできるはずだよ」
「そうなんですか……」
「あとは、その『読める人』と『読めない人』を分かつ部分だけど……」
信吾はそこまで言うと、身を乗り出して、志信と視線を合わせる。
「志信君、コレは……僕、言ってもいいのかどうなのか……」
「え?どういうことですか?」
「だって……、君はこの子に何も言ってないんだろう?」
「何もって……、何をですか?」
「だから……その……」
「あの――……、私、席外しましょうか……?」
自分を挟んでのやり取りに耐えられなくなったのだろう、小町が口を挟んできた。
「え?ああ、ごめんな。大丈夫、いても。何のことかわかんないですけど、小町だって話してくれたんだし、俺も大丈夫ですよ」
俯きながら、辛かったであろう体験を話してくれた小町の姿を思い出し、信吾にそう告げる。
「君がそう言うなら……」
信吾は体勢を戻し、また麦茶を一口飲んだ。
「じゃあ、さっきの続き。君達が心を読むためには、君達に対して『強い気持ちを持っている』という条件が必要なんだ。それは、敵意や嫉妬、それから好意……」
「ちょっ、ちょっと……!」
「だから聞いたんだよ、志信君……」
顔を真っ赤にしながら動揺する志信に、信吾は苦笑している。
小町は顔を赤らめて下を向いている。信吾が挙げた条件の中で、志信に該当するものが何なのかわかってしまったからだろう。
何だよ……。俺が小町を好きだから読まれたってことかよ。
「君達は、外界からたくさんの刺激を受ける幼年期に、長い間視力を失うことによって他の人達よりも人の気持ちに敏感になっているんだ。特に、自分に向けられる強い感情にはね。なんて言葉で片付けてしまっていいのかはわからないけど」
そこで一度区切って、小町の様子を伺う。
志信が横目で小町を見ると、まだ少し頬を赤らめていたが、少し微笑んでいるように見えた。
「じゃあ、私は……『化け物』じゃないんですね」
「もちろん」
「心が石になるっていうのは……」
「それはね、敵意や嫉妬、あるいは好意を持っている相手から、ずばりそれを指摘されたら、どう思うかな。もしかしたらいちばん知られたくなかった相手なのかもしれない」
「びっくりして……、気味が悪いってなって……」
「心を閉ざしてしまうかもね。石のように固く」
「そういうこと……」
「あと、もしも君のご両親もこのことを知らないのなら、伝えた方がいいよ。安心するんじゃないかな」
そう言うと信吾は笑った。
「そうですね。話してみます。もし、私の話で伝わらなかったら、連れてきてもいいですか?」
「もちろん。ご近所さんなんだから、遠慮しないで」
「不思議な人ですね、信吾さんって」
「そうかな」
そう答えながら、コップに口をつける。
「昔読んでもらった、絵本に出てくる魔法使いみたい」
「……!」
魔法使い、という言葉に志信はどきりとする。
驚いたのは信吾も同様のようで、コップに口をつけたまま固まっている。そのままの体勢で目を小町の方に向け「何て絵本かな……?」と聞いた。そっち?
「えーっと、ナントカ……の魔法使い、だったような……」
「……いだいなる、魔法使い……?」
口はコップに当てたまま、信吾にしては珍しく、もごもごとした口調で問いかける。
「あ!そうかも!たしかそんな感じでした!何だか雰囲気が信吾さんにそっくりです。あの絵本、大好きだったんですよ」
にこにこと話す小町の横で何やら固まっている信吾と、何かわからないけどハラハラする志信。
やがて信吾は観念したように目を閉じると、コップをトレイの上に置き、下を向いたままぽつりと言った。
「それはね、本当に僕だよ……」
「え?」
「え?」
「その絵本を書いた人は、いまリビングにいるよ……」
「え?」
「え?あ、ああ、佳菜子さんってそっか、絵本作家だ……」
「何だろう、こういう形で言われると、すごく恥ずかしいね……」
見ると信吾は両手で顔を覆っている。何この乙女な仕草!ここに祥太朗さんがいたら容赦ない突っ込みが入るだろう。
恥ずかしがっている信吾にはお構いなしで、小町はリビングにいる女性2人のうち、果たしてどちらがその『作家様』なのだろうと気になっている様子だった。
それに気付いた志信が、「佳菜子さん、呼ぼうか?」と声をかける。
「え?いいの?」
綺麗な目をいつも以上にキラキラさせている小町を見れば、呼ばないわけにはいかない。
「佳菜子さん、ちょっといいですか」
窓を開けて、佳菜子を呼ぶ。
佳菜子は小町の瞳の色が変わっていることを目ざとく見つけ、可愛い~!と叫びながら小走りでやって来た。そうなると、当然、千鶴もついてくる。
「どうしたの?志信君。お茶のおかわり?」
「お義父さん、何だか顔が赤いですけど、どうしたんですか?」




