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メドゥーサの彼女  作者: 吉國 冬雪
32/41

M32 マグノリアと小町

 穏やかだがよく通るその声で、目的地が目の前であることに気付く。

 信吾はいつものように濃紺の着流し姿で、マグノリアを抱いていた。優しくその背中を撫でている。

「信吾さん、こんにちは」

「えっと……、こんにちは……」

 小町は信吾に抱かれたマグノリアの姿を見て少し後ずさる。

「ああ、先日はこの子が大変なことをしてしまったみたいで……。きつく言っておいたから、もうしないよ」

 信吾はしっかりとマグノリアを抱きかかえたまま、小町に近づく。そう言われても、先日の体験がフラッシュバックするのだろう、小町は少し身構えた。マグノリアは首を捻って、信吾の方を向いた。

「マグノリア、彼女が怯えているのがわかるかい?君がしたことだ。僕が代わりに謝罪するのは簡単だけれど、それでは意味がないんだ。君が謝罪の意を示さないと」

 いつもより厳しい目で、噛みしめるように言うと、マグノリアは再度小町の方を向いて、前足をばたつかせた。降ろせ、という意思表示だろうか。

 信吾はしゃがんでゆっくりとマグノリアの両前足を地面につけた。そして、手を離す前に小町に言う。

「絶対に飛び掛かったりしないから、怖いかもしれないけど、少しだけ我慢してくれるかな」「え?は、はい……」

 信吾の手から解放されたマグノリアはゆっくりと小町の足元に寄ると、革靴に何度も頬をこすりつけた。その姿を見て、小町もゆっくりとしゃがみ、おずおずと手を伸ばす。

「大丈夫。この子は背中を撫でられるのが好きだよ」

 手本を示すように信吾がマグノリアの背中を撫でる。それに倣って小町も優しく背中を撫でる。手を2往復、3往復させると、ついにマグノリアは腹を見せた。

「こうなれば、もう大丈夫。でも、本当に申し訳ないことをしたね。治るまでまだまだかかりそうかな」

 信吾が悲しそうな顔で小町を見つめる。

「あと、3日くらいです……。ほんと、あの、気にしないでください。猫ちゃんも……悪気があってやったんじゃないと思うし……」

「そう言ってくれると嬉しいけど……。でも、本当にごめんね」

 信吾はしゃがんだまま、深々と頭を下げた。

「あ、あのっ、頭……上げてください」

 信吾は小町の慌てたような声でゆっくりと顔を上げ、立ち上がった。つられて小町も立ち上がる。しばし、不思議な沈黙が流れる。

 それを破ったのは志信(しのぶ)だった。

「えーと、信吾さん、その……」

「うん、わかってる。ここじゃなんだから、縁側にでも行くかい?リビングは佳菜子と千鶴ちゃんがいるから」

 何のことかときょとんとしている小町を手招きして、櫻井家の門をくぐる。

 縁側では、奥から志信、小町、信吾の順に並んで座り、いつものように佳菜子に飲み物を頼み、窓を開けないように釘を刺す。

 佳菜子は小町を見ると、お人形さんみたーい!とはしゃいだ。

 その声で千鶴もその『お人形さん』を一目見ようとやってくる。いつもは広いはずの縁側が狭く感じられるほどの人口密度だった。



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