M28 眼帯少女
「大丈夫、彼女は化け物なんかじゃない」
信吾はそう言ったが、志信は何となく小町の顔を見るのが怖かった。
たとえ化け物じゃなくても、志信の心を読んだのは事実なのだ。裸眼だと心が読めると言っていたから、今日からまたコンタクトをつけてくれば、読まれることはないのだろう。
しかし、知ってしまった以上、『もしかしたら』と言う気持ちがぬぐえない。
どんな顔して会えばいいんだ……。
重い足取りで教室に入ると、小町はもう席に着いていた。
遠くから見るその姿に何となく違和感がある。
近づいてみると、どうやら左目に眼帯をしているらしい。
「お……はよ。どうしたんだ?目……」
おそるおそる声をかけると、小町はいつもの笑顔で志信の方を向いた。
この顔を見ると、昨日の出来事が嘘のようだった。
「おはよう、谷山君。何かね、猫ちゃんの毛が入っちゃったみたいで、ちょっと腫れちゃって……。帰ってすぐ洗ったんだけど……」
「そうなのか……。ほんと、悪いことしたな……」
「谷山君のせいじゃないよ!私、鈍くさくて避けられなくて」
小町は困った顔をして笑った。
そして、小声で「普通に話しかけてくれてありがとう」と言った。
「当たり前だろ、『友達』なんだから」
小町のトーンに合わせて、志信も声を少しひそめた。
「そうだよね。『友達』だもんね」
「あれー?小町、今日眼帯じゃん。どしたぁ?」
明るい声で睦と夕夏が近づいてくる。夕夏は小町の机に両手をついて小町の顔を覗き込んだ。睦は夕夏の隣でやはり小町の顔を凝視していたが、向きを変えて志信に視線を送ると「谷山君、おはよう」と笑った。
「おう、おはよ」
睦とはCDを貸してから少しだけ距離が近くなった気がする。
恋愛感情はないが、少しでも好意を持ってみると、少々派手な見た目もさほど気にならなくなってくる。
なんとなく、橋田は俺のこと好きなんじゃないのか、と思う。
しかし、それが事実だとしても、志信はそれに応えることができない。
単純に志信の気持ちが『好き』に至っていないからだ。
彼女が欲しくないわけではない。でも、誰でもいいわけでもない。
もし、もし自分が賢太のように選べる立場にいたら、できれば小町を選びたい。
でも……、彼女は俺の心を読んじまうんだぞ?
信吾さんは化け物じゃないって言ってたけど、でも、心を読んだのは事実だろ?
頬杖をついて考えていると、後頭部に軽い衝撃があった。
「いてぇ」
「なーに物思いにふけってんだよ。おっはよーさん」
振り向くと、賢太が笑っている。
「随分な挨拶だな」
「えー?軽くにしたじゃんか。おはようおはよう。皆おはよう」
賢太は周囲のクラスメイトに雑に挨拶をすると、どかっと自分の席に着いた。
鞄から教科書やらノートやらを取り出し、机に入れる。あらかた入れ終わると、くるりと後ろを向く。
「んで、小町はなんで眼帯なわけ?」
声を潜め、やけに真剣な顔で志信に聞く。
「俺に聞くのかよ。直接小町に聞けばいいだろ」
突き放すようにそう言って、ふと気づく。あれ、昨日まで『小町ちゃん』って言ってたよな……?
「いや、女の子の顔の話題ってデリケートだったりするじゃん?」
「だったら、なんで俺が知ってるって思ったんだよ」
「だって、お前と小町の仲じゃん」
賢太はいたずらっぽくウィンクする。
「……ウチの近所の猫とぶつかって、毛が入っちゃったんだってさ」
仕方なしに白状すると、ニカっと白い歯を見せて笑った。
「ほら、やっぱり知ってんじゃねぇか」
そう言うと賢太は立ち上がり、小町の机の前に立った。夕夏がそれに気付いて、少し横にずれる。
「大丈夫か?目……」
机に左手をつき、右手を小町の額に当て、軽く上を向かせる。そのまま、顔を覗き込むように近づけた。
一連の動作があまりにも自然すぎて、一瞬何が起こっているかわからなかった。
騒がしい教室内で、小町の周りだけ時間が止まったようだった。
一拍遅れて時間が動き出し、小町の顔が赤くなる。
賢太の隣にいた夕夏はまだ呆気にとられていた。
小町と志信の間に立っていた睦は両手を口に当てたまま固まっていた。
自分を取り巻く妙な空気に気が付いた賢太が、不思議そうに辺りを見回す。
「え?何かおかしいことした?俺」
「あ、あの……。手、離して……」
賢太は不思議そうな顔のまま、小町の額から手を離すと面倒くさそうに頭を掻くと自分の席に座った。
小町は赤い顔のまま乱れた前髪を直している。
「そろそろ先生来るから、あたし、席戻るわ」
そう言って、夕夏は小町の席を離れた。睦がその後に続く。
「何か変な感じになっちゃったな」
張本人はけろっとしている。
「お前、すごいな」
志信も呆気にとられていた。やっぱモテる男って違うな。あんなことさらりとやっちゃうんだもんな。そんで、何か様になっちゃうしな……。
「すごいって、何が?」
「……自覚無しでやってるのがまた、質悪いんだよなぁ」
志信は頬杖をついて大きく息を吐いた。
「おいおーい、ため息つくとぉ~、幸せが逃げてくんだじょ~?」
賢太はニヤニヤしながら右手の人差し指をくるくると回し、志信の鼻を突いた。
「……っ、お前はいっつもそれだな!」
「志信のその顔が見たいんだよ。ふへへ」
……どんな顔してんの?俺。
小町の周囲に変化があったのは、その翌日からだった。




