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メドゥーサの彼女  作者: 吉國 冬雪
27/41

M27 鶴の一声

「なーんてな」

 急にいつもの声に戻り、志信(しのぶ)の頬をぎゅっとつねった。

「いってぇ!え?」

「冗談だって、そんな顔すんなよ。何もしねぇって」

 祥太朗はけらけらと笑っている。

 志信の頭は混乱していた。

 どっちだ?どっちが本当の祥太朗さんなんだ?

「おいおい、悪かったって。そんな怯えた目で見んなってば。お前をどうこうするなら、父さんがばれた時点で手を打ってるだろ」

「まぁ、それは確かに……」

「だから、落ち着けって。それに、俺は大したことできないんだって。所詮は人間とのハーフよ」

 志信の肩から手を離すと、避けてあったトレイの上の志信用カップを右手で取り、頭上高く投げる。

「え?」

 祥太朗は呆気にとられている志信を横目に、ニヤリと笑うと、落下してきたカップをキャッチせずに空中で制止させた。カップは祥太朗の右手数㎝上でふわふわと浮いている。

「これくらいはできるけどな」

「すげぇ……」

「でもさ、父さんは自分の形も変えられるんだぜ?反則だよなぁ、そんなの」

「そんなことも……出来るんですか?」

「あれ?それは言ってなかったのか」

「はい……」

「あー、でも、魔法のこと、海雪(みゆき)にはまだナイショな。幼稚園で言いふらされたら面倒だからさ。大人は信じないだろうけど、下手に信じ込まれてもそれはそれで厄介だからな」

「そうですよね」

 祥太朗はゆっくりとカップをトレイの上に載せる。

「なぁ、俺もコーヒー飲みたいからさ、中、入らね?」

 ニィっと口角を上げて笑う。いつもの祥太朗の顔だ。

 その表情を見るとホッとする。さっきは本当に別人のようだった。

 腰を浮かせて、玄関から入ろうと歩き始めたところで、

「おい、わざわざ回らなくてもいいだろ。ここから入ろうぜ」

 という声が聞こえる。やはりいつもの祥太朗だった。

「でも、靴……」

「持って入って玄関に置きゃいいんだよ。何なら、ここからまた帰ればいいんだしさ」

 そういうものか、と思い、それでも一応靴は玄関まで運ぶことにした。靴を脱いで縁側に正座し、靴の埃を入念に払う。さらに靴の裏を上に向けてそぅと室内に入った。

「お前、結構潔癖?」

「人ん家ですからね」

「そういうもんか」

 祥太朗は志信の姿を見て、申し訳程度に靴の埃を払うと同様に靴の裏を上に向けて玄関に運んだ。

 志信は、靴を運んだ後で、縁側に置きっぱなしになっていた祥太朗の荷物とトレイをリビングに運ぶ。

 リビングでは信吾と佳菜子が並んでソファに腰掛けている。

 信吾は志信トレイを運んできたのを見て「ごめん、すっかり片付けるのを忘れていたよ」と言い、腰を浮かせた。

「いえ、キッチンまで運びますよ。御馳走様でした」

「良い子ね~、志信君。早くウチのお婿に来ないかしらね~」佳菜子が笑う。

「母さんが言うと実現するから、止めろ」

 靴を運び終え、自分の荷物をガサガサと漁り始めた祥太朗がたしなめる。

「志信、真に受けんなよ。俺もこの一言にやられたんだから。さらに父さんの一言でアウトだからな」

 やけに真剣な表情で、キッチンから戻ってきた志信を見つめる。

 志信は、祥太朗からは死角となっている食器棚の影に千鶴がいることに気付き、目で合図を送ろうとしたが、手遅れだったようだ。

「あらぁ~?お義母さんとお義父さんの一言で結婚したの~?」

 笑みを浮かべて食器棚の影から千鶴が登場する。顔は笑っているが、この声は明らかに怒っている。

「ち、千鶴……!」

「あーらら、あたししーらないっと」

「僕も……これは庇えないかな……」

 佳菜子と信吾はそそくさと立ちあがり、リビングを出た。

 じゃ、俺も……とつられて出て行こうとしたが、訴えるような祥太朗の目に負け、その場にとどまることになった。

 とどまったは良いものの、俺の役割って、この場合、何……?


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