M26 魔法使いの息子
「お、来てたのか、志信」
またも大きな鞄を抱えた祥太朗が、マグノリアの先導で縁側にやって来た。
「おや、お帰り、祥太朗」
「お久しぶりです、祥太朗さん。今回はどこまで行ってきたんですか?」
「アイスランド。見るか?」
祥太朗は縁側に鞄をおろし、カメラを取り出す。なんてことはない、普通のデジカメだった。
「あれ、仕事じゃないんですか?」
「ばーか、仕事で撮ったやつを見せるかよ。そっちは観光の方だよ」
祥太朗から渡されたデジカメには、色とりどりの家々や、壮大な滝、間欠泉、地球の割れ目、そして、綺麗に盛り付けられた料理の写真が写っていた。
「いいですねぇ……。海外、行ってみたいなぁ」
「高校卒業したら連れてってやるよ」
「本当ですか?」
「おう。旅費は出さねぇけどな。どこ行きたいか考えとけ」
「いいねぇ。僕も久しぶりに佳菜子と旅行にでも行こうかな」
信吾が身体を捻って窓からリビングを眺める。
リビングでは佳菜子がソファに座って雑誌を読みながらコーヒーを飲んでいたが、信吾の視線に気付くと、わざとらしく両手で投げキッスをしてみせた。
どうやら佳菜子からのキスは窓を通過して信吾に到達したらしい。信吾はびくんと身体を震わせた。そしていつものごとく、顔が赤く染まり、視線を落とす。
「また母さんは……。父さんに変なスイッチ入れるんじゃねぇよ」
祥太朗が頭を掻きながらため息をつく。
その様子を志信は一歩引いて見ていた。
この人も……魔法使いなんだよなぁ……。
「じゃ、僕はそろそろ家に入ろうかな。マグノリアも来るかい?」
まだ赤い顔のまま、信吾が腰を上げた。マグノリアはいつものように「にゃおん」とひと鳴きして、その後に続く。窓から中に入ればいいのに、きちんと玄関から入るらしい。
1人と1匹を見送った後、祥太朗はそれまで信吾が座っていたところに腰を下ろした。
「父さん、相当動揺してたな。珍しくトレイを置いて行ったもんな。どっちも空なのに」
2人の間には、すっかり空になったカップを乗せたトレイが置いてある。いつもの信吾ならついでに片付けるのだろう。祥太朗はトレイを奥に避けた。
ひと月前も佳菜子の(というか祥太朗の)何気ない発言で、夫婦であるにも関わらずまともに顔を突き合わせることができないという事態に陥ったのである。果たして、あれから少しは免疫が出来たのだろうか。
「そういえば、最近例の可愛い子ちゃんとはどうなってるんだ?」
デジカメの写真を眺めながら、何気ない風で祥太朗が聞く。
小町のことだと気づき、どきりとする。そう言えば、あの話をしてすぐに祥太朗は仕事で家を空けてしまったため、まったく話をしていないのだ。
自分が『男友達』に徹しようと思ったことも、そして、もちろん、今日体験したことも……。
「いや……。それが全く……」
視線を落として、地面に転がっている小石を見つめる。
祥太朗にも話そうかと一瞬迷ったが、あまり広めない方がいいだろう。もちろん、祥太朗が広めるとは思えなかったが。しかし……。
「それより、祥太朗さん。さっき信吾さんから聞いたんですけど、祥太朗さんも魔法使いだって……本当ですか?」
デジカメを操作する手がぴたりと止まる。ゆっくりと視線を志信に向ける。しかし、志信の視線は地面の小石から動かない。
何となく、目を見るのが怖かった。
しばらく沈黙が続く。
ふぅー、と大きく息を吐く音が聞こえる。
「……ばれちまったな」
そう言うと、右手で志信の右肩をつかみ、ぐい、と引き寄せた。
「うわっ」
「……お前、俺にビビってんじゃねぇだろうな?」
いつもよりも一段低い声で言う。その声に志信はどきりとした。
「べっ……別に、ビビッてないですって!」
「本当かぁ?まぁ、正体がばれちまった以上、この家からは生きて帰れねぇんだけどな」
祥太朗は左手で志信の頬を突く。
「えっ……」
信吾は何てこともないように言っていたが、祥太朗は違うのだろうか。
志信の顔がさぁっと青ざめる。




