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メドゥーサの彼女  作者: 吉國 冬雪
25/41

M25 魔法使いとコーヒー

 この人は何を言っているんだろう。

 嘘とか、騙すとか、冗談とか、ジョークとか、そういうものとまるっきり無縁の信吾の口から飛び出した『魔法使い』という言葉。

 この信吾さんが言うなら、もしかして、という気持ちもある。

 でも、そんなことあるわけがないという気持ちの方が大きい。

「えー……っと、冗……談ですよね……?」

 引き攣った笑みで信吾に言う。

「本当だよ。無理に信じなくてもいいけど」

 信吾はいつもと変わらない笑みで返す。

「少しだけ、何か見せようか」

 そう言うと、右手で自分のコーヒーカップを持つ。中身はもう半分くらいになっていた。

 左の手のひらを上に向け受け皿を作ると、カップを傾けてその中にすっかり冷めたコーヒーを注ぐ。

「えっ?」

 こぼれるのではないかと、腰を浮かせた志信(しのぶ)を「大丈夫」と制する。

 カップの中身をすべて左手に注いでしまっても、コーヒーは一滴もこぼれなかった。

 指の隙間からも漏れていない。

 さらに、コーヒーがなみなみと満ちているその手のひらをゆっくりと下に向ける。

 さすがにこぼれる!そう思ったが、次の瞬間には、左手のコーヒーはどこにもなかった。

「あれ……?コーヒーは?」

 思わず信吾の左手をつかみ、手のひらを撫でる。信吾の手は濡れてすらいなかった。

 いや、それよりも……。

「信吾さんの手……。何か感触が……」

 強く握ったわけではないものの、つかんだときに一瞬しゅわっとした感触があった。

 まるで、水の中で乾いたスポンジを握った時のような。

 志信はゆっくりと信吾の手を離した。

 信吾はそれに答えず、左手を一度強く握ると、その握りこぶしの下にカップを置く。

 少しだけ力を緩めると、小指の隙間から、コーヒーが湯気を立てて流れてきた。

「え?え?」

 志信が呆気にとられていると、カップの中には、淹れたてのようにほかほかと湯気を立てるコーヒーが半分ほど入っていた。

 そして、その温まったコーヒーを平然と一口飲んだ。

「どうかな」

「どうかなって……。どうなってるんですか?手品……じゃないんですよね……?」

 信吾はにっこりとほほ笑む。

「僕の手、変な感じがしただろう?これはね、魔法使いの手なんだ。この中にいろいろなものを溜めることが出来るんだよ。さっきはね、コーヒーをこの中に溜めて、あらかじめ溜めていたコレで……」

 再度左手を差し出し、人差し指をぴんと立てると、その先端から小さな火の玉が上がった。

「うわっ」

「温めたんだよ」

 突然現れた火の玉に驚き、志信は情けない声を上げた。

「手品……じゃないですね……。それじゃ、本当に……」

「魔法使いだよ。出来れば、あまり他の人には言わないでくれるかな。ここに住みづらくなるからって、佳菜子に言われてるんだ」

「はい……。もちろん……。って、じゃ、佳菜子さんや祥太朗さんも……?」

「いや、佳菜子は普通の人間だよ。祥太朗はハーフだから魔法が使えるけど、海雪は……さすがにまだ使えないね」

 小町のことといい、櫻井家のことといい、志信はなんだか頭がパンクしそうだった。

 どうして俺の周りでこんなに不思議なことばかり起こってるんだ!

 口を半開きにした状態で固まっている志信を、首を傾げて不思議そうに見つめる。

「志信君、どうしたの?もしかして、僕が怖くなったかい?」

 そう言う信吾の顔は少し寂しげだ。

「そ、そんなことないです!ただ……いろんなことがありすぎて、容量オーバーっていうか……」

 志信は頭をくしゃくしゃと掻き、冷めたコーヒーを飲んだ。

「いろんなこと知ってるのも……魔法使いだからですか?魔法使いって、何でも知ってるんですか?」

「いや、そういうわけではないよ。僕は、君達よりもずっと長く生きているからね。単純に見たことがあるってだけ」

 信吾は湯気の上がっているカップに口をつけ、志信のカップをちらりと見ると「それも温めようか?」と聞いた。

 カップを持ったままどうしようかと迷っていると「大丈夫、さすがに君のは手の中に入れたりしないから」と言い、左手でカップの口を軽く覆った。

 程なくして、信吾の指の隙間から湯気が立った。

 信吾が左手を放すと、冷めていたコーヒーからは淹れたてのような湯気が上がっている。

「何か……便利ですね」

「よく佳菜子にも言われるよ」

 そのコーヒーを飲むと、胃の中からじわりと温まって、固くなっていた身体もほぐれていくような気がした。


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