M24 着流し、何者
リビングと縁側とどちらがいいかと聞かれて、人に聞かれない方がいいと答えると、それなら、と縁側を勧められた。
信吾は一度窓を開けて佳菜子を呼ぶと、飲み物を用意してほしいこと、そして、今回は良いというまで窓を開けないように言った。こうやって釘を刺しておかないと、佳菜子は抜群のタイミングで乱入してくるのだ。
佳菜子が温かいコーヒーを運んでくるまでは、二人とも無言だった。信吾は優しくマグノリアの背中を撫でている。
「はい、コーヒー。ごゆっくりね。志信君、今日智子さん遅いならウチで食べていきなさいね」
「あ、はい……。ありがとうございます」
佳菜子はそれだけ言うと、コーヒーをトレイごと縁側に置き、窓を閉めた。
「さて、君もちょっと席を外してもらおうかな」
信吾がマグノリアの目を見つめて言うと、にゃおんと弱く鳴き、膝の上から飛び降りた。
すたすたといずこかへ去っていく後ろ姿を見送ると、信吾は首だけを志信の方へ向けた。
「さぁ、どうぞ」
続きを話せ、ということだろうか。
「えー……っと、その、ぜんぜん、話半分で聞いてもらって構わないんですけど、その、こないだ話した女の子なんですけど」
「ああ、君が可愛いって言ってた」
「はい。その子が……、人の心を読めるって言い出して……。実際、俺の考えてること当てたりとかして……」
「でも、その子、イギリスから来たって言ってなかったかい?」
「へ?あ、はい。そうですけど……?」
「……イギリスにも『サトリ』っているのかなぁ。僕、まだ会ったことないなぁ……」
信吾は顎に握りこぶしを当て、小声でぶつぶつとつぶやいた。眉間にしわを寄せて考え込む様はどこぞの文豪のようだ。
「信吾さん?」
「ああ、ごめんごめん、こっちの話。それ以外に何か情報はないのかい?」
話半分で聞いて、と前置きしたにも関わらず、やけに真剣に話を聞いてくるのが疑問だった。
「えーと、心を読んだら、読まれた人の心が石になるとか……」
「石に……?それは……もしかしたら……」
「信吾さん?何か知ってるんですか?」
「……志信君、彼女の瞳の色は何色だった?」
「え?えーっと、いつもはたぶんカラコンしてたんで黒っぽかったんですけど、今日たまたま左目のカラコンが外れちゃったみたいで……。なんか、すげぇ綺麗な緑色でした」
「綺麗な緑色か……。成る程ね」
信吾の中では納得できたようで、顎からこぶしを外し、顔を上げた。
さっきまでの眉間のしわは消え、すっきりと晴れやかな顔をしている。
「信吾さん?出来れば、俺にもわかるように説明してほしいんですけど……」
自分だけ置いてけぼりなように感じられ、焦る。
その表情を読み取ったのだろうか、信吾は優しく微笑む。
「大丈夫、彼女は化け物なんかじゃない」
「……何でわかるんですか?」
自信たっぷりにそう言い放った信吾に志信は少々不信感を抱いた。
「彼女と同じ子に会ったことがあるからね」
「同じ……子?」
「うん。昔、イギリスに行ったことがあってね。何ていう村だったかは覚えてないんだけど。そこで何人か」
小町のように人の心が読める子が何人もいる村があるのか……。
「ただね、説明したいのはやまやまなんだけど、彼女の断りもなく話していいのか……」
「もしかして、結構デリケートな話だったりしますか?」
「そうだね……。彼女はその瞳を隠していたんだろう?知られたくなかったからじゃないのかな」
そうか……。そうだよな。
ぎりぎりまで左目を隠していた小町を思い出した。そして、頬を伝った涙も。
「じゃあ、1つだけ、これだけ教えてください。俺の心は石になっちゃうんですか?」
小町は、俺の心が石になると言っていた。心が石になるというのはわからないが、決して良い意味ではないことくらいは想像がつく。
「ああ、それも大丈夫だよ。そこは迷信というか、そんなところだから」
信吾にそう言われると、安心した。
でもなんでだろう。別にこの人は学者でも何でもないのに、何の根拠があってそう言っているのかもわからないのに。
「でも、彼女がそう言っているということは、彼女自身も自分のことをよくわかっていないのかもしれない。もしかしたら、ご両親もかな……」
信吾はまた少しトーンを落としてぶつぶつと言う。
「志信君、もし彼女が良いと言ったら、僕に会わせてくれないかな。君も混乱しているだろうし、いつでもいいから」
信吾は用意されたコーヒーに手を伸ばし、一口飲んだ。コーヒーが喉を通過し、喉仏が上下する。綺麗な横顔だなぁと思った。
「信吾さん……」
信吾はカップから口を離し、志信の方を見る。
「何だい?」
ゆっくりとカップをトレイの上に置く。音を立てずに。
「あの……、こんなこと聞くの失礼だとは思うんですけど」
「うん」
「……信吾さんって、何者なんですか?」
「何者……?」
「え?あ、ああ、その、すみません!何かふとそう思っちゃって。何か、信吾さんって何でも知ってるし、何かつかみどころもないし、何ていうか、不思議すぎて……」
俺はバカか!こんなこと言われたら不愉快に決まってる!
しかし、ここまで話してしまっては一発逆転できるような便利な台詞などなかった。
肩をすくめて、信吾の次の反応を待った。
「ははは……。さすがに付き合いが深くなるとばれちゃうんだね」
怒られるか、はたまた呆れられるか、そうじゃなくてもそれに似た感情で返されると思っていた志信は、予想に反して笑いだした信吾に驚いた。
「え……?信吾さん……?」
「僕はね、魔法使いなんだ」
さらなる爆弾を投下して、信吾はなおもにこやかに笑っていた。




