M22 化け物
「え?」
突風のようなその塊は、小町の顔にヒットした。その衝撃で小町の身体が後方に倒れる。
「……っ!おっと!」
良かった。俺、瞬発力があって、本当に良かった――……。
小町の身体が地面に激突する直前で、何とか抱きとめる。
「何だ……。いまの……」
突然飛んできた『黒い塊』の正体を突き止めるべく、辺りを見回すと、小町を抱きかかえた志信の後方でマグノリアが香箱座りをしている。
「まさか……お前か?」
「っいったぁぁ……」
一瞬の出来事で、自分の身に何が起こったのかわからない様子の小町であったが、遅れて痛みがやって来たらしく、目を瞑って顔を押さえている。
そして、いまの状況――志信に抱きかかえられていること――を理解したらしい。
「あれ?ごめんね。谷山君が受け止めてくれたんだね。ありがとう」
目の辺りを押さえながら身体を起こす。志信の支えなしでしゃがむ状態になったところで、小町から離れ、志信はマグノリアに歩み寄った。
「マグノリア……。いまのお前か?」
「にゃおん」
「にゃーじゃねぇよ。お前なんだな?」
「にゃおん」
「にゃーじゃねぇ!いままでこんなことなかっただろ?」
「もういいよ、谷山君。私あんまり動物に好かれないんだ……」
左目を押さえた小町が寂しそうに言った。
「大丈夫か……?目、どうかしたのか?」
「大丈夫大丈夫。ちょっとコンタクト、落としちゃったみたいで」
コンタクトしてたのか……。
「ないと不便だろ?探すよ」
そう言って、身を低くする。
「いいの。家にまだ予備あるし」
「でも」
「いいの!……本当に。それに、見つけても傷ついてるかもしれないし」
小町にしては珍しく、強い声だった。
「それなら……いいけど。とりあえず、その状態だと危ないし、送るよ」
「ありがとう」
「なんか……ごめんな」
「谷山君のせいじゃないよ。きっとやきもち焼いたんだよ。あの猫ちゃん、雌でしょ」
左目から手を離さずに、小町は歩き出した。
「わかるのか?」
「さっき、マグノリアって呼んでたから。最初私の名前かと思って返事しちゃったけど」
さっきのは小町の声だったんだ……。でも、小町の声だったか?
「ああ、飼い主さんが白木蓮の木の上で会ったみたいで、そんで、その名前になったんだよ」
「そうなんだ……」
小町は頑なに左目から手を離そうとしない。
大丈夫かな。猫の毛とか入ってなきゃいいけど。
ほとんど何も話さないまま、あと数メートルで小町の家だ。
しかし……せっかく小町と話せるかと思ったのに、残念だな。
「私も、残念」
「え?」
またも心の声に対する返事が聞こえ、驚いて小町を見る。
小町は志信の視線を感じて立ち止まる。
「ちょ、どうした?」
志信も立ち止まり、小町と正面から向かい合った。
しばしの沈黙の後、小町が口を開いた。
「谷山君、もし私が、化け物だったら、どうする?」
「は?何言ってんだ?」
左目を押さえていた小町の手がゆっくりと離れる。
閉じていた左目がゆっくりと開く。
長い睫毛に縁どられた大きな瞳。
その左目の色は、ガラス玉のように透き通ったエメラルドグリーンだった。
「小町……。お前、本当はそんな目なんだな。そんなことで化け物なんて言うなよ」
いきなり化け物なんて言うから焦ったぜ……。
「いきなり化け物なんて言うから、焦った?」
え?
「谷山君、私のこと、どう思ってる?」
「どうって……。クラスメイトで……。隣の席で……」
ちょっといいなって思ったりもして……。でも、賢太のことが好きなんだろ……。
俺は、賢太みたいに見た目も良くないし、振る舞いだって……。
「最上君のことは好きだよ。でも、谷山君はもっと自分に自信持ちなよ」
「え?ちょ、さっきから何だ……?お前……」
「言ったでしょ?化け物なんだよ、私は」
「私はね、裸眼だと人の心が読めちゃうんだよ。そういう化け物なの」
「人の……心……?」
「そうだよ。私に心を読まれちゃうと、谷山君の心が石になっちゃうんだって」
小町はそう言うと、左目から涙を一粒零し、家に向かって走り出した。




