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メドゥーサの彼女  作者: 吉國 冬雪
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M21 黒猫、待ち伏せ

 授業が終わり、帰る仕度をする。ここ最近はずっと1人で帰っているので、おそらく今日も1人だろう。

 鞄の中に入れていたMP3プレーヤーをポケットに入れる。

 なんだかんだ言って、小町に貸したアルバムばかり聞いている。

 だって、俺はこれがいちばん好きなアルバムなんだ。

 そう言い訳しているのが何とも女々しい。

 本当は小町と同じ時間を共有している気になれるから、だろう。


 何とでも言え。

 自分の中のもう一人に言う。


 校門を出ると、見慣れた黒猫が香箱座りをしている。

 その猫はじっと目を細めて志信を凝視している。

「もしかして……マグノリアか?」

 志信(しのぶ)はぽつりとつぶやいた。

 もし、違う猫なら近づいたら逃げるはずだ。

 そう思いながら、普段と同じ早さで歩み寄る。

 じりじりと距離が狭まっても、黒猫はぴくりとも動かない。

 黒猫は一度かっと目を見開き、また目を細めて、四肢を伸ばした。顎の下に見慣れたネームプレートが光っている。

「やっぱりマグノリアだな。どうした。こんなとこまで来て。信吾さんは一緒じゃないのか?」

 信吾はいつもこの黒猫に人間に対してするように話しかけている。そして、意外と通じ合っているように見えるので、志信もなんとなく普通に話しかけてみる。

 まぁ、通じてるわけないよな。ましてや飼い主と俺とじゃ違うだろうし……。

「にゃおん」

 黒猫はまるで返事でもするようなタイミングで鳴いた。

「さすが、鍛えられてんな。タイミング、ばっちりだったぞ。まさか俺を迎えに来たとかじゃないよな?」

「にゃおん」

「おいおい、それはイエスなのかノーなのかどっちなんだよ。迎えだったら、帰るぞ。違うんなら、そこにいろよ」

 そう言って志信が歩き出すと、尻尾をピンと張ってすたすたと歩き出す。気付くと志信の前を歩いている。

「イエスの方だったのか?」

 しなやかな後ろ姿に問いかけると、首だけをこちらに向けて「にゃおん」と泣いた。


「最上君、ごめんね。部活前なのに」

「大丈夫だよ。どしたの?」

「あのね。私、最上君に興味があって」

「それってどういう意味で?俺、今日志信に言われたばっかりなんだよなぁ。見てて面白いって。そういう意味?」

「それもあるけど。それだけじゃなくて……。最上君は私の特別かもしれないの」

 人通りの少ない談話室前の廊下で、小町は賢太に言った。「だから、ちょっとだけ目をつぶっててくれないかな」


「なぁー。俺は別に櫻井家の住人じゃねぇんだよ」

 一足先に家に着いたマグノリアは、櫻井家の門の前で志信を待ちかまえ、にゃおんにゃおんと鳴いている。

 志信はペースを変えずにのんびりと近づく。

「ここ最近は顔出してなかったけどさ。俺だっていろいろ忙しかったんだって」

 マグノリアの前でしゃがみこみ、背中を撫でる。

「別に俺じゃなくても、信吾さんに可愛がってもらえるだろ?」

 目を細めて気持ちよさそうだ。

「なんでまた今日はこんなに甘えてくるんだよ、お前」

 マグノリアはその場でごろりと寝転がり、腹を見せた。

「本当に今日は大サービスだな。どうした?」

 滅多に見せてくれない腹を差し出して、マグノリアはじっと志信を見つめている。この目は『撫でろ』と言っているのだろうか。

「おい、いいのか?腹は信吾さんだけの特別なんじゃないのか?いいのか?撫でちゃうぞ?」

 おそるおそるマグノリアの腹に手を伸ばす。指先から柔らかな腹に触れ、そのまま手のひら全体を乗せる。マグノリアが嫌がっていないことを確認してから、ゆっくりと腹を撫でた。

 目を細めて撫でられるがままになっているマグノリアをじっと見つめる。

 櫻井家でも、腹を撫でさせてくれるのは信吾だけだと祥太朗が言っていた。

 本当に、今日はなんでこんなにサービスしてくれんだ?

「なぁ、マグノリア、今日は本当にどうしたんだ?」


「別にどうもしてないけど」


「えっ?しゃ……べったぁ……?」

 思わず腹から手を引っ込める。その勢いでバランスを崩し、尻餅をついた。

「ちょっと、大丈夫?谷山君」

 聞き覚えのある声にハッとして後ろを振り向く。

 トン、と傾いた背中を支える感触。しかし、このまま体重をあずけることはできない。

 志信は右手で身体を支えた。

「小町……。いつからいたんだ?」

「いつからって……。谷山君が公園の前で電話してた時……かな」

 そういえば、家の近くの公園に差し掛かった辺りで母親から電話がかかってきたのだ。

 歩きながら通話すると聞こえづらい、と指摘されたことがあるので、緊急時以外は立ち止まって話すようにしている。

 内容はいつもの「残業が入ったので、遅くなる」だった。

「その時声かけてくれればよかったのに……」

「あー、うん。なんか猫ちゃんと楽しそうだったから」

 そう言うと、小町は寝転んだままのマグノリアを見つめる。さっきまで目を細めてけだるそうにしていた黒猫は、小町と目が合うと、おもむろに起き上がり、家の中へ入ってしまった。

「あれ、嫌われちゃったかな」

「初めて見たからじゃないか?結構人見知りするやつなんだよ」

「そうなんだ……。ここ、谷山君の家?」

「いや、ここはお隣さん。ウチはあっち」

「じゃ、あの猫ちゃんはお隣さんのなんだ」

「そうそう。お隣さんと仲良くてしょっちゅう入り浸ってるからさ、懐かれてんだ」

 マグノリアがいなくなると、何となく会話の糸口がつかめない。

 それにしても何で小町がここにいるんだろう。

 小町の家はこの裏だし、この道は通らないのに。

 もしかして、俺をつけてきたのか?

「……で、小町はなんでここにいるんだ?」

 言ってしまってから、もう少し違う表現はなかったのかと後悔した。

「家……この道通らないだろ?」

 慌てて次の言葉で取り繕うとしたが、この台詞もなかなかの素っ気なさだ。

「最近谷山君とあまり話してないなぁって思って……。今日は睦ちゃんも夕夏ちゃんも用事があるみたいだから谷山君と一緒に帰りたかったんだけど、気付いたらもういなくて……。そしたら公園で谷山君見つけて……。それで……」

 小町の声はどんどん小さくなり、それと共に視線も下に向いてしまう。

 後をつけたという疚しさからだろうか。

「何だ……。それならなおさら声かけてくれりゃよかったのに……」

「ごめんね。何か猫ちゃんと話してたみたいだったから、邪魔しちゃ悪いかと思って……」

「そんな……。邪魔してよかったのに。っつうか、邪魔じゃねぇし!」

 志信の言葉で、小町が顔を上げる。

 2人の視線が重なり、ほぼ同時に笑いかけたそのタイミングで、志信の視界を黒い塊が横ぎった。


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