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メドゥーサの彼女  作者: 吉國 冬雪
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M2 担任、関肇

「谷山、ちょっといいか」

 授業が終わり、帰る準備をしている志信(しのぶ)に声をかけてきたのは、担任の関だった。

 40半ばだが、年の割に若く見える。他の教師と比べて身なりに気を遣っているからだろうか。仕立てのいいスーツに、ややこじゃれたシャツとネクタイ。ちらりと見える本日のタイピンは……。

「何すか。……先生、今日は手裏剣すか」

 今日は一見シンプルなシルバーのタイピンだが、さりげなく手裏剣のモチーフがついている。

「お、やっぱり谷山は気付いてくれたか。今日は気付いてくれる人が少なくてな。職員室でも隣の小山先生は気付いてくれたんだが、風車ですかなんて言うもんだから……」

 そう言って、関は大きくため息をつく。関が毎日タイピンを変えているのに気付いたのもどうやら志信が最初だったらしい。1年の5月ごろに指摘した際には、目を丸くして驚かれた。

 教師なのに、こんな遊び心って許されるんだろうか。それまで教師とは、固いだけのつまんねぇやつと思っていたが、関と出会って以来、こんな大人にならなりたいかもな、などと考えるようになった。

「今日のはちょっとさりげなさ過ぎなんすよ。……で、何すか」

「ああ、そうそう。ちょっとお前に頼みがあってな。少し時間いいか?」

 そう言って親指で自分の後ろを指す。場所を変えようということらしい。

「いいっすけど……」

 部活もバイトもしていないと、こういうことがよくある。

 それでも、関と話をするのは嫌いではないので、特に断る理由もなかった。

 ただ、頼みか……。面倒なことじゃなければいいけど……。

 

 鞄を持って、歩き始めた関の後に続く。

 教室を出て、廊下を歩く。この方向からして、職員室だろう。

「悪いな、ここでちょっと待っててくれるか」

 職員室のドアの前で関が言う。ドアを開けたまま、小走りで自分のデスクに向かい、手に持っていた書類を引き出しにしまう。そして、下に置いてあったのだろう、紙袋を持つと、また小走りで戻ってきた。

「悪い悪い。あっちの談話室なんだ」

「談話室……。俺、何かしましたか?」

「……何か心当たりあるのか?」

「ないっすけど……」

「だろうな。お前のことじゃないんだ」

「じゃ、誰のことなんすか」

「まぁまぁ」

 談話室、というプレートのついたその部屋は、生徒の間では『説教部屋』と呼ばれている。

 

 この部屋に呼ばれた生徒曰く「ドアを開けたら両親が待っていた」。

 この部屋に呼ばれた生徒曰く「ドアを開けたら母親が泣いていた」。

 この部屋に呼ばれた生徒曰く「ドアを開けたら父親に殴られた」。

 

 そして、その生徒はしばらく学校に来なくなる。まぁ、そういうことだ。

 これまで一度も縁のなかったその部屋のドアを関が開ける。

 お前のことじゃない、そう言われても、ドアが開く瞬間には、もしかして……という気持ちで少し嫌な汗が出た。


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