M19 そんなことないよ
「谷山君、コレ、ありがとう」
教室に入ると、先に来ていた小町が貸していたCDを渡してきた。
「もういいのか?」
「うん、録音したから。今日も聞きながら来たんだ」
ポケットからMP3プレーヤーを取り出して笑う。電源を入れると、画面に『WONDERFUL LIFE』と表示された。
「その曲……」
「あ、やっぱりおすすめされたからかな。なんか好きになっちゃって、こればっかりリピートしちゃってるんだ」
「そう……なんだ……」
俺もこの曲を聞きながら来たんだ。そう言いたかったが、なんとなく言い出せなかった。
平静を装ったつもりだが、自然と笑みがこぼれる。
「何か優しい曲だね。これ以外は激しい感じのなのに」
「そっちのはやっぱり馴染めなかった?」
「ううん、ぜんぜん。『ガムシャラ』とか『Do It!』とか、結構好き」
「お、結構激しいやつじゃん」
「言ったでしょ。私もロックは聞くんだから」
小町は得意げな表情を浮かべる。
「お、は、よ、う!小町ちゃん!谷山君!」
そう言いながら睦が二人の間に割って入る。
「おはよう、睦ちゃん」「おはよ」
志信は机の上のCDを鞄にしまった。
「なになにー?何のCD?あたしにも貸してよ、谷山君」
睦はチャックを閉めようとしていた志信の手を取り、それを阻止する。
急に触れた女子の手に軽く狼狽する。
「なっ……何だよ。ロックだぞ?聞くなら貸すけど……」
「聞く聞くー。谷山君が聞くなら、あたしも聞くー」
「何だよそれ。まぁ、いいけど。ほら」
「やったー。小町ちゃん、今日は一緒にお昼食べようね~」
睦は志信のCDをひらひらと振ると自分の席へ向かった。
「良かったな。昼」
少々残念な気持ちがあったが、小町にとってはその方がいいはずだと自分に言い聞かせ、笑顔を作る。
「うん……」
しかし、予想に反して小町の表情は寂しげに見えた。
「おっはよーさんっ、志信に小町ちゃん」
何やら微妙な空気を吹き飛ばすように、賢太がおどけながら志信の肩を叩いた。
「いってぇな、賢太」
「だってぇ~、何かしんみりしてたし?お2人さーんっ」
右手の人差し指をくるくると回し、「ん」のタイミングで志信の鼻の先をつんと刺した。
「何すんだよ!」
そんなやり取りを見て、小町がくすくすと笑う。賢太は小町が笑ったのを確認して、うんうんと頷き、鞄を自分の机の上に無造作に置く。
「そうそう。女の子はやっぱり笑ってなくちゃ」
あははーと笑って、自分の席に着く。
何でこいつはこんなに飄々としてるんだ。
横目で小町を見ると、じっと賢太の背中を見つめている。
ああ、やっぱりか。
そりゃ、見た目も、立ち居振る舞いも、賢太の方が数倍カッコイイよな。
こいつはさ、見た目だけじゃないんだぜ。中身だってイケてんだ。
推薦で入るくらいだから、サッカーだってうまいし、それ以外の球技も出来るし。
人の悪口だって言わない。困ってるやつには手を差し伸べる。自分が助けられるかどうかは置いといて。
苦手なのは勉強くらいなんだぜ。
だからさ。
だから、小町が好きになっちゃっても、ぜんぜん不思議じゃないんだ。
賢太の背中を見つめながら、同じ背中を見ているであろう小町に念を飛ばす。
小町に、というよりは、そう思うことで、自分自身を納得させているような気がした。
「そんなことないよ」
小町の囁くような声が聞こえ、はっとして隣を見る。
「いま……なんか言った……?」
自分の念が届いてしまったのだろうか。それとも、声に出していたのだろうか。
「え?何が?」
小町はそう言って笑った。空耳だったのだろうか……。
なんとなく釈然としないまま、学校は終わり、少しだけ楽しみにしていた小町との下校も「今日は睦ちゃんと夕夏ちゃんと遊ぶことになったから」とのことで、無しになってしまった。
女友達もできれば、これからも一緒に下校することなんてなくなるよなぁ。教科書も届いたから、机を近づけて授業を聞くこともなくなったし。いまのところ、接点はノートくらいか。それも、おそらく近々お役御免になるんだろう。
寂しい気持ちはあるが、それを認めたくない自分がいる。いまならまだ、可愛いと思ってちょっと『ときめいてしまった』だけで済むと思った。
寂しいと少しでも思ってしまったら、それはもう本当に『恋』なんじゃないのか。
隣の席に可愛い女の子がいて、自分が勧めた音楽を気に入ってくれて、たまに一緒に帰ったりする。それだけで十分だ。それだけで十分なんだ、俺は。
自分にそう言い聞かせる。
イヤホンを耳に入れ、MP3を操作する。『WONDERFUL LIFE』のリピート再生を解除し、このアルバムのオールリピートに変更した。




