M16 天は二物を
「じゃ、また明日ね。CD聞いてみる」
そう言って、極上の笑顔と共に大きく手を振って、小町は自分の家へ入って行った。
「おう、また明日。CDはいつでもいいから」
志信も精一杯の笑顔を浮かべて手を振る。
くるりとUターンして、自分の家へ向かう。
俺って案外打たれ弱いタイプなのかな。さっきの『男友達』の言葉がこだまする。
そりゃそうだよ。小町は、正直、芸能人か?ってレベルの可愛さだ。だから、俺が一目惚れしてもおかしくない。
でも、俺は最大限に誇張してもせいぜい『髪型イケメン』止まりだ。ということは、小町が俺なんかに惚れるわけがない。
賢太みたいな完璧イケメンだったり、祥太朗さんみたいな頼れる年上の兄貴タイプだったり、信吾さんみたいな素敵なおじさまタイプだったら違うんだろうな。
俺の武器って何だ?何でもそれなりに出来るところか?
それとも……歌か……?
けど、歌なんていきなり披露するものでもないしな……。
下を向いてとぼとぼと歩いていると、長くなった志信の影に、もうひとつの影が重なった。
「お帰り。今日もお疲れさま」
穏やかな声が背後から届き、志信はゆっくりと振り返る。声の主は、信吾だ。
「ああ、信吾さん……」
「どうしたの?今日は元気ないね」
信吾は黒い子猫を抱えていた。
「別に……何でも……。信吾さんこそ、どうしたんですか?その猫」
「高い木に登って降りられなくなっていてね。手を貸したら、懐かれたみたいなんだ」
「飼うんですか?」
「この子がそうしたいならね」
そう言って、優しく背中を撫でた。志信には猫の表情などわからないが、何だかとても気持ちよさそうに見えた。
すらりとした長身に、濃紺の着流し。
染めているのだろうか、黒髪は濡れたように輝いている。
闇に溶け込めそうなその出で立ちとは裏腹に、涼しげな切れ長の瞳の色は綺麗な栗色をしている。
近所の不愛想なおばさんも、信吾さんにだけは丁寧にあいさつをする。
気難しいと評判のおじいさんも、信吾さんと話している時は笑顔だ。
この人は、何なんだろう。
天は二物を与えずなんていうけど、この人は一体いくつ与えられているのだろう。
自分だって結構恵まれているくせに、そんなものは信吾の前では霞んでしまう。
「どうしたの?僕、何かおかしいところあるかい?」
自分の姿を見つめたまま固まっている志信に、信吾が問いかける。
信吾は子猫を抱えたまま、自分の身体をチェックする。
どこか乱れているのだろうか。それとも、汚れているのだろうか。それとも……。
そう聞かれて、自分が信吾を凝視していたことに気付く。
「あ、す、すいません……。おかしくて見ていたわけじゃないんです。ただ……何か羨ましくなって見てたっていうか……」
「羨ましくて……?」
そうだ。俺はこの人が羨ましくて仕方がないんだな。
「もしよかったら、少し話そうか」
視線を落として黙り込んでしまった志信に言う。
顔を上げると優しく微笑む信吾の顔がある。
今日は母親が早番の日だから、夕飯は一緒に食べることになるだろう。特にそう約束はしていないが、そういう時はなるべく一緒の時間を過ごすようにしていた。
まだ夕飯の時間ではないが、2日も連続でお邪魔してもいいものか。
志信は、何かしゃべらないと、と口を開けたままの状態だ。
面と向かって『羨ましい』と言ってしまったことになんだか恥ずかしさが込み上げてきて、次の言葉が見つからない。
「この子もいるし、縁側に行こう」
信吾は志信の返事を待たずに歩き出した。多少強引に引っ張って行った方がいいと判断したらしい。




