M13 モテ男の力
小町は生まれも育ちもイギリスだったが、日本人である母親が読書家で、和書を多く持っていたので、自然と彼女も読むようになった。そのため、ある程度の漢字は読めるらしい。まさか日本で暮らすことになるとは思わなかったが、それが大いに役立ったという。
しかし、それでも『読める』ことと『書ける』ことは別物だ。小町は教師の板書のスピードについていくことが出来ず、かと言って、授業が進まなくなるので待ってとも言えずにいた。
「後で俺のノート貸してやるから」
志信が小声で言うと、小町ははにかんだような笑顔で「ありがとう」と言った。
昼休みになると、またも小町の周りには人だかりが出来た。ものの見事に男子しかいない。目的は昼食の誘いのようだ。
女子はまるで示し合わせたかのように、小町をいないものとして、いつも通りにグループを作り、昼食をとっている。
1人くらいは女子が誘いに来てもよさそうなもんだけどな。
志信は小町を取り巻く男子の群れと、点在する女子のグループを横目で見ながら、菓子パンをかじる。購買から戻ってきた賢太が席に着き、後ろを向いて志信の机にパンとジュースを置いた。
「モテモテだなぁ、小町ちゃん」
「お前は加わらなくていいのか?」
「俺、人のものに手を出す趣味はないんだー」
そう言って、メロンパンの袋を破り、かぶりつく。
「人のもの?」
「お前、狙ってるだろ?小町ちゃん。そしてぇ~、彼女もぉ~、まんざらでもない感じぃ~」
左手で紙パックのリンゴジュースを持ち、人差し指を志信に向けて、くるくると回す。
「なんだよ、そのキャラ」
「俺さ、そういうのでさんざんもめてきたからさ、嫌なんだよな、もう」
「さんざんもめたって……。お前、サッカーが恋人じゃないのか」
「俺はその気なかったんだけどさ、俺の友達が好きになったやつがさ、俺のこと好きになったとかでさぁ、俺はなーんもしてなかったんだけどさぁ」
どんどんと口をとがらせ、拗ねたような口調になる。
まぁ、よくある話だろう。
賢太の友人がある女子を好きになった。賢太はその相談に乗り、何かと協力した。すると賢太との交流が増えたその女子は、見た目もよく、立ち居振る舞いもスマートな賢太の方を好きになる。
告白され、断るが、なぜか賢太がその気にさせたからだという噂が立った。
そのことで賢太は友人から一方的に攻め立てられたのだと言う。
「モテる男も辛いんだな」
「まぁな」
「モテるってのは否定しないのか」
「一応、自覚はしてるつもりだ。それよりいいのか?さっきみたいにカッコよく助けてやれよ」
「さっきって……、お前見てたのかよ」
「見てたさ。俺だって可愛い子は見てたいんだよ。いいだろ遠くから見るくらい」
ちらりと小町を見る。男子に囲まれ、昼食を食べたくても、食べられない状況のようだった。
「お前が行かないなら、俺が行っちゃうぞ」
「……好きにしろよ。別に俺のモンとかじゃねぇし」
「……いーのかぁ?ほんとに」
それだけ言うと、食べかけのメロンパンを志信の机に置き、左手にジュースを持ったまま、人だかりの中へ首を突っ込む。そして、女子なら間違いなくキュンとくる極上の笑顔で言う。
「こーまーちーちゃん。こっちで俺と志信と一緒に食おうぜ。腹減ったろ?」
集まっていた男子も賢太には敵わないと踏んだのだろう、すごすごと去っていく。
人が空いたところへ、すかさず志信の机を移動させる。ぴたりとくっつけ、賢太は自分の椅子を運んだ。目の前の机がなくなり、慌てて志信も座ったまま椅子を移動させる。
「小町ちゃん、びしっと言わんと、毎日あんな感じだよ~?」
「ありがとう……、最上君……だっけ」
「そうそう、最上。志信と俺がさ、小町ちゃんのナイトになってもいいけどさぁ~」
「賢太……お前……っ」
お前がしゃしゃり出ると、たぶん、ダメだ。周りを見ろ、女子がどんな目で小町のこと見てるかわかんねぇのか。
賢太ならそれくらいのことわかってるはずなのに、おかしい。
そこでふと気付く。さっきの「いーのかぁ?ほんとに」の続きに。
『俺が行ったら、この子、女子からやっかまれるぞ』
そうだよな、賢太がそれくらいのことに気付かないはずがないのだ。
だから、つまり、俺に行けってことなんだ。
賢太の意図に気付いた志信は、深呼吸をして、小町への言葉を考える。
「……何か面倒な事あったら、俺『が』半分引き受けてやるから、目で合図しろよ」
ほんの少しだけ『が』に力を込めて言ったが、果たして小町に届いただろうか。しかし、賢太には届いたようだ。机の下で軽く脛を蹴られる。ちょっと顔をしかめ、賢太を見ると、口の端を少し上げてウィンクしてきた。気持ち悪ぃな。
面倒な事は半分引き受けると言ったものの、賢太が声をかけたことで早々に男子たちはあきらめたのか、昼休み以降、小町の周りには誰も集まらなくなった。
賢太ってすげぇな。これがモテ男の力ってやつか。
騒がしいのがなくなって、小町はホッとしたようだったが、次の問題が出てきた。
女子がまったく寄ってこないのだ。
これってどうなんだ?普通、女子ってワイワイしながら寄って来るもんなんじゃねぇの?
やっぱり賢太が声掛けちゃったのがまずかったか?いや、でも……。
さすがに、次の授業は、俺何にもできねぇぞ。体育だし。
「小町、次、体育だからさ、昨日、体育館教えたよな?昨日、自販機寄ったろ?あそこに更衣室あるからさ。ジャージあるか?」
「大丈夫。心配してくれてありがとうね」
我ながら、心配し過ぎだと思う。お母さんか、俺は!
小町は笑って立ち上がると、「谷山君、今日の帰りもいっしょに帰らない?」と言った。




