M12 烏合の衆
HRが少々長引いたため、そのままの流れで授業がスタートする。科目は古典だ。
席が離れていると教科書が見づらいので、ぴたりとくっつける。
「現代文はともかく、古典は難しくないか?」
小声で小町に問いかける。
「もう、何が書いてるかさっぱり」
「そうだよな。俺もあんまり得意じゃないけど、ある程度なら教えられるから」
「ありがとう」
「おーい、さっそくイチャイチャすんなよ。谷山」
「ぶはぁっ、イチャイチャじゃないって!イギリスから来た子にいきなり古典はハードル高いかと思って……」
関の言葉に動揺して、思わず立ち上がり、反論する。
「まー、たしかにちょっと難しいかもなぁ。仕方ない、許す。でも、それ以外の私語はすんなよ」
ニヤリと笑って、教科書を持った左手を仰ぐように振る。座れ、の合図だろう。
それを見て、自分が立ち上がっていることに気付いた。
「ノブ~、動揺しすぎじゃねぇ?がっつきすぎたら小町ちゃんに引かれるぞ~?」
少し離れた席の立花聡が茶化す。
「立花も落ち着け。授業進めるぞ。小町は遠慮なく谷山に聞け。あいつ、古典はそこそこ出来るから」
関からの思わぬ評価に顔を赤くする。いやいや、そうでもねぇって。
「頼りにしちゃうね」
控えめな小町のこの一言がとどめだ。
いま、俺、耳まで赤いんじゃねぇかな。
「お、おう……」
祥太朗さん、やっぱ、俺、無理だよ。
授業が終わると、小町の周りには案の定人だかりが出来た。それを構成しているのはすべて男子だ。
お前ら、クラスの女子にはそんながっつかないくせにか。
その輪に入りたくなくて、席を離し、鞄の中に入れっぱなしになっていた文庫本を開く。
ふと顔を上げると教室の隅に固まっている数人の女子が、ちらちらと小町の方を見ているのが見えた。
もしかしたら、ちょっとやばいかもな。
人だかりの隙間から小町を見る。笑ってはいるが、ちょっと引いているのが志信にもわかる。
人見知りって言ってたもんなぁ。
本は開いてみたものの、内容はさっぱり入ってこない。仕方がないので読んでる振りをして、人だかりの方へ意識を集中させる。
「小町ちゃん、イギリスのどの辺りに住んでたの?やっぱ英語はペラペラ?」
「ばっか、当たり前だろ。ねー?小町ちゃーん」
「ね、ね、部活どうするかって決めた?いまバスケ部マネージャー募集してるんだけど、どう?」
「バスケよりさ、ヨットの方が面白いぜ。ヨット部のマネージャーやろうぜ」
「今日空いてる?皆でカラオケ行かね?」
矢継ぎ早に浴びせられる質問に答えようとするものの、展開の早さに着いていけないようで、「あの」とか「えっと」しか言えないでいる。
隙間から、小町が志信を見ていることに気付いた。一瞬視線が重なり、助けを求めるように眉をしかめた。
マジかよ。どうするかな……。
意を決して立ち上がる。深く呼吸し、人だかりの中の1人、立花聡の肩をつかむ。
「聡ぃ~、がっつきすぎたら『小町ちゃん』引いちゃうんじゃねぇのか?」
さっきの聡の台詞を借りて言う。
「うぉ、何だよノブ。そんなに俺がっついてねぇよ」
聡は軽く動揺している。本人もちょっとはがっついている意識があるのだろう。
「お前らも、ちょっとは答える側のこと考えろよ。聖徳太子じゃねぇんだぞ」
小町は志信の姿を見て明らかにホッとした顔をしている。
志信の登場がきっかけとなり、休み時間も終了間近であることも相まって、飢えた男子の群れは各々の席へと戻って行った。
「ありがとう。助かっちゃった。あんまり得意じゃなくて、こういうの」
「見りゃわかるよ。あとさ、コレ」
向けられた笑顔を見つめることが出来ず、鞄の中からCDを取り出し、小町の机の上に置く。
「あ、昨日の……。ありがとう。明日返すね」
そう言って、CDを手に取り「ねぇ、谷山君のおすすめはどの曲?」と聞いた。
「おすすめ……か」
指は迷わず7曲目の『WONDERFUL LIFE』の方へ向いた。
「コレかぁ。ちょっと楽しみ」
「おいおい、志信。なーに1人だけ仲良くなってんだよぅ」
廊下に出ていた賢太が戻り、志信と小町の間に割って入る。
「別に……いいだろ。隣なんだから」
「小町ちゃん、俺、最上ね。よろしくー」
さすがモテ男なだけあって、必要以上にアピールをしない。それだけ言うと、さっさと席に着く。
こういうのがモテるんだよな。見習えよ、お前ら。
さっきの烏合の衆を思い出す。真っ先に浮かんだのは聡の顔だったが。
きっと、小町も賢太のことが好きになるんだろうな。
そう考えてしまう自分がちょっと嫌だ。
さりげなく小町を見る。小町はCDジャケットの曲目を指でなぞりながら真剣に見つめていた。7曲目あたりでその指が一瞬止まったように見えた。




