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メドゥーサの彼女  作者: 吉國 冬雪
10/41

M10 WONDERFUL LIFE

 朝、志信(しのぶ)はいつもより20分早く家を出た。

 鞄の中には小町に貸す約束をしているCDが入っている。初めて聞かせるには何がいいかとひとしきり悩んで、結局、志信がいちばん好きな曲が入っているものを選んだ。アニメのタイアップ曲も数曲入っており、聞きやすいアルバムだと思う。

 高校入学時に買ってもらったMP3プレーヤーで、同じアルバムを再生する。

 ここのユニットはすべての作詞をヴォーカルが担当しており、ロックな見た目そのままの歌詞もあるが、本当に同一人物が書いたのだろうかと思うような繊細なものもある。激しく、のびやかで、艶っぽい歌声に、型にはまらないギター。新作が出る度に、新たな面を見せてくれる。

 あまりテレビに出るわけではないので、クラス内での知名度はあまり高くはないが、皆に知ってもらいたいと思う反面、あまり広まって欲しくない気持ちもある。

 でも、小町には俺の好きなものを知ってもらいたいとも思う。

 MP3を操作して、特に気に入っている曲を選ぶ。

 

『空に向かって 唾を吐いて それが落ちてくる前に 避ける生き方をして

 面倒なことも 見ないふりで これからもそうやって やってくつもりだったけど

 君が笑えば 大したことない日が

 君が歌えば つまらない時間が

 色のない僕の毎日が 幸せの色に 染まる』


 志信が『ORANGE ROD』にはまるきっかけになった曲だ。ミドルテンポの落ち着いた曲で、歌詞も気に入っている。冷めた感じの男が、恋をして変わる。なんだか、いまの自分に重なるものがある。いや、俺はそこまで冷めてるわけじゃないけど。


『無色透明な日々に 君は何色を 落としてくれるんだ

 喜色満面の君に 僕は何色で 応えられるんだ』


 昨日、小町と並んで歩いた道を、今日は学校に向かって歩く。

 今日からは、まぁ、別々に帰ることになるんだろうな。単純な道だし、もう覚えちゃったよな。それに、もしかしたら、友達とかすぐにできたりしてさ、一緒に帰る感じになったりしてさ。別にいいけど。


『この愛は 本物なのか 僕にはわからないけど

 君の手を つかんでてもいいのか わからないけど

 君がもし いいよと言うなら 

 そしたら きっと 素晴らしい人生だ

 それなら ずっと 素晴らしい人生だ』


 同じ曲を何度もリピートし、歌詞を噛みしめる。

 愛ってのは大げさだけど、いま小町に抱いているのは、恋って呼んじゃっていいのだろうか。

 そういえば、俺の最後の恋っていつだ?

 中学のころ、ちょっと可愛いと思う女子はいたけど、それは仲間内でそういう話題になっただけで、別に、好きとかには発展しなかった気がする。とすると……小学生の時か?

 思い返してみても、これまでの自分の人生に恋という恋があった気がしない。

 母親の話では、幼稚園のころに「ナントカちゃんと結婚する!」なんて可愛いことを言っていたらしいが、『ナントカちゃん』の名前が既におぼろげな点からして、早々に婚約は破棄したらしい。

 何か俺って枯れてんのかな……。

 別に彼女が欲しくないわけじゃないし、女の子には普通に興味がある。

 今年のバレンタインには、義理と本命の中間のようなチョコレートを貰った。

 どうやらそれは志信の出方次第でどちらにも転ぶものだったようだ。それなりに仲がよく、普段から冗談を言い合うような女子だったので、おそらく義理だろうと思い、そういう手合いの『お返し』をした後で、別の女子からそのチョコの意味を聞かされた。


 保険かけてんじゃねぇよ。


 好意は嬉しかったが、そのやり方が気に入らず、その女子とは何となく距離を置くようになった。やや気まずい思いで過ごしていたが、二年になって、クラスが別れ、ホッとしたものだった。

 もっと正々堂々と本命だなんて言って渡してくれてたら、どうなったかな。

 俺だったら、何て告白するかな。

 そこで、昨日の祥太朗の言葉を思い出す。


「彼女の耳元で歌ってやれって。イチコロだぜ」

 

 いや!無理無理無理無理!そんな気障なことできないって!

 でも……歌うとしたら、きっとこの曲だよなぁ。

 志信は画面に表示された『WONDERFUL LIFE』の文字をじっと見つめた。


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