螺炎の魔女
《肝喰い》ズズド海賊団と揉め事を起こした以上、此処まで乗船してきた船を使う訳にはいかない。絡まれただけともいえるが、結局は同じ事。早速パストル貧民街自警団こと、プルートーのコネを使い船を用意。水夫はズズド海賊団の犠牲となった船の生き残り達から構成されており、何処からどう見ても鉄砲玉の陣容である。
プルートーとしては、パストル評議会が関わってこない海賊港の悩みの種でもあった、ズズド海賊団をシャラ達が始末してくれるという中々に美味しい展開。多少の無茶は許容するというものだ。
港居住区の一部屋を作戦本部として接収し、準備に入る魔女の主従と、その様子を興味津々といった表情で眺める影の魔神。
霊銀冒険者の資金の蓋が開けられ、買い込まれた使い切りの魔法薬や、魔力のこもった品々が山の様にテーブルの上に積み上げられる。腰のポーションホルダー、ストラップで吊られた儀式魔法触媒用パウチや、専用ホルスターに次々と納められるマジックツールの数々。
黙々と準備を進める二人の姿は、まるでヤクザの出入りか戦争代行会社であった。
世界で最も高い文明を持つ、魔法都市で制作された高品質な装備に紛れて、魔神が買い込んだクッションや、モコモコしたパジャマといった衣類はナップザックにまとめて詰め込まれ、部屋の隅の貴重品箱の中に入れられていた。ナップザックからはみ出たウサ耳が、戦闘一色の作戦本部の様相に対して、強烈な違和感を発している。
シャラが、非常用魔法を自動的に発動するスクロールホルダー位置の調整に取り掛かり、魔女が歯車が詰まった杖。機械式の補助詠唱スタッフの点検をしている最中。
二人に倣って、作業を黙って眺めていた影の魔神が口を開いた。
「ねぇ、その巻物はどういうものなの?」
「これ?特定の条件をトリガーにして発動する非常用呪文が入ってるんだよ」
「ふーん。冒険者って、面白い事を考えるのね。続けて」
「良いのを一発貰ったら、回復魔法が発動。みたいな感じかな。ヒーラーがいない場合、ちょっとした事でやばくなるしね」
作業の合間にシャラが応えると、魔神は感心した様な表情を浮かべた。
人間はこの世界では劣等種ではあるが、この魔女の主人はディスが知っている人間より用心深いように思えた。それ故に、僅かな違和感があった。
「ねぇ、なぜアウラは賞金首になってるの?」
影の魔神がそう尋ねると、作業を続けながら答えが返ってくる。
「うーん、一つは《魔女》は子供をさらって食べたくなる生き物だってことかな。子供がいる場所が分かる能力もあるし。アウラちゃんもバリバリのカリバニストだよね」
平然とした口調でシャラが言うと、魔神は黄金の目を丸くして、丁寧に歯車の摩耗を確認していた魔女に視線を向ける。ディスの視線に気が付くと、居心地悪そうに身動ぎし、諦めた様に口を開いた。
「……子供は《まだ》食べてませんよ。私は奴隷ですので、シャラから食べろ。と言われたもの以外は食べませんから」
「食べたいことはたべたいの?」
「そうですね、現状に不満は全く有りませんが」
一片の曇りもない、冷静な声音で答えを口にする魔女を見て、魔神は小さく首を傾げた。
この魔女。命令に従っている事を説明する時、やけに生き生きとしている。
「じゃあ、賞金首になった件は何を?」
「魔女に覚醒した時に、街を一つ焼き払いましたので」
「全然そんな風に見えない」
「影の魔神サマも全然そんな風に見え……るね。うん。まー、そういう事で討伐隊が繰り出された訳」
「つまりシャラが討伐隊に居た?」
魔神がそう推測すると魔女は手を止め、黄金の眼を見返して首を振る。
静かな理知を湛えた黒瞳が、僅かに力を帯びる。
「シャラは通りすがり、と本人は今も言ってますね。討伐隊を皆殺しにし、私を制圧し、街は戦闘の余波で灰に……結果的にも、表向きにも私がやった事になりましたが」
街は灰燼に帰したため、討伐隊が全滅すれば戦闘の経緯は、誰にもわからないという事らしい。
何処からどう考察しても、完全に大犯罪者である。社会的に生存が認められる理由があるとは思えない。プルートー達の様な、どこか裏街道の冒険者と仲がいい理由はよく分かったが。
「だから海賊でも入れる街や港を選んだり、海賊に狙われた現状でも陸路を使わない。という事?」
「そーいう事。冒険者ギルド的には真実かどうかは定かではない的な感じで。証拠は灰になった街しかないから、アウラちゃんだけが賞金を懸けられてる」
「私はその時にシャラに奴隷にされた。という事になっています。霊銀タグの冒険者は二つ名持ちしか居ませんが、人型生物殺害の専門家はシャラ位ですから、悪名の高さは似たようなものかと」
魔女という強力な力を得てはいるが、それに伴うデメリットも相応に強大らしい。
とはいえ魔女の力を使える冒険者、それも霊銀は最高位冒険者一歩手前の凄腕なのだという。即ち、戦略兵器を使える凄腕の冒険者だ。
人類、魔物問わず、強力な賞金首の狩りを積極的に請け負うシャラは、人類国家としては処理しにくいのだろう。確かに見過ごせない大罪で危険だが、国家の危機レベルの魔物を狩れる冒険者である。自分の国での出来事でなければ、多少は目をつぶるくらいには貴重な存在でもある。
そして何より、国家レベルの対策チームが必要な、悪名高い魔物を狩れる主従を相手取るのは馬鹿らしい。という事らしい。死体になれば悪魔を引き寄せる魔女や、人間であるシャラは通常の魔物と違い、討伐自体のメリットはほぼ無いに等しいのだ。
「魔女は生き物、及び土地の図面を呪いをかけたりも出来ますね。土地の図面に使用した場合、その土地は後日萎れはじめ、一週間もすれば全ての生物が死に絶える魔境と化します」
「呪い系統の力は魔法と見せかけて、能力だから詠唱が必要ないとかあったよね?蜘蛛みたいに天井に張り付いたりとか、麻痺とか恐慌状態にするやつとか」
「はい。前衛にシャラがいるので、使う必要はありませんが」
作業を再開し、淡々とした口調で呟く魔女と、終始変わらず軽いままのシャラ。
どちらもとても善良とはいいがたい生命体ではあるが、ディスの見立てでは、ズズド海賊団を避けて旅をすることは、この主従なら可能であるとみている。それでも、奴隷の魔女はともかく、意思決定権を持つシャラは、確実に海賊退治をする気で準備を進めているのだ。魔神が二人と行動を共にして、二人がすることは悪党退治ばかりという事になる。
影の魔神には、それがとても面白く思えた。それに、この部屋も秘密基地の様な趣があるし、机の上で唸る物騒な玩具達もお祭りの準備をしているように思えてくる程度には気分が良い。何というか、冒険している気がしてくる。引き籠り一柱では、こうも楽しい旅にはならなかっただろう。
この二人は、この旅が終わったら影の城に持ち帰ろうか。魔神がそう思考の隅で考えるくらいには、既にこの奇妙な二人を気に入っているのだった。