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傷跡

 シャラ達は先程の戦闘で、同乗している他の冒険者達から引かれたり、警戒の眼を向けられたりするのが鬱陶しいので甲板で暇をつぶしていると、砦の島を越えたところでイルカの群れと遭遇。


 手摺から身を乗り出して、ラッセン、ラッセン!と大はしゃぎする影の魔神を横目に、何処かぎこちない動きの水夫達が甲板の上を雑事で行ったり来たりしている。

 見た目相応の振る舞いを見せる魔神から視線を外し、口を開く。


「ラッセン、って何だろ」


「《無限奈落》にイルカは居ませんので、時折遺跡で発掘される絵ではないでしょうか?」


「そっか。そういえば魔神達は、僕らの世界より遥かに古い世界で暮らしてたんだっけ」


「《残骸世界》が、どうやって作られたのかはわかりませんが。とても高度な文明が存在していたと推測されています」


「……魔神っていうのはよくわからないね。新月の夜に出会った人類を殺す。新しき神々と戦い、助ける。僕たちと旅をする。まるで二つの面を内側に抱え込んでいるみたいだ」


「少なくともディスは私達と友好的です」


「分かってるよ。《今は》ね。それにしてもあんなにヤバイとは思わなかったけど。あれ位強いと死ねそうにないね」


 軽口を叩きながら視線をイルカの群れのほうに戻すと違和感。魔神がいない。 

 いつの間にか影の魔神は、イルカの群れから離れて二人の傍に立っていた。

 黄金の眼に僅かに揺らして、静かに微笑みながら固まった二人に囁くように告げる。


「魔神は、誰もが一度は死を経験している。死をもって私達は魔神になった」


 聞いてはならない言葉だった。よりによって魔神のルーツに関わる禍言である。

 しかし、耳を塞ぐ選択肢が無い位には危険な気配を感じた。まるでコインの表が裏になったかの様な。


 沈黙が落ちた場で、波の音が嫌に大きく聞こえる。水夫たちの声が何処か別の世界の音の様に希薄だ。


「いつ、何故、私が死んだのか……どうしても思い出せない」


 ワンピースの左胸の傷を右手が掴む。恐らくは魔神でなかった頃最後に受けた傷が、そのひっかき傷のような装飾として残っているのかもしれない。

 死を克服した魔神であっても、それは耐え難い痛みなのかも知れなかった。


「一つだけ言えること。それは私は、決して天国へ行けないといこと」 


 その言葉をと同時に黄金の眼が伏せられ、魔神の禍言は打ち切られた。世界に音が戻ってくる。シャラは俯いた影の魔神から眼を逸らして、水平線に視線を移した。


「そう。なら、一緒だね」


「えっ?」


「僕もアウラちゃんも、同じさ。僕は殺人鬼だし、アウラちゃんは人間じゃなくて魔女だ。天国に行けない何て、そう珍しい事じゃないのさ」


 顔を上げた魔神の視界の中で、魔女がゆっくりと首を縦に振る。

 しばらくの間、何処にも行けない魂たちの上に、緩やかな沈黙が訪れたのだった。





 翌日。快晴かつ風向き良好。

 シャラ達はこの船が予定通りの海路を進み、食糧や水の補充の為に《魔法都市》パストルの港に立ち寄るとの説明を受けていた。久しぶりに水平線以外の景色が目に入り、ごちゃごちゃとした賑やかな港の灯りがみえて来ると、夕日があたりを真っ赤に染め上げている時間になっている。


 影の魔神の目に映る《魔法都市》パストルは、奇怪な発展を遂げた巨大な建築郡である。


 二重の壁に囲まれたアップタウンを中心に、ダウンタウンを含む都市全体がすっぽりと、外壁に囲まれている。立ち寄る予定の港はダウンタウンと貧民街の境目であり、港を持つ都市が通常持つ利便性や経済性を無視するような配置で、重要な海への窓口といった感じは見られない。


 だというのに、都市内部に無数に立ち並ぶ儀式塔と、魔術的防御を陣で描く通路が蜘蛛の巣のように縦横無尽に張り巡らされており、莫大な魔力によって強固な魔術障壁が展開できるようになっている。彼方此方に立てられた高楼の間から上がる蒸気は、この世界でも最新技術と聞いている蒸気機関を動力とした装置が動いている証明だろう。


 まるで、今なお戦争中の都市のような防衛力を重視した設計。最新技術を積極的に都市の開発に使用している程の柔軟さや貪欲さと反した、ある種古臭い配置に思えるのだ。


 何処か浮足立った様子の乗客達を横目に、魔女と魔神は今後の予定を聞いている。


「僕らもいったん降りるよ。ディスははぐれない様にアウラちゃんと手を繋いでいてね」


「分かったわ」


 シャラは何処か助けを求める雰囲気を醸し出す魔女を無視し、ディスに視線を向けてきたので、特に異論はない魔神は素直に頷く。


 独り歩きに興味は有るが、案内人の指示を無視して発生させかねないリスクは契約内容に抵触する。契約を重視する魔神の典型である影の魔神としては、世話役の魔女か案内人のシャラを通して世界を見ることが望ましい。


 影の城に引き籠っていた事情も考えると、ディスにとっては渡りに船といった所。自分で動けば基本的に災厄がセットで起こる事くらいは理解しているのだ。


「分からないことが有ったら、僕がアウラちゃんに聞いてね。何か欲しかったら交渉は代わりにやるから」


「え?私はシャラ達が使ってる貨幣を持っていないよ?」


「あるよ。昨日船長から受け取った報酬の内、半分の二百五十枚が魔神サマの取り分だし」


 当たり前でしょ?と金貨がずっしり詰まった袋を魔神に渡しながら、まだ疑問符を浮かべるディスに説明を追加。


「報酬は五百で、砦は依頼に入ってないから戦果はアウラちゃんとディスで半分。アウラちゃんは僕の奴隷だから、報酬分配は僕とディスで折半。おかしいところは無いでしょう?」


 影の魔神は渡された革袋をまじましと見つめて、次に渡した人間に視線を移し、無邪気な笑みを浮かべた。


「人間は欲深いんじゃ、なかったの?」


「僕は常識的な人間なんだよ」


「……常識的な人間は、魔女を奴隷にしないと思います」


「常識的な魔女は、人間なんかの奴隷のままでいる訳がないと思うけど?」


 シャラは軽く返すが、過去に魔女の復讐で滅びた国がある程度には、魔女は恐ろしく強力な魔物だとされている。圧倒的な魔力だけでなく、頑丈さも人間とは比較にならない。多少内臓がこぼれた程度では、平然と戦闘を継続できるし、その見かけから人間に紛れることができる。当然人間の様に思考もする。


 一個の戦略兵器が自分の意志で動き回っているようなもので、高位の悪魔や魔女に反応する結界が無い都市にとっては、魔女の出現は恐怖以外何物でもないだろう。

 過去を含めても魔女を従えた人類というのは、今の所シャラだけだと当の従っている魔女から聞いている魔神にとって、この二人の関係はとても興味深い。


 実の所、アウラには何ら枷が存在しない。そもそも魔女を拘束できる魔法は人類には使用できない領域だとされている。恋愛関係であるわけでもなく、裏切らないと信頼しているわけでもない。むしろ主人は反抗を期待している節すら感じるのだ。


 奴隷の方はというと、頑ななまでに奴隷として振る舞っているのだが、主人が善良を嘯けば消極的な否定を口にするかと思えば、主人が卑下するような表現には積極的に否と口を開く。


 影の魔神の見立てでは、むしろ人類ではないという魔女であるアウラのほうが人間らしさを感じるのも、また面白いと考えている。  


 シャラは、興味深そうに此方を見ている魔神から魔女に視線を移し、パストルの地図を広げる。貧民街と都市内部の境目を差し、予定の説明を開始。


「目的地は此処、剣と燃え盛る剣看板を持つ『ブレイド&ブレイド』だ。自警団の溜まり場にもなってる、酒場だか宿屋だかそんな感じの場所だね」


「パストル貧民街の自警団というと、プルートーの方達ですか……」


「プルートーって?」


「霊銀タグより一つ下、黄金タグの冒険者パーティだと目されている人達です。高位冒険者ですね」


「よくわからないけれど、冒険者ってそういうのに関わる事もあるの?」


「あそこの貧民街はちょっと特殊でね。とある冒険者のパーティが自主的に警邏活動をしてるっていう建前になってるんだよ。まぁ詳しいことは知らなくていいと思う」


 シャラはいまいち分かってなさそうな魔神に苦笑いを向ける。魔神に対して地回り臭のする話をすること程不毛なこともそうないだろう。とはいえ、ディスが案外人類の感性に適応してる事は理解しているのだが。


「魔女や魔神が泊まれる場所なんてここしかないから。喧嘩売らなきゃ大丈夫。それにディスに必要な雑貨も都合してもらえると思うしね」


 シャラと魔女の眼が影の魔神に集まり、ディスは何処かばつの悪そうな表情に。

 流石にちょっと目立つかな?と思い始めた魔神にしても、特に異論は無い。

 割と和気藹々と雑談しつつ、一行は《魔法都市》に降り立ったのだった。

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