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魔神と魔女

 創世記の伝承はこう語られる。 

 魔神達が、荒野に魔神の住処である城がいくつかあるだけの世界《残骸世界》を支配していたが、そこに他の次元からやってきた《新しき神々》が現れ、この世界の所有権を争う創世記戦争が起こった。


 圧倒的な力を持つ魔神達に《新しき神々》は敗北したが、魔神は降伏した神々は見逃した。途方に暮れる《新しき神々》に魔神の一柱が「この世界を貴方達で作り直しては?」と囁き、上位魔神達といくつかの取決めの後に今の世界が創造される。

 魔神達からの要求は三つ。


 一つ、魔神の住処であるそれぞれの城を、専用の空間に作成させる事

 一つ、最低でも一つは文明を構築する知的生物を作る事

 一つ、夜を作る事

 

 



 

「…………魔神、ですか?」


 乗客用の船室で、いかにも魔術師然としたローブに身を包んだ少女が、ボブカットの黒髪を揺らして呻く様に呟いた。


 船酔いで寝込んでいた状態から回復したと思ったら、自らの主人が神話の住人と仲良くなっていたら呻き声の一つも上げたいのが人情というものだ。相当な気分屋で加虐癖すらあると、危険なところ挙げればきりがないほど碌でもない主人ではあるが、割と堅実な面もある。


 特に依頼選びについては神経質な所もあり、事前情報が集められない緊急依頼は殆ど受けない。稀に型破りな事もするが、それは他に堅実な手段が無いときだけだと知っている。だからこそ余計に信じたくないのだろう。目の前の人物の存在を。


「私は《影の魔神》ディス。シャラ、この人間は?」


「アウラちゃんって言う名前の奴隷。人間じゃなくて《魔女》っていう種らしいよ。たまーに人間から産まれるんだって」

 

 無造作に《魔女》を指す者は割と命知らずの領域に分類されるのだが、別の意味で命の意味を知らない存在に指し示され、アウラは縫い付けられたかのように固まったままだ。


 尋ねられたシャラも、まぁ仕方ないなという成分を含んではいるものの、魔女の反応を多分に楽しんでいる事を隠そうともしていない。人間より遥かに魔法について精通している種族である分、夜空に等しい魔神という力の在り様は衝撃的なのだろう。


 そう推測していながら、全くフォローする気が感じられない主人を恨めし気に睨みつけるアウラを横目に、魔神と人間は仲良く談笑を再開していた。


「魔女?人間と何が違う?」


「人間と比べるとそれなりに。覚醒した時点から不老が一つ、魔力量が人間種を超越する耳長を更に超える点が二つ。最後は悪魔によく狙われやすいっていうのが有ったかな?」


「ああ、悪魔のおやつ?確か人間種には一定の確率で悪魔のおやつが産まれるようにしたって《塔の魔神》が言っていた」


「し、知りたくない事実を知ってしまった……その嫌起源似たような話が沢山ありそうだから、掘り返してこないでね」


 思わぬところで世界の秘密を一つ知り得た事に、引きつった苦笑いを浮かべつつアウラに視線を向ける。


「ところで、いつまで固まってるの悪魔のおやつ」


「違います」


 珍しくキッパリ即答する魔女が、魔神との遭遇の衝撃から立ち直ったことを確認。

 なまじ本物の影の魔神だと理解できてしまう程度の力があると、衝撃も相当なものである。シャラ自身、割と現実逃避気味なのを自覚している位だったりする。


「で、影の魔神サマが今度の依頼人だから」 


「……はい?」


「依頼人だから」


「……はい」


「で、同性だしアウラが日常生活でも世話係ね。僕は多分色々手続きとかそういうのやる時とか忙しいし」


「え、ちょ」


「君が世話係ね」


「……は、はい」


 流れる様に厄介事を魔女に押し付けて、部屋から戦略的撤退を行う主人を半ば呆然と見送る。


 そっと、視線を現実に向けてみると、影の魔神の黄金の眼が映り込む。

 魔神は機嫌が良いようで、生贄の羊になった魔女の心境など露程も理解せずに微笑んだ。


「私の世話係アウラ、よろしく」


「よ、よろしくお願いします。《影の魔神》ディス」


 返事をしない訳にはいかないどころか、機嫌を損ねたらその時点で死ぬ。魔神というのは本来そういうものなので、対応としてはそう間違ってはいない。代償として、テンパって返答してしまった事で世話係が完全に確定してしまったという事実に、アウラが気が付くのはまだしばらくの時間が必要だった。

 

 


 

 

 天気良好、風向きよし。快調なペースで海へ進む。


 ディスの依頼完遂の為には、やはり元々の目的地の《遺跡都市》アズラエルへ向かうのが一番早いとシャラは判断し、予定通りのルートで向かう方針を決定した。

 アウラは奴隷は主人の決定に従うものという、当の主人にとっては理解不能のこだわりがあるらしく異論は無し。そもそも船の行き先自体は変えられないので、ルート変更となると、途中の港で降りて船を探すなど面倒事が増えるのを嫌ったというのも大きい。


 本来なら乗客であるが、暇なのでシャラはやっと酔わなくなったアウラと、暇そうな水夫なども誘って神聖かつ伝統的な儀式を敢行。キャッチフレーズは「トランプを五枚だけ揃える簡単なゲーム」


 要するに賭けポーカーであった。一つだけ毛色が違うのは、ばれないならイカサマはアリアリで。という珍妙なルールが堂々と追加されているあたりだろうか。


 適当に勝ったり負けたりしつつ、トータルで小さいマイナス程度の結末に誘導しつつ視線を上げると、見物と称してマストの上に腰かけている影の魔神の姿が見える。 


「まるっきり田舎の子だね」


「……普通の田舎の子は、垂直にマストまで飛び上がって留まる事は出来ないと思います」

 

 呆れたように呟くシャラの隣で、アウラが自分の主人に呆れていたがそれを聞き流しつつ思考を戻す。 


 ブーツに膝下丈の靴下、そして左胸に奇妙なひっかき傷の様な模様あるワンピース。それがディスの格好であるので、高いマストの上に腰かければ風で色々めくれてしまいそうな気がするのだが。


 何にせよ悪い意味で目立ちまくる事この上ない。旅をする服装ではないし、影の翼は明らかな異形である。面倒な問題を避けるためにも外套を購入する必要があるだろう。


「次の港ではお買い物タイムかな」


「次の事も良いですが、コールを。皆さん待ってます」


「ハイハイ。それじゃコールだ」 


 宣言しつつ手札を広げられる。オープンされた手札に一斉に上がる怨嗟と驚愕の声。


 アウラが広げた手札はクィーンのファイブ・オブ・ア・カインド。要するにジョーカーを使ったファイブカードだ。ロイヤル・ストレート・フラッシュと双璧をなす最強の役。しかもランクはクィーン。そしてシャラが広げた手札を見て、参加していた水夫達がいっそ感心した声で言った。


「ファイブ・オブ・ア・カインド。しかもランクはキング。主従でわかりやすい事で……」


「どんなイカサマ使えばそんなアホな手ができるんだよ!」


 休憩の合図代わりだと、わかりやすすぎる結果を持ってきた二人に呆れつつも、誰にも気が付かれず奇術めいた手腕で終幕を持ってきた事に笑い合う。


 通常の賭博なら激怒する場面だが賭けている額が暇つぶし程度であり、かつ二人は適度に負けてもいたし、エンターティナーとしてシャラは優秀だったことが大きいだろう。


 要するに、とても平和な時間だったという事だ。

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