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死者への標

 その日の夜、アングラ地下墓地からの帰還者の報告に、遺跡都市アズラエルは震撼した。


 《残骸世界》の住人であったアンデッドの討伐報告。それも発生原因の不明な王種である《死霊王》と同クラスの魔物である。


 王種の魔物は多数の配下を創り出す力を持ち、かつ自身も強力な力を持つ場合が殆ど。国家規模の危機を引き起こす事も珍しい事ではない。特に今回発見された《死霊姫》は《残骸世界》の非常に高度な魔力行使方法である、魔術に精通していたという。


 謎多きアングラ地下墓地、そこに葬られた名もなき死者の一体とするならば強力過ぎる。発見された未踏査領域の深さや、報告者が語った付近の魔物の強さを勘案するなら、彼女は非常に特別な死者である可能性が高い。


 遺跡都市アズラエルの地下遺跡群のひとつ、悪名高いアングラ地下墓地の踏破も近いのではないか。そんな期待も高まろうというものだ。


 そこまでは問題が無かった。では、いったい何が問題であるのかというと、それは報告者が持ち帰った《死霊姫》の首にあった。


 





 ディスとシャラは、案の定入り口で膝を抱えて座っていたアウラと合流すると、その足を悪党絶対殺す血盟クラン・オール・ダーティ・バスタードではなく、商業エリアにある全うな方の冒険者ギルドへと向けた。


 アングラ地下墓地下層に出現する、元冒険者のアンデッド討伐報告だけならばいいのだが、《死霊姫》の首を提出する先としては適切ではないからだ。


 何せ発足の経緯からして異端であり、冒険者ギルドっぽい活動などアズラエル上層部から直接降りてくる、難敵の討伐依頼位なのである。さらに血盟者のギルド長は魔女でもあるので、幼女の首など渡せばナチュラルに蝋燭立てに使いかねない。


 という訳で、ノコノコと真人間様が使用する冒険者ギルドにやってきたのだった。


 あと、悪党絶対殺す血盟クラン・オール・ダーティ・バスタードは執政区にあるので、ご飯を食べる場所として適切でなかったという理由もある。


 特に何事もなく到着する一行。もう日は傾き、港の方を眺めれば陽光が水平線の彼方に沈もうとしているところであった。


 だというのに、商業区を行き交う人の影は絶えることが無いかった。アズラエルは夜間になると光を発する照明が多数存在しており、深夜になろうとも街路が完全な闇に沈むことは無い。


 流石に夜に遺跡に潜ろうとする猛者はそう居ないのだが、この時間は依頼達成報告をしにいく者と、報告を終え、手に入れた金銭で夜の街に繰り出す者でごった返す時間なのだ。


 人ごみの中しっかり魔女と手を繋いだ魔神達一行は、溢れる人の隙間を縫うようにして進んでいく。


 冒険者ギルドのスウィングドアを開き、シャラは列をなす一般の受付窓口をスルー。一か所だけ殆ど人のいない緊急窓口へと歩を進めた。


 魔神は辺りをもの珍しそうに眺める。様々な武装集団やら魔法使いが存在し、服装も人種もバラバラであり、なかなか興味深い場所であった。


 だがその存在は明らかに周囲から浮いていた。露骨に振り返り凝視するような無粋な輩は流石にいなかったが、周囲のテーブルの男たちはちらちらとその魔神の少女を盗み見ている。


「……失礼します」


 視線に気が付いた魔女は、そっとディスの外套のフードを被せ、その好奇心に輝く黄金の眼と雪花石膏の様な肌を人目から隠した。くすぐったそうに魔女の行為を受け入れた魔神は、改めて周囲を観察を再開。魔女は何事もなかったかのように、主人が手続きを終わらせるのを待つ体勢に。


 そんな魔神と魔女を横目に、シャラは緊急窓口で手続きを開始。最初にアンデッド“コウ”の討伐証明である遺品のロングソードを渡して終了させると、ナップザックにぶら下げた麻袋を取り出した。麻袋からは綿布で包まれた丸っこいものが転がり出て、嫌な予感を覚えた受付嬢に頓着せず、覆っていた綿布広げる。


 ポロリと転がり出る幼女の生首。ゆっくりしていってねっ!!!

 当然の如く上がる悲鳴。


 受付嬢の悲鳴にギルド中の視線が一瞬集まるが、実際の所賞金首の討伐証明で首を持ち込む例は珍しくない。


 駆け出しを抜けたあたりの冒険者達は、その生首を持ち込んだ人物を見てそっと眼を逸らした。人型生物の討伐専門家として有名な《幻鬼》何かに絡まれたくは無いのである。


 こうして持ち込まれている首である以上は、相応の罪状が有るかも知れないと理解しつつも、幼女をぶっ殺した《幻鬼》に非難めいた視線を送るものも多いが、本人は全く気にしない。


 奥からすっ飛んできた上級職員に、今回の出来事を説明している最中。事件は起こった。


 シャラが事のあらましを説明し終え、《死霊姫》の首を持った瞬間。


「えーと……すまぬが、出来ればその、妾を物っぽく扱うのは止めてほしいのじゃが……」


 凍り付く職員。


 キェェェェェェェアァァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!


 湧き上がる阿鼻叫喚。上級職員は腰を抜かすと椅子から転がり落ちた。


 悪党絶対殺す血盟クラン・オール・ダーティ・バスタードの冒険者は、スパルタ人のような野蛮な真似はせぬ。


 文化的にスキタイ人の真似をするのだっ!!


 後にディスが問いただすと「一度やってみたかった!!」と犯行を供述しており、魔女は憂鬱そうな表情で“ドッキリ成功”と書かれた紙を掲げた。


 そしてそんな周りに若干怯えながらも、《死霊姫》が視線だけ動かし、悪質な悪戯が成功したといった表情のシャラを見ながら口を開く。


「あー……やっぱりお主は驚かなかったの」


「僕のサーベルは普通の素材だからね。勁は注いだものの意味を強化するけど、普通の剣への効果は“斬れる”だけだし」


 完全に確信犯であった。おまわりさんこっちです。

 あえて頭を輪切りにしたりしなかった理由がそれであった。


 《死霊姫》が使用したのは印を描くことで発動する魔術。魔術は魔法より強い効果を発揮するものが多いが、魔法の様に熟練したらゴリ押しで詠唱を省略。と言ったことが出来ない為、首だけなら戦闘能力は殆どないと看破した上での所業である。


 地の属性とは相性のいいアンデッドなので、万が一にも大地に接しない様に丁寧にくるむ事で《死霊姫》の「うっかり埋葬してくれたら復活できるかも」という野望を阻み、同時に今回の犯行にも利用したのだった。


「お主本当に人間か……これから妾をどうする気なのじゃ。ハッ!?春画みたいな事をする気じゃなっ!この淫乱テディベアっ!!」


「君自分で言っといて、あんまり意味分かってないでしょ?」


 やってやったという表情全開で幼女の生首とおしゃべりしていると、不意に吐息がかかる程近くまで寄ってきていた魔神にに気が付く。その黄金の眼をキラキラさせながら、極上の玩具を眺める目で《幻鬼》と《死霊姫》を覗き込んでいた。


 シャラはその余りのテンションの上がりっぷりに、若干引き気味になりつつ言葉を紡いだ。


「な、何か用かな?」


「シャラっ!これ、飼おう?いいよね?」


「えっ」


 シャラは妙な事を言い出す魔神を思わず見つめ返すが、黄金の眼はどこまでもマジであった。

 この状態になったディスは超危険だと判断し、自分の責任が発生しない方向に投げ飛ばす事にした。

 ぶっちゃけ、シャラがやった悪戯が、ディスの変なツボに入ったせいなので自業自得であった。


「本人(?)が良いって言ったら。という事で……」 


「やったっ!」


 シャラとしては、この幼女は危険なので身の回りに置いておきたくないし、この首が話す事柄は《残骸世界》の謎を解き明かす役に立つだろう。色々リスクは考えられるが、全うなギルドであれば何とかできるはずであるし、抱え込んで死蔵させるのは勿体ないと思っているのだ。しかし


 影の魔神は切れるとマジでヤバイ。普段は大人しいのだが、この状態になると非常に安易な方法を取りがちで、沸点も急激に下がる。この状態では、マジ切れしない可能性が無いとはシャラには言いきれなかった。


 なにしろ新しき神々との創世記戦争時、若手の神々が神威をぶっ転がして調子こいてたのを根こそぎぶっ潰し、事象の地平線まで叩き返したのは、この少女の形をした魔神である。


 万が一怒らせたら、その背に広がる闇の翼で衛星軌道上からこの世界を薙ぎ払いかねない。

 宇宙から存在していたことすら抹消されかねない、エクストリーム巻き添えを受ける可能性があった。


「つまり、妾はどうなるのじゃ?」


 頭上で行われる人身売買ちっくな発言に困惑する幼女。


「貴方が私達のものになりたい。って言えば、そうしてあげる」


「つまり、妾はカキタレにされる……?」


 《死霊姫》の呟きに、シャラは極寒の視線を浴びせながら突っ込む。


「ねーよ。ロッククライマー(絶壁大好き)死体愛好家ネクロフィリアってどんな変態なのさ」


 自らの加虐性愛(ドS)を棚の上にブン投げて言いたい放題の主人を他所に、魔女は魔神の提案が“私達の”となっているので、自分の立場とは競合しないか。とか思いながら騒ぎを眺めていた。


 ともかく、《死霊姫》はギルドへの引き渡しはせずに持ち帰ることになったのだが、帰る前にご飯を食べにそのまま繰り出したので、テーブルの上に置かれた幼女生首とおしゃべりしながらご飯を食べる一行は、いろんな意味で伝説になりかねなかった。

 

 当然、立ち寄った酒場からは出禁となったのであった。

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