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魔神と遺跡都市

 

 シャラ達が拠点としている《遺跡都市》アズラエル。


 創世記に《残骸世界》の遺跡を取り込んだ地域であり、人類がそれを開拓、一部の装置を使用可能なまでに復旧した都市である。


 街灯なども存在し、夜でも明るく眠らない都市とも呼ばれるが、その一方で犯罪も多く、地下には魔物が巣食う未踏査の巨大遺跡が広がり、日々冒険者たちが挑戦を繰り広げている都市なのだ


 海にも面しているので港も整備されているが、人工物で海岸線は埋め尽くされており、砂浜は存在しない。海底から地下遺跡に侵入するルートも存在しているが、実質魚人などの亜人種専用ルートとなっている。


 とはいえ、魔女であるアウラがいる一行にとっては侵入できない経路というわけではないのだが、普段通らない種族が通ればややこしい出来事も起こる。


 例えば、崩落事故とか。

 

 ……種族とか全然関係ない事であった。 






 アズラエルの地下遺跡群の中にアングラ地下墓地はある。


 何せ《残骸世界》の地下墓地である。人類の発祥以前より存在するこの地下墓地には、魔神達が支配していた頃の名残が存在している。


 つまり危険だという事だ。深層には悪魔が跳梁し、数多くの未知の魔物が生息するだけでなく、もう一つ凶悪な特徴があった。


 この場所で死んだ者は、アンデッドとなって立ち上がり生者を襲うのだ。


 アングラの地下墓地の様な場所は世界に幾つか存在しているが、共通事項は魔神の関与があった場所だとされている。魔神の与えるものが死である場合、それは幸いである。の格言の通り、終わらぬ生を与える場合も少なくないのだ。


 要するに碌でもない場所だという事。


 そんな場所で崩落事故に巻き込まれ、仲間とはぐれてしまえばどうなるか。

 その答えは自分の眼の前にある。


 正直、呑まれていた。

 いまならこの奥に魔神が潜んでいるんだと言われれば、信じてしまうかも知れない。

 生き埋めにならなかったのは幸運ではあるが、相当深い階層に落とされたのは間違いない様だ。

 灯された魔法の光源が照らす、開け放たれている石造りの門の奥には、あたかもそこが地獄への入り口であるかのように深い闇がうごめいている。


 幸運にも自分、コウは一人ではなかった。

 コウは若干十七にして、既に冒険者として熟練者とされる銀のタグを持っている青年だ。

 金属製の胸甲に革鎧と、そこそこの防御力と機動性を確保できる仕様。受け流す盾であり、ショートボウ程度の矢なら十分に防げる扱いやすいバックラー。癖のないロングソードは魔法の品で、飛躍的に剛性を高められ、錆びず欠けにくいため、フリーメンテナンスで性能を維持できるダンジョンアタックに適した品である。


 そもそも特殊な固有能力を持つ魔法の武具は、コウにはとても手が出ないという実情もあるのだが。ともかく、通常の状況であれば才覚、経験、装備。全てが問題ないと自負している。


 しかし前述のとおり既に非常事態である。不測の事態で危険地帯に放り込まれ、仲間ともはぐれると来れば最悪一歩手前の状況と言えるが、能力のある同行者がいることは喜ばしい。


 先程魔法の光源を灯した少女は、ローブから覗く漆黒の髪を揺らし、ほっそりとした指先に魔力の燐光を纏わせて、探知系に属する儀式魔法陣を虚空に展開していた。


 魔法の素養のないコウですら鳥肌が立つほどの莫大な魔力を注ぎ込んだ魔法陣の行使は、僅かに魔力が相違空間から漏れ出て、辺りに燐光を放つ数式として踊っているほどであった。


 一見人間である。しかし人間ではありえない。魔力に優れた亜人の《耳長》ですら、儀式魔法陣を素手のみで構築することなど不可能だ。


 実力だけ見るならば頼もしい限りだ。絶望的な状況ではあるが、何せ地上までの道程が安全かどうかはともかく分る様になるのだ。五里霧中のまま闇を彷徨い、アンデッドと成り果てるのが確定しているよりは幾らかマシと言えるだろう。


 むしろ、崩落に巻き込まれた時破壊されたランタンの代わりすら無いコウにとって、まさに救世主とさえいえる同行者だ。


 ……その同行者が《魔女》でなければ、である。


「どうやら出口のないエリアに閉じ込められたわけではないようです」


「そ、そうか」


「不安ですか?」


 じっとこちらを見つめる黒瞳は美しいが、その奥に見通すことが出来ないほどの深淵が、ぽっかりと口を開けているような畏怖を感じさせる。


 不安なのは確かだが、同行者に対しての不安を口にするのは憚られる。特に他に頼れるものがいない状況では。


 一応魔女とその主人は、未帰還者探索の依頼を受けているとのことである。そう、敵ではないのだ。


「ご安心を。幸いにも、脱出ルート上にはそれ程強力な魔物は存在しません」


「それは、その……良かった」


「私以外には、ですが」


 魔女が淡々と付け加えた余計な一言に強張った笑みを返すと、何処か満足げに頷き、機械式の魔術杖を掲げる。


 アングラ地下墓地の深層。未踏査領域からの決死の脱出行が始まるのだ。

 コウは必ず生きて帰ると誓い、魔女の魔導光が照らす通路へ足を踏みだしていった。







 罠は魔女が特定済み。解除はせず作動させないように回避して進む。

 順調に地下墓地を進むが、ついにアンデッドと遭遇。現れた禍々しい人骨を見た瞬間、全身が強張るのを止めることが出来なかった。


 その骨は闇が染みこんだような漆黒に染まり、その眼窩に燃える緑の地獄炎。手に持ったシミターはどす黒い炎が燃え盛り、穢れた気配を放っていた。


 アングラ地下墓地の処刑人、ウィッカーマン。コウのランクでは戦うよりも、帰って寝る事を推奨される位には強力なアンデッドである。


 骨の分際で物理攻撃全てに耐性があり、かつ手に持ったシミターは怨念と地獄の炎で彩られ、ただの切り傷では済まない。


 その骨自身にも接触することで発揮する呪いが刻まれており、触れれば強力な麻痺効果を人類に発現させる。


 そして挙句の果てに神聖魔法に対する強力な耐性を所持し、アンデッドに有効な攻撃をほぼ無効化するという反則的な特徴すらある。


 要するに、人類にとってはウィッカーマン相手の接近戦は死を意味するという事だ。


「前に出ない様に」


 そう言い捨てて一歩前に出る魔女に向かって、ウィッカーマンが地獄炎の眼を向けた。

 黒炎を噴き上げるシミターを構えると、骨だけの体であるにも関わらず疾走。

 対峙する魔女がゆらりと機械仕掛けの杖を振ると、こぶし大程度の火球が軌跡を追う様に次々と出現。

 周囲に展開された火球が、螺旋を描く様に地下墳墓の闇を引き裂いて浮かび上がった。


「目標前方、排除開始」


 言葉を紡いだ唇の端が小さく笑みを作ると、火球が猟犬の如くウィッカーマンに殺到。

 直撃する瞬間、杖が鋭く振られ魔女の呪言が宣言される。


「地よ、喰らい尽くせっ……!」


 火球が爆ぜる。撒き散らされるのは当然炎であるべきだ。しかし発生したのは炎ではなく酸。

 魔女は魔法が物質空間に現象を発生させる瞬間に、本来発揮すべき性質を魔女の呪術によってすり替えたのだ。


 ウィッカーマンは炎には耐性を持っているが、酸には耐性を持っていないようだった。

 呪われた黒炎ごとシミターが溶け崩れる頃には、ウィッカーマンが存在した痕跡はすっかり消えてしまっていた。


「目標は沈黙。進みますよ」


 高位アンデッドをいとも容易く葬った魔女は、淡々と呟くと歩を進めていく。まるで埃を払っただけの様な態度であった。


 強いというのは知っていた。魔女という魔物種としての強さはともかく、この《螺炎の魔女》は《幻鬼》と共に、英雄の領域に踏み込んだ《屠龍剣》が現役であった頃のパーティでもあったのだ。


 遺跡都市アズラエルの冒険者なら、その無数の冒険の足跡を知っていて当然だった。少なくとも現在若手の冒険者に、最強のパーティは何処か聞けば、必ず名が上がるくらいには。


 呪術と魔法を組み合わせる練達の技術と、その生来の残虐さは、相手が何であろうが徹底的な破滅を与えるのだと。


 破壊と破滅をもたらすことに喜悦を感じる精神性。人類と過不足なく交渉や会話が可能であり、かつ単騎で街を焼け野原にできる殲滅力を併せ持つ危険性。


 恐ろしい。恐ろしいが、生き残るには魔女の後を付いていくしかない。

 それもまた現実なのであった。







 一方、普通に崩落を回避した魔神とシャラは、放置していくのも何だかなと思い、アングラ地下墓地未踏査領域に上層から踏み込んでいた。


 普段の《幻鬼》ならば一旦引き返してギルドで探索チームを結成するか、いっそ見なかったことにするパターンなのであるが、自分が罠感知などの技能に優れており、かつ戦力という意味では影の魔神の存在も有るので考えなくていいか。という若干甘い考えであった。


 いつから使われていないのか判らない程古びた扉を潜り、明かりを掲げると一面が真っ白な糸で覆われているエリアに出た。


 げんなりとした表情になったシャラの背越しに、その光景を見た魔神が呟く。


「蜘蛛の巣、かな?」


「ですよねー。どう考えても蜘蛛が出てくるよね」


「私、蜘蛛って苦手なのだけれど」


 などと不安げな顔で一柱と一人が囁き交わしていると、ランタンの明かりに照らされて、やけに広い通路の先でなにか巨大な影が蠢くのが見える。


 既にディスには見えているのか黄金の眼を見開き、シャラの外套の裾を握って遮蔽として利用していた。

 シャラは掴まれていると動けなくて嫌だな。とか思いつつ様子をうかがっていると、タワシをこすり合わせるような音に続き、ギチギチと牙を噛み鳴らす顎音が響く。


 やがて一行の前に、数世紀に渡ってアングラ地下墓地に巣食う忌まわしき主、小屋ほどもある大きさの巨大な蜘蛛が現れた。


「わ……ねぇシャラ、何を食べてここまで大きくなったんだと思う?」


「多分山賊とかじゃない?」


「地下墓地に山賊とかいるの?」


「多分通販で買ったんじゃない?」


 嫌悪の余り適当になった返事をしつつ、二刀のサーベルを抜き放つシャラ。

 魔神とはいえ、苦手なものに近接されるのはお断りのディスの外套の裾から、滲み出る様に闇の翼が広がる。


 ランタンを床に落とし、迎え撃つ構えのシャラへ跳躍攻撃の構えを見せる忌まわしき主。


 床に落とされたランタンの灯りがゆらりと揺れた次の瞬間、通路いっぱいに巨大な蜘蛛の影がのしかかり、しっちゃかめっちゃかの大乱闘が起きた。


 本来こういった長い間合いを持ち、俊敏な機動性を持った上に、巨体でグラップルしてくるような魔物は反撃型の戦術において天敵に近いはずであるが《幻鬼》は優雅にさえ思える程の余裕を保ったまま、踊る様に八本足の死神を翻弄し、手傷を堅実に与えていく。


 魔法の武器ですらないたかが鋼のブレードが、一本一本が丸太の如き蜘蛛の脚で繰り出される大質量攻撃を掻い潜り、蓄積した強大な魔力と外皮に装甲された体表を切り裂き、どす黒い体液を舞い散らせる。


 驚くべきことに時折、脚やら長い間合いを持つ牙を弾き返すことで起こる火花が、激闘の影を照らし出していた。


 明らかに、通常の受け流しなどに代表される戦闘技術を逸脱した現象が起こっている。例え魔法の武器といえど、これ程の大量の魔力が蓄積した巨体の攻撃を、片手武器の斬撃程度が弾けるはずもない。


 忌まわしき主が暴れ回る通路は、みるみる石畳が捲れ、振り下ろされた八本足が辺りを破砕していくため、足場が悪くなるどころか長期戦になれば崩落の危険性も考えなければならない。


 うねる影と火花が彩る戦場を飛び跳ねながら《幻鬼》はいっそ崩落を誘い、下層に叩き落とす事も視野に入れ始めた時、事件は起こった。


 途中シャラが華麗に回避した捕縛糸が影の魔神に直撃し、糸でグルグル巻きにされて怒った魔神の反撃大理不尽パンチが、忌まわしき主の頭を消し飛ばして通路を貫通。何処までも続く側道を作成した。


 極めて魔法的な打撃であるため、指向性を持った破壊力を発揮する右ストレート。本来魔神の力で行われた攻撃は星の息吹に等しい破壊力を持つので、迷宮ごと吹き飛ばなかった辺り、一応手加減はしたのであろう。


 何だか色々台無しにされた気分のシャラは、まぁ魔神だから仕方ないかと無理やり納得する事にした。


 忌まわしき主の巨体が衝撃の余波でひっくり返り、巨大な足をわしわしと動かしながら縮み上がって動かなくなるのを確認し、ランタンを拾う《幻鬼》を涙目のディスが恨めし気に睨んだ。 


「いや、僕は避けただけでしょ?」


「うー……確かに」


 大理不尽パンチが自分に飛んでこない様に正論で返すと、魔神は反論を諦めたのか、体に巻き付いた糸の魔力(存在する力)を奪い塵に帰して解除。


 その様子を見て、最初からその能力で対処すればいいんじゃないかと言いかけ、実行されると自分が最初に死ぬ事に気が付いたので忘れることにした。


 忌まわしき主の死骸の横を抜け、先に進む。影の魔神が死骸を指さし


「ねぇねぇシャラ、蜘蛛ってチョコレートの味がするんだよ」


「だったら、ディスが好きなだけ食べればいいと思うよ」


 パーティの仲も温まり一石二鳥。流石は魔神の知恵である。


 舌戦において普通に敗北する事実に悔しがる影の魔神。《幻鬼》のわざとらしい冷めた視線で、精神ダメージはさらに加速した。


「でも、これ楽しいかも……毎回やっていい?」


「止めて。この場面で変な性癖を開花させるのは止めて」 


 オチ担当の魔女が存在しないため、常にノーブレーキのニトロブースター点火状態。

 此処に魔神とマジキチという、マジモンのツインズが完成したのであった。


 観光気分で迷宮探索を楽しみつつ、思ったよりグイグイ主張してくる影の魔神を横目に、霊銀冒険者は苦笑いを浮かべた。

 蜘蛛の巣の領域を一足飛びに抜け出し、辺りを見回しているディスの後を追いながら呟く。


「種族以外は比較的まともなのが入ったと思ったんだけどな……」


 盗み見る様に、自らの左手に嵌る銀の円環を一瞥し


「君がいなくなって、少し世界は詰まらなくなったと思ったけど。最後まで面白過ぎて死にそうな厄介事残してくれちゃって」


 そっと握りしめた左手に囁く。


「……それでも、少しだけ僕は寂しいよ」




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