クラン・オブ・オール・ダーティ・バスタード
クラン・オブ・オール・ダーティ・バスタードこと、悪党絶対殺す血盟が所有する施設の玄関をくぐり、エントランスに侵入すると正面に存在する“総合案内所”という立札が置かれた窓口が目に飛び込んでくる。
総合案内所の窓口には、ゴスロリ服を着た橙色の眼をした少女が座り、手に持った西洋人形にお話を繰り広げていた。
エントランスの柱の一つには、黒マスクをした隻眼の青年が腕を組み、獲物を物色する捕食者の眼で一行を眺めている。
片腕の無い極東の神官服、巫女服を着た少女は窓際に置かれた椅子でうたた寝をしている様だったが、その傍に立て掛けられた刀から微かに血臭を漂わせている。
瀟洒な建物に正面から喧嘩を売っているかのような怪しい人々のお出迎えに、影の魔神は即座に魔女のローブの影に隠れる事を選択。
「帰ってきたのか……」
黒マスクをした青年が、鬱々とした調子で声を投げかける。
「僕に言わせれば、君達こそ餌はやるから檻に帰れよって感じだけど」
対照的なシャラの軽口がこの歪な魔境にやけによく響いた。どう見ても悪属性の存在しか居ないというのに、騒乱というものとは無縁の安定した場という印象を受ける。
受付の少女が西洋人形を窓口カウンターに置き、ゴスロリ服を僅かに揺らしながら一行に視線を向ける。そのねっとりとした視線がアウラの袖に隠れるディスに止まり、口を開く。
「黙って出て行ったかと思えば、恐ろしいものを連れてきたものだな《幻鬼》……この恐怖の王より深き闇など初めて見たよ」
ディスが夜空の様な黒さだとするのなら、この少女が纏う黒は腐敗の黒さであった。見た目は夜の妖精の様な可愛らしさだが、それ以上に邪悪さがにじみ出ている。
要するに途轍もなく性格が悪そうで、しかもねちっこそうな雰囲気を大放射している受付嬢だという事である。
「まぁ、あれがこの冒険者ギルドの受付嬢のサターニャ……自称“恐怖の王”アレだよ。頭の病気だから大目に見てあげて」
シャラは嫌そうな表情を隠さずに、生ごみを指差す様にさらっと魔神に紹介する。
「この《恐怖の王》サターニャ・ブラックデスの紹介を、“こんなところ”の病人を紹介するが如く行うのはやめて貰おうか」
何故か満足そうな顔で、抗議の声をあげる受付嬢。
魔女は我関せずといった態度を取り続けているため、影の魔神はおずおずとシャラに疑問を口にした。
「でも……サターニャは人類じゃないよね?異世界人?軸が多いから、物質界より高次元」
「あー、ディスがそう言うって事はやっぱり割と本当だったか。でも色々面倒くさそうだし厨二病って事にしておこう」
「おい、この恐怖の王の扱いが雑すぎないか……?とはいえ、確かに面倒くさいのでそうしておいて貰おう」
影の魔神は「あ、納得しちゃうんだ……」といった残念な人を見る視線でサターニャを見つめたが、その手の視線に慣れきっている受付嬢は特に気にしていない様子だった。
独りだけでも胸焼けがする程こゆい、完全無欠邪悪残念ゴスロリ少女が受付嬢。戦闘力が妙に高いのも、不安を後押しする材料にしかならない辺りも流石だった。
これは一般の人間が入ってきたら死ぬかもしれない、と魔神が戦慄する隙に話が進む。
「で、その闇の次元そのものが人型を取ったようなのは何なのだ?」
芝居のかかった大仰な仕草で、何処からか取り出したワイングラスに赤い液体を注ぎながら言った。
魔神の知覚したことが正しければ、注がれた液体は葡萄酒でも血でもなく、葡萄の果汁を絞ったものであった。ポリフェノールたっぷりノンアルコール。受付嬢が酔っ払いながら業務をするわけにはいかないという、真面目な理由なのかもしれない。
「え、私?私は《影の魔神》ディスよ。よろしくねサターニャ」
「っ!?なんと、さらりと自己紹介を行えるとは……」
反射的に自己紹介をする影の魔神に、自己紹介という概念すらあまり存在しないほどの社会不適合者であるサターニャは、その礼儀正しさに背筋を凍らせた。辛うじてグラスを落とす演出は堪えることが出来たものの、その衝撃は動揺を表に出すことを善しとしない自分ルールを破ってしまう程に大きかった。
世紀の引き籠り魔神よりコミュ障であるという、残酷な真実に凍り付くサターニャに、シャラは感心した一瞥すら送っている。
「頭の病気もここまで来るといっそ感動的だね。影の魔神と遭遇した事実より自己紹介に衝撃を受けるとか、人類には予測できない領域だよ」
「まて、私には影の魔神をお持ち帰りしてきたシャラの方が、人類には予測できない領域だと思うのだが?」
「その認識がおかしい事に気が付こうよ。僕じゃない、ディスが僕を使役してるのが正しい。そしてサターニャは人類じゃない」
実にもっともな切り返しをしてきた残念娘。しかし既にその道筋は読まれていたのか、余裕を持った声音で反撃。
その内容に不服を感じた影の魔神が口をはさむ。
「ちょっと待って。私がシャラをパシリにしてるのが事実なら、私は代価を支払う用意がある。願いを言って欲しい」
「ほう、ではこの主従を私のものとして貰おうか。二度と私の支配から逃れさせないという条件も付けてな。これでこの物質界は私のものとなるのだ」
「寝言は寝てから言いなよ電波娘。ちょっと視線をずらしてディスを見てみよう。魔神のお気に入りな物質界をゲットするには、これと戦うって事だよ?」
「ククク……その辺りはシャラが、無敵の夢幻の刃で何とかしてくれたまえ。練りに練った勁をこうアレすれば何とかならないか」
「僕より地力はキミの方が上でしょ。そもそも勁を魔力に変換出来ない上に、刃にしか通せない仕様の僕じゃ“斬る”以外の使い道ねーです」
「勁は魔力を貯蔵するために、練る事が出来るというのが一般的な認識なのだが難儀なことだ。あと三十六次元以上の神性相手に戦うとか、ちょっと恐怖の王でも無理だと思うんだ」
「あれ?じゃあトロール船長の船に乗り込んだのときに使った、衝撃反射は勁を使わないの?」
「影の魔神どのはブレイドサークルの事を言っているのかね?シャラが二刀を抜いているときは、遠隔攻撃なら魔法や物理関係なく反射する。ちなみに近接は物理攻撃のみリバウンドブレイドで反射しつつ自分の斬撃を乗せて叩き込める」
「おい馬鹿やめろ。何勝手に他人の特技をばらしてるのさ」
「反射に関する力は、剣技や魔力、勁の類でもないのなら特殊能力?私が見た感じじゃ、人間が先天的に持てる領域じゃなかったのだけれど?あと、誤魔化さないで願いを言って」
「そっちは、もう話付いてるから」
久しぶりの帰還に話が弾むことは誰しも理解できるが、影の魔神が介入したことで、既に入り口からグダグダの気圧配置。
このまま混沌とした場が続くかと思われた時、混沌の大気を引き裂いて魔女が口を開いた。
「それはちょっと……」
その場に参加していた者の視線が《螺炎の魔女》に集まる。
アウラはどこまでも本気の眼で力説した。
「私という奴隷の存在意義に関わるので、ディスがシャラに自分の使役を迫るのは無しでお願いします」
救いはどこにもなかった。