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愚者の魔神

 ざらついたノイズ交じりの夢が、ゆっくりと鮮明になっていく。魔神になる前の私の夢。


 残骸世界。そう呼ばれる場所の果てに私は辿り着いた。元は遊園地だったのだろうこの場所は、寂寥感と静かな絶望が降り積もっているように見えた。もう飛ぶことも出来ない私は、残骸となってなお回る観覧車の屍の前でへたり込む。 


 振り返ってみても、もうオオノエは居ない。

 いい加減、失う事にも慣れたと思っていたのに。

 いたい、いたいよ。いたいんだ。

 苦しみを紡ぐ心が痛い。痛む胸を抑えると、膝の上にぽとりと涙が落ちた。


 ダメだ。もう抑えられない


 強く閉じた唇の端から嗚咽が漏れる。


「オオノエ……お姉ちゃん――」


 声に出してしまえば、あっという間だった。決壊した涙腺から、ボロボロと涙が落ちる。

 いくら泣いたって、もうあの強くて優しいオオノエは居ないのだ。

 

 実の親に火刑台送りにされた所を救ってもらってから、オオノエと、私と、あの人の三人で沢山の世界を巡って旅をした。


 オオノエは、一生懸命冷静な振りをしてて、表情には上手く出さないけれど、なれると簡単に何を思ってるのかわかる。よく笑って、怒って、泣く人だった。


 普段の冷笑的な言動とは裏腹に、寂しがり屋で、努力家で、最後の最後までディスの手を取って飛んでくれた人だった。


 彼女は死体さえ残らなかった。自分の躰さえ、魂火までも魔力《存在する力》に変えてまで、ディスを守って飛び続けたのだから。 


 私はまた独りになった。

 私だけが、生き残った。

 私の弱さが、私を一人にした。


 私に力があれば、あの人の様な強さがあれば、オオノエは死ななかった。

 きっと今も、私の隣で微笑んでくれていた。

 私が死の恐怖を乗り越える勇気があれば、独りで死ぬことが出来れば、強いオオノエは生き残ることが出来た。


 力が欲しい

 強さが欲しい

 勇気が欲しい


 でも、今更それが何になるのだろう。

 いつからか見えていた影が、そっと寄り添うように今も傍に居た。私の旅の終着点は此処だったのだ。

 冷えた空を茫洋と見上げた私の耳に、何処か懐かしい声が聞こえた。


「妾は其方に逢いたい」


 もう二度と聞くことのできないはずの、あの人の声だった。


「誰も傷付けたくなくて、じっと我慢できる其方に」


「好きな人を独り占めしたい!と思う自分を我慢できる其方に」


「邪魔するものを壊したい!と思う自分を我慢できる其方に」


「いっそ自分を殺したい!と思う自分を我慢できる其方に」


「ああ……あああっ!」


 脳裏に閃くのは黄金の髪。翡翠の眼をした小さな姿は、眼の前の現実。残骸世界の闇を打ち払う程に暖かく、力強かった。冷えた躰の一番深いところから、荒涼とした心の奥底から、何かが溢れてくるのを感じる。


 それでも……!それでも!!


「私に何ができるのっ!!!」


 高まる熱のままに立ち上がり、噛みつく様に叫んだ。


「立ち上がった!其方は立ち上がる事が出来るではないかっ!」


「其方に打ち勝てるのは其方しかいない。自分の心の奴隷になってはならぬ。自分の心の主人となるのじゃ」


 もうあなたは居ない。それなのに

 あなたが残した無数の足跡が。あなたがくれた無私の愛が。

 今でも、この胸に狂い咲いていた。


「生きなきゃ……私は、まだ歩けるから」


 まだ私は死ねない。あの人とオオノエが作った道はまだ続いているから。

 飛ぶことはできなくとも、私はまだ歩くことが出来ると教えてもらったから。 


 災厄の運命を背負った私とオオノエを護る為に、全ての栄光と神威を振り捨てた愚かな人。

 私より子供の様な外見で、態度はすごく偉そう。でも、とてもとても大きな心と強さを持った人。

 あなたの名前は――――――









 水平線に最後の陽光のきらめきが消え、辺りが薄闇に覆われる頃。一行の船は《遺跡都市》アズラエルの港に入港することが出来た。


 《遺跡都市》アズラエルは何処となく《魔法都市》パストルと似た空気を持つ都市だ。しかし決定的な違いも存在している。


 アズラエルは何層ものエリアが縦に重なって作られている街であり、積層都市とでも言うべき姿である。近づくにつれて、その異様な姿が一行の上にのしかかる様であった。


 視界全てを遮るように聳え立つ巨大な街壁から、所々塔の先端のようなものが突き出している。発展する街に飲み込まれた遺跡の成れの果てだろう。無数の窓や街壁に空いた穴からは、炊事の煙や得体の知れない蒸気がもうもうと立ち上り、《遺跡都市》アズラエルの全体像をぼうっと霞ませている。


 壁を内側から突き破って、青々と伸びた樹木や蔓が外壁一面にはびこり、頭上高くに森を形作っている。内部を流れる水路が、街壁の中ほどから滝なってと海に流れ落ちているが、時折街全体が咳き込むかのように鳴動し、その度に水路は得体の知れない排水を吐き出すのだった。


 船員に別れを告げて遺跡都市に入ると、巨大で威圧的なゲートが蒸気を噴出しながらゆっくりと開き、多種多様な民族や職業の旅人達を排出と収容が行われる光景が見える。


 初めて見る遺跡都市の威容に、感慨深げな影の魔神を横目に粛々と諸々の手続きを済ませる一行。


「じゃあ今からギルドの方に行くけど……取り敢えず、この街には二つ冒険者ギルドがあるという事を覚えておいてね」


「二つ?」


「まともな方と、頭がおかしい方って覚えておけば良いよ。ちなみに頭がおかしい方が、僕らが行く方ね」


 眼を瞬かせながら困惑するディスに魔女が補足。


「悪党冒険者専用のギルドと、一般の冒険者が利用するギルドの二つです。心配しなくても、濃ゆいメンバーしか居ませんから」


「濃ゆいって……まぁ臓器摘出が趣味だとか、女になったり男になったりしてどっちも性的に食べる奴とか、自分の体を食べさそうとしてくるシスターとか、体は幼女頭脳はボスとか……ほんと碌でもないのしかいないけど安心して」


 並べられた言葉に安心する要素は一つも無い気がする魔神であったが、この一人と一体を案内人と決めたのは魔神自身である。外套のフードを深くかぶり直し、しっかりと世話役のアウラの手を握った。ひんやりとした魔女の手を強く握ると、確かな温もりを感じ少しだけ安心する。


「これで大丈夫。はぐれない」


 満足げに宣言する魔神に魔女は頷き、主人の合図を促す様にシャラを見る。

 その姿には、既に影の魔神に対する畏怖や忌避感は見られない。

 ちょっと見方を変えれば、仲の良い姉妹に見えない事もないだろう。


「ディスとアウラちゃんも、もうだいぶ慣れたみたいだね」


「……私よりシャラの方が慣れた様に見えますが」


「僕は借りは返す主義だからね」


 謎かけの様なシャラの返答に、クエスチョンマークを浮かべる魔女。

 案外受け入れられて、嬉しそうにしている魔神。

 そういえば出るとき黙って旅に出たけど、言い訳どうしようかと悩む人間。


 それぞれの想いを胸に、奇妙な一行の小さな旅は遂に目的地に到着したのであった。






 頭のおかしい方の冒険者ギルド所在地は、執政区内にギルドが持つ洋館であった。

 見るからに威圧的な影の城や、殺風景なプルートー自警団のアジトとは打って変わって庭付きの瀟洒な屋敷だ。優美な細工の門を抜け、色づいた木の葉が舞い落ちる小道を通って邸内に入る一行。


 思ったより趣味の良い物件に、困惑を隠せない影の魔神が辺りを見回しながら疑問を口にした。


「冒険者ギルドってみんなこういう感じなの?」


「いや、元は地下遺跡群の中にあったし、《遺跡都市》アズラエルの九龍城って別名があってもおかしくない様な感じだったんだけど、僕らのボスがもういやだー!って叫んで飛び出していったら、此処になってた」


「基本的に冒険者は隙間産業ですから。ただ、シャラが所属しているギルドは討伐依頼専門に近いので、ある意味専業ですが。そういえば、以前の場所は遺跡と間違えて入ってくる方もいましたね」


「隙間産業?」


「んー、例えばさ。革細工職人がいるとするでしょ?で、職人の仕事はどこからどこまでなの?っていう話だよ。皮を採集してくるところから始めるわけじゃないでしょ?でも、皮がないと素材が無いよね」


「わかった。つまり職人同士の間。曖昧な領域が全部“冒険者”の仕事になる」


「そー言う事。パストルなんかは曖昧な領域が存在してなくて、貧民街以外は完全に管理されているから冒険者がいらないっていうわけ」


 割と和やかに進む一行。魔女だけが先程の会話に違和感を感じたが、疑問が形になる前にディスが今更な質問を始めた。


「最初の話に戻るけど、ボスっていうのがギルドの責任者なのよね?どういう人なの?」


「人間じゃないよ。魔女だし。これ位のちびっこかな」


 シャラが自分の腰の上あたりに手のひらを掲げる。


「え?それだと……ええ?」


「見た目はまぁぎりぎり十歳くらいに見えなくもないような……ボスが異性として好きだっていう男は、ペド野郎呼ばわりされるだろうという事は保証する」


「……ええと、何と無く理解できた」


 よくよく見てみれば、一行も最年長っぽく見えるのが魔女のアウラである。成人年齢が十五歳であるなら、ディスも子供枠にも入る外見とはいえる。悩む魔神の横で、魔女が淡々とした口調で補足した。


「幼女の外見ですが、それでもクラン・オブ・オール・ダーティ・バスタードのギルドマスターです。魔女としても最古参の一人ですよ。あと、シャラの奴隷は私だけですので」


 最後に要らない謎の主張を挟みつつ、魔女がギルド名を口にした。


「え?悪党冒険者専用ギルド……って」


 疑問符を浮かべつつシャラを見ると、哲学者の様な厳かな表情で頷かれる。


「ひょっとしてそれはギャグで言ってるの?」


 実にもっともな事を口にした魔神。


「悪党絶対殺す血盟、別名は血盟者(けつめいしゃ)。そして正式な場所じゃないと、別名でしか呼ばれない」


 さもありなん。と当の血盟者の一人であるシャラが頷く。


「形見を届ける場所として、すごくどきどきするのだけれど」


「きっとそれは恋だね」


「メルトダウンって何だろうな。もの凄く熱いのかな。その名の通りとろける位甘いのかな。核融合って凄いな、メルトダウンが出来るなんて」


「おいやめろ馬鹿。不穏なポエムやめて」


「シャラの勁も爆発すればいいのに……」


 じゃれ合う魔神と人間を眺めながら、呪詛の様に吐き捨てる魔女。

 今日も一行は平常運転なのであった。

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