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幻鬼

 

 翌日。雲行きが怪しい中、ようやく目的地の《遺跡都市》アズラエル近海に到着という寸前で通常の船ではありえない速度で、一行の船に接近する海賊船を捕捉。


 同時にみるみる崩れてゆく天候。だが逆巻く波を物ともせず、《肝喰い》ズズド海賊船は一行の船に近づいてくる。


 海賊船が帆を持たないガレー船であり、微風時や逆風といった影響を受けずに航行ができる利点があるが、帆船と比べると速度を始め、様々な点で劣るはずである。しかし、一瞥すればそのガレー船が何故、通常の帆船を超える速度で進水できているか理解できるだろう。


「なるほどね……巨人の漕ぎ手か」


 人類で、標準的な筋力を持つ人間の成人男性なら三人がかりで持ち上げれるかどうかの巨大な櫂。それがズズドの船の推進力なのだった。トロールの凄まじい持久力と腕力を使うなら、かなりの速度が見込める。小回りが利き、速く、そして戦闘員は強大。海賊の船としてはかなり厄介な部類に入るだろう。


 それにトロールは怪力だけの怪物ではない。岩よりも固い皮膚、戦闘中ですら四肢の欠損を修復できるレベルの再生力。動きも決して鈍重ではない。火傷を負わせれば再生の魔力は発動しないが、ここは海の上である。更に船同士を接舷しての白兵戦ともなれば、間合いを取って散開し、複数人でかかるという事も難しくなる。


 逆にトロールたちにとってみれば、一撃で多くの人間を巻き込む事も可能であろう。この場において彼らに対抗するには、数ではなく個の力が必要になるのだ。


 杖を軽く持ち上げ魔法の準備に入る魔女の横で、開いた唇を三日月の形とした霊銀冒険者は、二刀のサーベルを抜き放つ。人類を凌駕する戦闘力を持つ魔物すら容易く屠るもの。それが高位冒険者で二つ名を持つものであり、魔女の主従は《そう》なのである。


 では、影の魔神は?


「人間ども!生きて陸に戻れると思うなよ?総員抜刀ッ!接舷戦闘用意!細切れにして、夕飯にしてやるぜぇぇぇぇ!!」


 船同士が接近し、ズズドがそう叫んだ時。既に甲板に魔女の主従の姿はなかった。

 

 残ったのは影の魔神ただ一柱。雷鳴が轟き、稲妻が刹那の間船上を照らした瞬間。浮かび上がる魔神のシルエットが急激に膨れ上がり、両者の船を合わせたよりも巨大な影の竜が立ち上がった。影の竜は巨大なガレー船すら上回る巨体を持って、その突撃を受け止め海上に固定。


 竜のかいなに囚われた巨人船の憐れな漕ぎ手は、朱く輝くシャドウドラゴンの邪眼を直視。その中で幸運な、視線の抵抗に失敗したものを石に変えた。


 生き残ったしまったトロールの漕ぎ手は、シャドウドラゴンが放つ恐怖の波動を浴び、生物としての根源からあふれ出る恐怖に囚われ、動きを封じられた。船内の奴隷の亜人達もまた同じ末路をたどる。確かにトロール達は強力な魔物だが、相対した竜は神話に語られる災厄の竜。ただの大きなトカゲではありえない。


 ただ、彼らがたった二つつだけ幸福なことがある。それはこの影の竜は、今まさに創造された竜だという事実を知らないということ。

 

 そして、標的の船に影の魔神という大敵アークエネミーが存在したという事を、知らないということ。


 とはいえ、影の魔神は今の所はこれ以上の介入を行う気はなかった。彼女が行動したのは船の保護の為であり、相手の船の突進を受け止めるためにシャドウドラゴンを創り出しただけなのだ。

 

 つまるところ、シャラ達が影の魔神を案内する。という契約の範囲内と解釈したためであり(事前に魔女の主従は船の保護についての取決めを確認した)少々サービス精神を出してみたというところ。


「狩るのは私達で、狩られるのは貴方よ。トロール船長」


 美味しくなさそうだから、食べないけどね。

 そう呟いて嗤う魔神の声と同時に、魔女の主従がズズド海賊船の甲板に舞い降りた。

 嵐の風雨に紛れ、飛行の魔術を使った魔女に抱えられて飛んできたのだ。


「来いよ。お前ら全員、微塵切りにしてやるよ」


 吹き荒れる風雨の中、大型のガレー船とはいえ、海水と雨で濡れそぼり激しく揺れる甲板の上で。

 その影の構えは止水の如く揺らがない。


 船上からは船の衝突を影のような何かが受け止めたとしかわからない。ズズド海賊団は状況確認よりも、単純に目の前の脅威を排除することを選択。


 即座に咆哮を上げ襲い掛かかったトロールの、丸太のような棍棒を振り下ろす。金属製の武器で無いのは、彼らが装備できるサイズの武器を手に入れることが難しいからであろう。しかしそれが何だというのか。トロールが振るうサイズの鈍器であるなら、盾で防ごうが鎧で耐えようが無意味。剣で受けるなど論外である。


 だが、その論外を行い。条理を超えていく者が稀に存在する。


 シャラはその破城槌にも等しい一撃を、左のサーベルで受ける様に掲げる。棍棒が剣先に触れた瞬間、打点を起点にコマのように回転、跳ね上がった右のサーベルがトロールの胴を両断していた。

 切り払った範囲は明らかにサーベルの長さを超えており、たかが鋼鉄製の剣にしては切れすぎていた。魔法の武器だとしても異様な斬撃。まるで岩よりも固いトロールの皮膚が、なんら刃に抵抗を与えないようですらあった。


 断面から青黒い泡が吹き出し、再生を始めるトロールの頭を両断しつつ、ズズドに向かって歩き出す。進む剣鬼を追う様に、我に返ったトロール達が攻撃を繰り出す。 攻撃を行った愚鈍なトロール達の首が、驚いた表情のまま落ちるのを見る事もなく、踊るように円を描きながら左のサーベルを納刀。一刀流へとスイッチしつつ、速度を増した死の舞踏を演じていく。


 首を失った巨人たちの体が一歩、二歩と足を踏み出すと、ようやく首を失った事に気付いたのか、どさりどさりと人食い巨人の胴が折り重なるように倒れていった。


 その光景を見ていたズズドの副官、ドーラ・ドーラが震える声で呟いた。


「変則片手の一刀流?ま、まさか、悪鬼都市の《幻鬼》……!?」


 吹き荒れる風雨と跳ねる波しぶきが甲板を洗うも、ひどく生臭くなった甲板で、再生を始めたトロール達の四肢がもがいている。


 地獄のような光景の中、いまだ健在な人食い巨人達を見やり、舌なめずりをする人間は、再生を始めるトロールの四肢から冷静に距離を取っている。トロールのような強靭な生命力を持つ魔物の四肢は、それ単体でも人類を拘束できる事もある。自然と死角の四肢から距離を取れるのは、四肢がバラバラでも戦闘が継続できる相手との戦闘経験が豊富な証拠だ。


「案外アウラちゃんの事は知ってても、僕の事は知られてないんだよねぇ」


 シャラがズズドの元まで抜けたのを確認し、魔女が手を虚空に伸ばす。


「……この雨を、使いますか」


 呟けば、ポーチから触媒が飛び出し、宙を滑り虚空に伸ばした手のひらに収まる。握りつぶし、呪文を唱えると海賊たちに降り注ぐ雨が、どす黒く強い粘性を持つ液体に変化。


 降り注ぐ死の宣告は魔女の精密な制御を受け、指定範囲内にのみ着弾。流れる様に振られた杖から、焦熱の魔法が照射。点火された水の中でも燃える粘性ナパームが、あたりを赤々と照らし出す。捕まっているはずの亜人の奴隷たちを助けようだとか、船を手に入れようだとか、そういった事を一切放棄することを主張する、無慈悲な火が犠牲者達を喰らう。


 一斉に沸き起こる阿鼻叫喚。


 風雨と炎熱に彩られ、肉片と悲鳴が満ち、船の下層からは怯懦の啜り泣きが響き、風と波のうねる轟音が、全てを打ち砕いて呑み干す。死地であった。まさしくここは地獄に等しい場所であり、悪鬼が住まう足る戦場であった。此処で死ぬのは悪人でも善人でもない。力なきものが死ぬのだ。


 そして


 死が全てを等しく繋ぐ舞台の上で、二人の鬼が向かい合っていた。

 魔神の加護か魔女の呪いか、燃え上がる海の舞台で《幻鬼》と《肝喰い》。悪鬼の軌跡が交わる事となった。


「もはや人間風情とは言わねぇ」


 ズズドは自らの敗北を認めていた。此処で《幻鬼》を倒したところで、魔女が放った劫火で死ぬか、溺れ死ぬかのどちらかである。死を目の前にして、なお闘争本能が燃え盛るのを感じると、先程まで感じていた苛立ちや恐怖が消えていくのが分かった。


「ズズド海賊団は終わりだ。だがよ、そんなことはどうでもいい」


 ズズドは神を信じない。それでも、今は自分にこの舞台に立たせた、いるかも知れない何者かに感謝すら捧げていた。全ての財貨と自らの未来すら燃え落ちた時、全てのくびきから解き放たれた、戦うために生まれた魔物。ひどく自由な、ただのズズドだけが其処にいた。


「ぶっつぶしてやるよおォォォォォー!!」


 咆哮するウォートロールを眺めながら、シャラは笑みを深くして囁いた。


「そろそろ死ぬかい?」


 付き付けたサーベルの先から、ぽとりと滴が落ちた瞬間。

 ズズドの首は落ちていた。


 斬る。と思う間もなく残忍な刃が走り、其処に敵は活ける。

 夢よりも早く、向かい合ったときに既に戦いは終わっていたのだった。


 影の魔神だけが正しく理解していた。


 生き物は誰しも魔力を持つ。魔力とは存在する力そのもの。総量は種によって限界がある。

 魔法として放出するのではなく、練り上げる事で勁とし、より純粋に存在する力に指向性を持たせることができる。剣が勁を帯びれば、それは刃の意味を強化する。要はより斬れる、ということ。


 勁を練り上げる手段は鍛錬のみ。しかしそれは誰しも可能なことではない。

 先天的な才能を前提とした上で、理論上は可能。その程度の事なのだ。


 この人間は、影の魔神が覗き見たあの夢の日以来、千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練としてきたのだろう。空恐ろしい程の執念であった。妄執と言ってさえ差支えないほどの。魔神ですら此処まで練り上げた勁を見たのは、ディスがオオノエと旅をしていた頃以来であった。


 ぱちぱちぱち


 燃え上がるガレー船が、松明のように嵐の海を照らす。

 地獄そのものの戦場に向かって、影の魔神は賞賛の拍手を贈った。


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