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93話 長老会サイド vs ヴェロニカサイド(2)

2015/5/9 メロウの魔法の説明をより分かりやすく修正。



 ****



 魔脈の浅部、しかし光の届かない奥まった所。

 暗闇に閉ざされているべきそこは今、人工の光に満ちていた。

 百に及ぶモニターの前に佇む赤いポニーテールの妙齢の女性。

 ヴェロニカは、包囲網の突破を試みるより先に、佐々倉啓の姿を探していた。

 彼に会うつもりはなかったが、モニターを通して先に見つけておかねば彼の存在は認識できない。不確定要素は潰しておきたいと考えていた。


 しかし、佐々倉啓の位置はモニターを使うまでもなく判明した。

 数キロ圏内に縮小した魔力感知によって、佐々倉啓の魔力を捕捉できたのだ。

 彼は転移を繰り返し、クレーターの底に向かっていた。


 ヴェロニカは疑問に思う。

 【存在希薄】が発動していない?

 いや、あれは任意に切れるもんじゃない。常時発動型だ。だとすればあの佐々倉啓は影武者か?

 いや、影武者を送り込むことに意味はない。佐々倉啓の真髄は、神にはない人間性と、非凡な空間魔法の才とその発想。影武者にそれはこなせない。

 となると肉体だけ作り物で、魔力と意識は本人のもの。体が偽者だから【存在希薄】が発動しなかった、ってところかね。

 そしてこの魔法はメロウの仕業か。

 

 推測の域を出ないまでも、核心に至るヴェロニカ。

 経験からくる勘のなせる業である。


 ヴェロニカは腰に手をやり、状況の考察を進める。


 ここを包囲する長老会の人員は五人。

 メロウ、フユセリ、イータ、コハロニ、ヒュピ。

 ロニーがいないのは、アタシの味方についたから。ということは、ロニーはアタシの意思を汲み取って補助に回るだろうね。

 まあ味方が増えたからといって、長老会を一度に相手取るわけにもいかないけど。数で劣勢だし、ロニーが傍にいるとアタシは全力で戦えないしね。つまり各個撃破の方針を変える必要はない。

 長老会の面々は、このルエの魔脈……今はもうアタシの魔脈だけど……ここから三キロメートル離れた上空にそれぞれ位置している。

 陣形は、ここを中心とした五角形。解放された魔力は五角形を等分するように分かれている。

 互いの距離は二キロメートルもない。応援に駆けつけるには容易い距離。

 メロウの結界から出られれば、アタシの世界に逃げ込めるが、メロウの結界は包囲網のさらに数キロ先まで続いている。

 包囲網の突破は必須条件。

 最大火力の《不壊の全否定》は使えない。詠唱に時間が掛かり過ぎるし、この距離だとヒュピを巻き込みかねない。

 狙うべきは、フユセリかコハロニ。あそこなら早期突破の目がある。

 でも、向こうもそれは分かっているはず。メロウあたりが魔法で罠を張っている可能性が高い。

 とはいえ罠ごと壊せばいいだけの話。あとはもう突破に行くしかないんだけど……。

 

 ヴェロニカは困ったように頬をかく。


 なぜ向こうは待っている?

 アタシの位置なんて魔力感知で探せばすぐに見つかる。

 佐々倉啓には無理かもしれないが、長老会の面々なら造作もない。

 アタシを殺したければ、とっくに攻撃しているはず。

 それがないのはなぜ?

 これではまるで、アタシが出てくるのを待って、話しかけようとしているみたいじゃないか。


 ヴェロニカは鋭かった。

 みたい、ではなくまさにその通りだった。

 しかし話の内容に少しも心当たりがない。

 まさかヒュピが自力で眠りから覚めることができず、こちらから会いに行くことを佐々倉啓が提案しようとしているなんて思いもしない。

 

「まあいいさね。邪魔をするなら壊すだけだ」


 破壊しか能がないことに苦笑を漏らした後、魔脈の洞窟に入った佐々倉啓を放置して、ヴェロニカは一人静かに飛び立った。





 巨大なクレーターの上空。

 風が、まるでクレーターに吸い込まれるかのように吹き下ろしている。

 

 空には雲ひとつない。

 薄い青から黄色へと、段々に染まっている。

 もう間もなく、日が落ちようとしていた。


 クレーターの底から、とてもとても小さな赤が、高速で飛来していた。

 その向かう先には、白い人型ドラゴン。


 ヴェロニカの方針は突破のみ。

 単純であるがゆえにその行動は速かった。


 ヴェロニカは目にも止まらぬ速度でコハロニに急接近した。

 互いの魔力が反発しながらせめぎ合う。

 相手の顔が視認できるところまで迫った。

 その瞬間、ヴェロニカの周囲から無数の概念波が放たれた。

 百を超える概念波が怒涛の勢いでコハロニに襲い掛かる。


 ここまではヴェロニカの予想通り。

 そしてメロウの予想通りでもあった。


 メロウが対策を取っていないわけもない。

 もちろんそれをヴェロニカは予期していた。

 だが、その内容までも知りえたわけではない。

 ゆえに、それは予想外だった。


 概念波が全て、コハロニの十メートル手前のところで消失したのだ。


 その正体は、メロウお手製の固有魔法《魔力の壁》。

 魔力に物理特性を与えるというもの。

 その魔法により、ミルフィーユで包むがごとく、コハロニの周囲に幾千もの層を形成していた。

 ヴェロニカの概念波はいたずらに消失したのではなく、《魔力の壁》を壊したために消えていたのだ。


 《魔力の壁》は、込められた魔力量によってその強度を決定する。

 今回込められた魔力量はごく僅か。一枚一枚の強度は紙にも劣る。

 しかし、ヴェロニカの概念波は物理障壁一つにつき一回消費される。すなわち、《魔力の壁》の強度に関わらず、一層を壊すために概念波が一回消費されるのだ。

 とはいえ《魔力の壁》が有限であるために、ジリ貧の防衛手段ではある。

 だがメロウの仕込んだ幾千の《魔力の壁》により、十秒にも満たないごく短い間だけ、コハロニは概念波の脅威から守られていた。

 ただしいくら幾千と重なっていたところで、元々が紙にも劣る強度であるため、ヴェロニカがメイスで殴れば一発で吹き飛ぶ壁ではあったが。

 

 そのことをヴェロニカが知る由もない。

 《魔力の壁》はあくまでも魔力であるため、視覚には映らず、魔力感知にも魔力としてしか映らない。

 つまりそこに壁があることを認識できないのだ。


 ヴェロニカは何もないところで概念波が防がれるという不可解な現象に思考停止に陥った。

 が、飛行を止めることはしなかった。

 コハロニを倒す必要はない。逃走できればヴェロニカの勝ちなのである。

 ヴェロニカは継続して概念波を撒き散らしながら、コハロニから離れたところを通過しようとした。


 そのときを見計らうようにして。

 陣営五角形の向かいにおいて魔力感知で状況を把握していたメロウは、短く言葉を発した。  


「《一》」


 ――《同時発動》。

 ――《記述の発動》。

 ――《魔力の糸》。

 ヴェロニカの周囲においてコハロニの魔力が糸状の物理特性を帯びた。


 突如として張り巡らされた、鉄線と同強度の万を超す糸の罠。

 そこへ高速で飛び込んだヴェロニカの実体は、ばらばらにちぎれとんだ。


「!?」


 幸いにも本体は魔力体であるので、実体がどうなろうと支障はないのだが、魔力の糸はしかし魔力体にとっても厄介だった。

 物理特性を得た魔力の糸。物理と魔力は干渉しない。すなわち、物理特性を得た魔力の糸を、ヴェロニカの魔力は押しのけることができなかったのだ。

 その結果、ヴェロニカの魔力空間と魔力体は、魔力の糸という不可視の抵抗を受けてしまい、その分の少なくない魔力を霧散させてしまったのである。 


 メロウが使った魔法、それはメロウ固有の魔法である《同時発動》《記述の発動》《魔力の糸》。

 そして補助として《詠唱語句の変更》《魔法の記述》であった。


 仕掛けは以下のように行われていた。

 まずは《魔力の糸》。これは読んで字のごとく《魔力の壁》の糸バージョンであり、魔力に糸状に物理特性を付与するというもの。メロウはこの《魔力の糸》に千の魔力を込めており、鉄線並みの強度を持たせていた。

 これをコハロニの周囲に張り巡らすこと、万を超える。

 しかし予め張り巡らせておくと、ヴェロニカに感付かれる可能性がある。《魔力の壁》は感付かれても問題なかったが、《魔力の糸》はまずかった。大きく迂回されたら終わりだからである。加えて消費魔力が千万を超えるため、長老会全員(・・・・・)のもとに予め張り巡らせておくのは効率が悪かった。

 そこで《魔力の糸》という魔法を長老会全員の魔力(・・)記述(・・)し、それを任意のタイミングで発動できるように仕込んでおいた。そのときに使用される魔法が《魔法の記述》と《記述の発動》である。

 《魔法の記述》は、任意の魔法を任意の物に記述する魔法。《記述の発動》は、記述した魔法を発動する魔法だ。《記述の発動》と唱えれば、仕込んでおいた魔法……この場合は《魔力の糸》が発動する。

 しかし発動するのは一本の《魔力の糸》のみである。魔法は一つの詠唱につき一つまでしか発動できない。

 そのために用意された魔法が《同時発動》である。これは予め設定しておいた複数の魔法を一度に発動できるというもの。すなわち《同時発動》と唱えれば、万を超す《魔力の糸》が発動するわけである。

 しかし《同時発動》という詠唱は口にするのに時間がかかる。タイミングを見定めたいメロウにとって、漢字四文字を言葉にするのはじれったいものがあった。

 そこで使用された魔法が《詠唱語句の変更》である。これにより《同時発動》の詠唱を《一》に変更したのだ。

 

 以上の過程をへて、メロウが《一》と発した途端に、万を超す《魔力の糸》がコハロニの周囲に張り巡らされたのである。ちなみに《二》であればフユセリ、《三》はイータ、《四》はヒュピ、そして《零》がメロウであった。


 これらの《魔力の糸》を「破壊」の概念武装をしたヴェロニカが素手で引きちぎることは可能だ。しかし目に見えないそれらを的確に一瞬で取り払うことは不可能。概念波で蹴散らすにしても数が数だけに数十秒はかかってしまう。まさに足止めのための魔法であった。


 なお、ここで消費された魔力は全てコハロニのものであり、予告なく合計千万の魔力をごっそりと失った彼女は、「はぁ!? なんですのこの馬鹿げた消費量は!? メロウは馬鹿ですの!? 何考えてますの!? もうほとんど魔力が残ってないですわよ!?」と叫んでいた。コハロニの魔力量を見極めてぎりぎりの量を選択したことは、メロウ以外に知る者はいない。

  

 メロウの作戦にまんまと嵌まったヴェロニカ。

 ばらばらにされた実体を解除して修復すると、二本のメイスを両手に握った。

 その間も概念波を飛ばし続け、周囲の魔力の糸を破壊している。


 ヴェロニカは焦りを覚えながらも、身構えた。

 ここまで見事に足止めされてしまったのだ。一撃必殺とまではいかなくとも、大技が飛んでくると考えるのは自然なことだった。


 しかし、それはこなかった。


「あ」


 コハロニの間抜けな声とともに、コハロニの魔力体が消失。

 それにともなって、今や半径百メートル程度まで縮小してしまったコハロニの魔力空間も掻き消えた。

 

 代わりに、そこには佐々倉啓が立っていた。毎度お馴染みとなった《固定》の足場に着地の姿勢をとっている。


 ここまでがメロウの計算だった。

 魔力の糸の檻によるヴェロニカの足止め、および無力化。

 魔力をほとんど使い果たした術者の《転送》。

 そして佐々倉啓の《転移》。

 なお、《転送》と《転移》は佐々倉啓の空間魔法であり、そのための彼の魔力は、メロウが《偽装》という魔法によってコハロニの魔力に紛れ込ませていたのだった。


「ヴェロニカさん!」


 佐々倉啓の声がヴェロニカに届く。

 長老会の面々は、各自の持ち場を離れていない。転送で飛ばされたコハロニが見当たらないのは疑問ではあるが、もう魔力のほとんど残っていない彼女をそこまで気に留める必要もない。

 佐々倉啓が単独で現れたということは、これは戦闘ではない。対話を求められている。

 そこまで読み切ったヴェロニカは、佐々倉啓が出現すると同時に概念波の嵐を止めていた。


「いったいどうしたんだい? まさか、戦わずにアタシを止められるだなんて思っているんじゃないだろうね?」

「思ってますよ、ヴェロニカさん。僕の話を聞いたら、絶対にあなたは止まります。だって戦う理由がなくなるんですから」


 彼我の距離は三十メートルほど。

 身体強化されたヴェロニカの石榴(ざくろ)色の双眸が、佐々倉啓の本気でそう信じている表情を認めたとき。

 期待のためか、ヴェロニカの口角が無意識につり上がった。



メロウが魔法の神をやってます。

わー、珍しい。

え? これまで見せ場を作れなかった私の力量不足?

……さて、ついに佐々倉啓とヴェロニカが対面しました。うまく話が運ぶのでしょうか? そしてロニーの出番は? 次回以降もよろしくお願いいたします。

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