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88話 ヒュピのもとへ(2)



 転移すると、浮遊感に襲われた。

 咄嗟に《固定》で空気の足場を作り、僕とニィは着地する。フマは七色の羽で浮かんでいる。


 足元は草原だった。

 地面までは、草に隠れて正確なことはわからないけど身長ほどだろうか。青々と茂っている。落ちなくてよかった。

 草の絨毯……というよりプールのような深さだけど、風に揺れるさざ波を目で追っていくと、前方に村がある。

 後ろを振り返ると、清々しいほどに緑の地平線が広がっている。

 ヒュピちゃんの神世界で見た草原と違い、こちらは伸び放題だけど、既視感を覚えた。


 村の中にマーカーを送り、転移する。

 見渡すだけで全体が見える。小さな村だ。最初に訪れたアイル村より小さいし、家屋も数えられるくらいしかない。

 そして人気がない。物音一つなく、聞こえるのは僕たちが土を踏みしめる音のみ。畑には何も植わっておらず、生活感がない。

 誰もいないように見えて、だけど村を囲う柵の内側はなぜか整備されているかのように雑草や破損がない。

 まるでこの村の中だけ異世界であるかのような不自然さだった。

 

 魔力感知に集中する。

 僕たちを除いて、反応は一つだけ。


「あの家だね」


 大きくもなく、小さくもない、一階建ての家を指差す。

 魔力の大きさは人間レベルに思えるけど、集中するととんでもない量を隠しているのが分かる。 


 僕たちは近づいていく。ジャリ、ジャリ、と足音のみが響く。


 扉に着くと、一応ノックする。ん? 【存在希薄】発動中って僕がノックしても気付いてもらえないんだっけ?

 忘れたので、ニィにもノックしてもらう。だけど、うんともすんとも言わない。すんと言う人はいないけど。

 

 ニィとフマは僕に任せるつもりのようで、黙っている。僕は一度頷いて見せ、それから扉を開く。……鍵は掛かっていない。

 いつでも《加速空間》を使えるように身構えつつ、慎重に中へと足を踏み入れる。


 食卓と暖炉と……それから大きな箱? 中に藁が敷き詰められている。

 それ以外何もない奇妙なレイアウトだ。収納スペースも、キッチンも、棚も、その他あらゆる生活品が見当たらない。

 

 藁が敷き詰められた箱には、誰かが寝ている。ということは、ベッドなのだろう。


 寝ていたのは、ヒュピちゃんだった。

 ちょっとだけ肩の力が抜ける。


 光を溶かし込むような桃色のふわふわな髪が、藁の上に広がっている。

 その横顔は、とても幼く、保護者なしでこんなところで一人眠っていていいようには思えない。

 大人二人が入れるほどのベッドの中で、頼りない小さな体を丸めて、まるで誰かの帰りを待っているかのようにヒュピちゃんはすやすやと眠っていた。


「ヒュピちゃん」


 声を掛けながら、ベッドの上に乗り出してヒュピちゃんの体を揺する。藁の上でヒュピちゃんの体はたゆたうように揺れるけど、ヒュピちゃんは規則的な寝息を返すだけだ。

 僕はすぐに揺するのをやめる。


「やっぱり起きないよね」

「そりゃそうさ。で、ここからがケイの仕事だな」


 ニィとフマはベッドから一歩下がって見守っている。

 僕は目を閉じ、魔力感知に意識を向ける。

 空間の綻びはないか、向こう側の魔力が感じられないか。

 ベッドの周辺、家の中、村全体、周囲の草原、それから再びベッドの周辺をくまなく探る。

 ……一分ほど掛けた後、目を開ける。


「まいったね、入り口が見当たらない」

「ねぇケーィ、思ったんだけど、意識体だけ神世界に行くときって、入り口はどこにできるのかしら?」

「え……」


 そういえばその可能性を考えていなかった。

 てっきり術者の傍にあるのかと思っていたけど……。


「そうだね……可能性その一、意識体だけ移動する場合、入り口が体の中にできる。可能性その二、入り口はヒュピちゃんの魔脈とか、遠いどこかにあって、そこから体だけ移動してきた。考えられるのはこんなところかな」

「そうね……その一に関しては確認できない。その二に関しては、入り口がどこにあるのか分からない。ケーィ、どうするの?」


 魔王モードまではいかないけど、それに近い真剣モードで尋ねてくるニィ。美少女の引き締まった顔。そんな表情も可愛いけど、今はおいといて。


「入り口がなくても神世界を感じられれば、やりようはあるんだけど、神世界も感じられないからそれもできない。だから、寝る」

「……え?」「……は?」


 間をおいて、理解できなかったニィとフマが呆ける。

 意図してのことじゃないけど、なんだか悪戯が成功したみたいでちょっと楽しい。いや、すぐに説明するけども。


「あー、もちろん寝て考えるってことじゃないよ。僕が以前ヒュピちゃんの神世界に行ったときは意識体だったんだ。だったら、意識体であれば行けるんじゃないかと思ってね」


 理解したらしいニィが聞いてくる。


「つまり前と同じ状況を作るってことね? でもそううまくいくの? 前は偶然だったんでしょ?」

「正直なところ成功する保証はないね。あくまでこれは最終手段。できれば入り口なり神世界なりを見つけられれば良かったんだけど……」

「なるほど、ケイの言いたいことは分かったさ。まぁ、可能性があるならやる価値はあると思うさ。それで、どこで寝るんだ?」

「それは……」


 僕は家の中を見回す。

 ベッドは一つしかなく、だからといって土足の床で寝るのは遠慮したい。


「他の家は……」

「オレは、ヒュピの近くがいいんじゃないかと思うが……」


 フマがニィのほうをちらちらと盗み見ながら言う。

 僕もフマと同じ気持ちだ。他の家のベッドで寝ると、ヒュピちゃんから離れてしまう。でも、離れるのはよくない気がする。そうなるとヒュピちゃんのベッドで一緒に寝るほかない。それをニィは快くは思わないんじゃないか。

 あとはニィがどう思うかだけど、ニィのことだから辛そうに許可しそうで怖い。


 と思っていると。


「ヒュピのベッドは広いから大丈夫」


 あけらかんとニィはそうのたまった。

 悩む素振りもなく、むしろどこか弾んだ声で。


 僕とフマは顔を見合わせる。


「……えっと、じゃあお邪魔して」 


 僕はベッドに入り込み、藁の中に体を沈める。……おお、思ったより悪くない。

 シャリシャリだけど、ふかふかで、藁の香りがどことなく安心感を、え、あれ? ニィ?


 僕が藁ベッドに感心していると、ニィまでもが入ろうと覆いかぶさってくる。

 僕は慌ててヒュピちゃんのほうに移動し、ヒュピちゃんの体を反対側に少し移動させる。体が小さく、藁の上なのでスムーズに済む。

 

「え、ニィも寝るの?」

「え、駄目なの?」 


 不思議そうに首を傾げるニィ。いや駄目じゃないけど、というか最初から一緒に寝る気だったことに驚くよ。確かに駄目じゃないけど。

 それにしてもニィの髪もふわふわだ。ヒュピちゃんの髪に負けず劣らず……って無意識に髪をすいてた!? 隣にニィが寝ているといつものクセでつい……。


「あー、オマエたちは相変わらずだな」


 フマが上で浮いたまま呆れたように嘆息する。

 僕は決まりが悪くなって視線を逸らす。

 ヒュピちゃんの顔が近くにある。相変わらずすやすやと眠っている。その寝顔はつらそうではなく、だからといって幸せそうでもなく、生きるために寝るようで、どこか一生懸命さを感じさせられる。

 ほっぺがぷにぷにして触り心地が良さそうだけど、つつく気分になれない。頭を優しく撫で、安らかな眠りを願わずにはいられない。


 君の過去に何があったか知らない。君にそれを話すことを強要するつもりもない。だけど、君の力になれないか、話をすることは許してほしい。


 ヴェロニカさんを止めることとか、シア様と再会することとか、そういう目的を抜きにして、僕はヒュピちゃんを助けたいと思うのだった。


「おやすみ、ヒュピちゃん」


 そっと頭を撫でた後、ニィにも同じく挨拶して、そっと目を閉じる。

 外はまだ明るいけど、今日も色々と活動した。

 午前から午後にかけて、ノエルさんとカナさんの家で過ごして、それからカリオストロを出て、メロウさんの神世界に行った後、今度はシア様の魔脈に行って、ヴェロニカさんと戦った。

 そういえばもう夕方になっていておかしくないけど、ここに来たときは空が青かった。

 もしかしてここって神世界? それとも単純にすごく遠くて時差がある? まあそんなことはどうでもいいか……。


 疲れていたのだろう、考え事をしていたら、藁に体が溶けるようにしてあっという間に意識が落ちていった。


 

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