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87話 ヒュピのもとへ

分量少なめです。



 どれほどの時間が経過したのか。

 メロウさんの神世界。

 応接室を模した部屋で、僕たちはソファに座っている。

 メロウさんは目を閉じたまま微動だにしない。長老会の呼びかけに難航しているのだと思う。


 かれこれ一時間は経ったんじゃないだろうか。

 長老会の優先度が高いのは理解しているけど、早く別行動がしたい。

 うまくいけば、これで丸く収まるはずなんだ。


 逸る気持ちを抑えつけ、計画を何度も見直す。

 眠るヒュピちゃんに会うこと。

 そして、彼女の神世界にお邪魔して、説得すること。

 おそらくこれまで誰もヒュピちゃんの野花広がる神世界に入れなかったんじゃないかと思う。

 一応メロウさんに後で確認するつもりではある。

 ただもし誰かが説得に行った前例があったとしても、僕が行くことは無駄じゃない。

 僕は人間の立場で話ができる。神世界に閉じこもった原因が昔の神様にあるのなら、僕が話すことで解決の糸口が見つかるかもしれない。


 要するに、ヒュピちゃんと会って話をする。それだけだ。

 課題はある。ヒュピちゃんの神世界に入れるのか、ヒュピちゃんとどんな話をするのか。でもそれを考えても仕方がない。

 神世界に入れるかはやってみないと分からないし、ヒュピちゃんに対する説得は彼女がなぜ眠りから覚めないのかを知らないことには見当がつかない。

 僕はカウンセラーじゃないんだから、大した選択肢なんて浮かばない。臨機応変に対処するしかない。


 これ以外に浮かぶ方法は、ヴェロニカさんを拘束することだけど、どうやって? という点をメロウさんと相談しないといけない。

 あとは、メロウさん方針の、殺すこと。

 これだけは避けないといけない。


 ここまでを確認するのに十分。

 メロウさんにまだ動きはない。


 さっき疑問に思った、実体化の複数同時発動についてフマに尋ねもした。

 できると断言され、四回練習したら、《固定》の同時発動に成功した。

 《多重固定》はいらなかったみたいだ。

 ただし、詠唱を必要とする魔法の形式であれば、同時発動はできないようなので《多重固定》が使える。《多重固定》は全くのいらない子ってわけでもない。

 という確認も十分ちょっとで終わった。


 僕の計画をニィとフマに話しもした。

 

「どうやって神世界に行くつもりさ?」

「多分だけど、ヒュピちゃんの周りに空間のほころびがあると思うんだ。それが見つかったら転移できる」

「……相変わらず訳分からない能力だな」

「まぁ、実感の湧きにくい概念だからね」

「なんでケイが空間に特化しているのか不思議だけどな」

「それは……前世と関係してそうだけど、今は知りようがないし」

「ま、使えるってことが重要だから、理由なんてどうでもいいさ」


「え? ヒュピに会ったことがあるの? いつ?」

「ケイニーと戦った後だよ。気を失って、その間に。確か意識体で行ったんだったかな」

「夢じゃ……」

「うん、ないと思う。あのとき知らなかったヒュピって名前を知ったし、閉じこもっているっていう状況とも一致するしね」

「変な約束(お願いの安請け合い)はしてない?」

「え? ……い、いやっ、ニィが心配するような変な約束(浮気)なんてするわけないって!」

「本当に? ……怪しい」

「さすがにヒュピちゃんは守備範囲外だって!」

「……? 何の話?」

「え?」


 そんなこんなで一部勘違いも挟みつつ、色々話をして三十分ほど。

 メロウさんはまだ目を開けない。

 まさか寝てないよね。


 あぁ、声を掛けたい。

 でも《交信(コネクト)》の最中に邪魔をするのも悪い。

 だけど待たせすぎじゃないかな。

 声を掛けるくらいならいいんじゃない?


 などと葛藤していると。


「おーい、メロウ。いつまで待たせるつもりさ?」


 メロウさんの眼前まで飛んでいったフマが、空中で仁王立ちして声を掛けた。

 絶妙だねフマ。


「……どうもすみません。招集の呼びかけは済んだのですが、交渉が滞っていまして。二時間後に集まることにはなったのですが……全く、悠長な話ですよ。今すぐでなければ後手に回るでしょうに。

 二時間もあれば、ヴェロニカさんは誰かを襲撃できます。そのこともお伝えしたのですが、イータさん、コハロニさん、ルエさんは応じてくれません。ロニーさんはどこにいるか分かりませんし、いやはや」


 メロウさんはにこにこしたまま肩を竦めてみせる。

 

「とりあえず、二時間後に集まることは約束できました。それまでは時間があります。ケイさんの話に移りましょうか」


 僕はメロウさんに計画を話した。

 神世界に入り、ヒュピちゃんと対話すること。

 それから、いくつか質問をする。

 

「他の神様はヒュピちゃんの神世界に入ったことはありますか?」

「いえ、ないでしょうね。ヒュピさんは誰かを招くことはありませんでしたし、無断で入れるような空間ではありませんから」


「この方法、メロウさんはどう思いますか?」

「……面白いですね。眠り姫に会うために夢の中に参上するという発想……が新しいかはともかく、その手段があるというのは面白い。それと、以前ヒュピさんの神世界に入ったことがあるというのも……。ちなみにそのときはどうやって入ったんですか?」

「気がついたらそこに居ました。偶然みたいでしたけど」

「空間特化のケイさんだからこそなんでしょうか。予想でしかありませんが。……なんにせよ、実行する価値はあります。ヒュピさんのもとには私が送り届けましょう」

「ありがとうございます。それで、その……僕のほうの結果が出るまでは、ヴェロニカさんに手を出すのは待っていただけませんか?」

「ふむ……その方法なら……分かりました。足止めでよければ可能です」

「え!? ホントですか!?」

「一日あれば足りますか?」

「え? あ、はい。一日あれば……説得が成功するかはともかく、結果は分かると思います」

「いいでしょう。長老会でそのように提案しましょう」


 メロウさんは楽しそうに笑った。

 普段の胡散臭いものではなく、悪戯のようなそれだった。


 話を終えると、ヒュピちゃんのところに送ってもらう。

 メロウさんの神世界から、ヒュピちゃんの眠る場所まで転移できるらしい。

 僕が立ち上がると、ニィが服の裾をきゅっと掴んできた。

 

「ケーィ、駄目、私も行く」

「えっと……」

「危険なことをするつもりじゃないんでしょう?」

「まぁ、そうだけど……」

「諦めるんだなケイ。よもや、さっきニィナを泣かせといてまた置いていくつもりじゃないんだろ?」

「うっ。も、もちろん一緒に行くつもりだよ!?」


 神様が関わると何が起きるか分からないから、ニィとフマは連れて行きたくなかったんだけど……。

 僕に拒否権はないのだった。



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