表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/101

85話 破壊の神ヴェロニカ vs 死の神ルエ(4)



 ****



「おや?」


 魔脈の峡谷で復活を果たしたヴェロニカは、思わず首を傾げた。

 魔脈は無事だった。


 魔脈の主が倒されると、主が復活するまでの間、魔脈は無防備となる。

 その間に魔脈の魔力を自身の魔力に塗り替えることで、魔脈の魔力を奪い、自身の魔力量を増やせる。

 そして魔脈の主を真の意味で殺すことができる。


 もしルエがヴェロニカの魔脈を奪っていたなら、ヴェロニカは復活できていない。

 こうして復活できているということは、魔脈が無事だということ。

 

 魔脈を奪われていない? なぜ?

 ルエが神世界の出入り口をこの近くに設置していなかった? それで瞬時に移動できず、魔脈の強奪を諦めた?

 ……あの無気力なルエだからそういう「うっかり」は否定はできないけど。


 ヴェロニカは自嘲気味に笑う。

 なんにせよ助かった。

 まぁ、この世界のためにはアタシは死んだほうがよかったんだけどね。

 

 そう思い、ヴェロニカは哀しげに目を細めた。

 理解はしている。

 己の愚かしさ。

 世界を壊しても、何もならないこと。


 だが、ヴェロニカは止まれなかった。

 壊すことで積み上げた過去を、生き方を、今さら変えることができなかった。


 どこか脆そうな微笑を浮かべた後、大きく頭を振り、思考を切り替える。

 物思いにふけるのは後回しにする。

 直面している問題を考える。


 ルエの使った最後の魔法。

 あれはただの魔法じゃないね。概念強化の魔法だ。


 魔法というのは、言い換えれば不可能を可能にする術だ。

 人間に使えない実体化の現象を、魔法で可能にする。

 神でもなしえない実体化の現象を、魔法で可能にする。

 魔法はブーストであると言ってもいい。

 まぁ、このへんの知識はスイシアのものだけどね。


 実体化で可能なことを、魔法で行ったとしたら?

 代替ではなく、強化の方向で使ったとしたら?

 

 ヴェロニカは結論する。

 あれは実体化の強化だと。

 ルエは実体化で行っていた「死」の概念操作を、魔法で強化したのだと。


 ふむ、「死魔法」っていうのもなんか違うね。

 あえて名づけるなら、「実体化強化魔法」? あー、わざわざ名づけなくてもいいさね。


 あの魔法、アタシにもできないか?

 「破壊」の概念を強化する魔法。

 詠唱内容は……気乗りしないけど、あれでいい。

 だけどルエと同じことをやっても勝てないから……いや、こうすればいいのか。


 ヴェロニカは勝ちまでの筋道をあっという間に脳内で構築した。

 

 これで、再戦の目処はついた。

 気になるのは、ルエの不可解な行動かね。


 ルエではなく他の神に負けていたら、今頃アタシは生きていない。アタシの魔脈はとっくに奪われているはずだ。

 魔脈を奪いにこなかったのは、本当に出入り口を設けていなかったからなのか?

 意図があってのことじゃないのか?

 あえてアタシを見逃した可能性は考えられないか?


 もう一つ。

 なぜ戦いの最後、概念波の連発で仕留められたにもかかわらず、虫の息のアタシにわざわざ駄目押しの魔法を使った?

 アタシの魔脈を奪うのならまだ分かる。死人への手向けでことは済む。

 だけど、アタシはこうして復活している。復活したなら、ルエに挑むことは容易に想像できるはず。

 そうなると、あの魔法を使ったのは悪手。アタシもあの魔法を使えるようになって、混戦になる。

 ……もし、それを意図していたとしたら?

 アタシにあの魔法の存在を教えるためだったとしたら?


 ……ルエは、アタシを殺すつもりなんて初めからなかった?

 それはなぜ?


 ヴェロニカの思考はそこで行き詰る。

 しばし黙考する。


 ……やめやめ、あのルエを全て理解するなんてどだい不可能さね。

 論的じゃなく情的だからね、あの子は。そのうえ感情の起伏に乏しいんだから、分かるわけない。


 それに、戦えば分かる。

 まぁ、おそらくこの戦いは――。


 ヴェロニカは予め作ってあった神世界に入り、先ほど使用した出入り口を使ってルエの魔脈に移動する。


 出入り口は神世界と魔力が繋がっていなければ使えない。

 ルエであれば、「死」の概念で出入り口を潰すことも可能だ。

 ルエが出入り口を看過していることに、ヴェロニカは予想を確信に変えた。

  





 数キロに渡って抉られたクレーターの底は、上空から見下ろすと遠近感が狂うほどに底なしだ。

 中心部にいたっては、影になって地肌が見えていない。

 富士山が丸々入る規模と言えば、その不気味なまでのスケールの大きさを想像できるかもしれない。

 側面には地層の断面が現れ、地下水脈から水が染み出し、そのうえ魔脈の峡谷までがむき出しとなり魔力がこんこんと湧き出ている。


 死の森だった場所は、見渡す限り更地と化し、山だったものは小高い丘に成り果てていた。

 それは死の砂漠と呼ぶべきだろう。

 当然のごとく、生き物はそこにいない。面影もない。

 「何か」だったものは尽く砕かれ、砂となり、砂漠の一部となり、砂本来の色を褐色に塗り替えている。

 上空には、戦闘の余波で吹き上げられた粉塵が、霧のようにさらさらと滞空し、薄暗い影を落としている。

 灰色の単調な光景が地平線の彼方まで広がっている。


 ヴェロニカは、再戦の前に、ルエの意思を確認するつもりだった。

 言葉を交わし、確認作業を行い、自身の推測を事実にするつもりだった。


 だが、ヴェロニカがそこに舞い戻ったとき。

 ルエはまだ口ずさんでいた。


 死の呪い。

 一節で、戦闘不能。

 二節で、行動不能。

 三節で、致死。

 四節で、即死。

 加えて、継続するごとに一節の威力が増す。

 放っておくなど愚行。

 戦闘は不可避。


 強制的に、2度目の戦いが開始される。


「《……簡単なこと。きれい。美しい。単純なこと――」


 ヴェロニカは焦った。

 ルエの詠唱が続いている。

 そのせいか、辺りを支配する「死」の概念が濃くなっている。

 二節、ややもすれば一節で殺される。

 

 急ぎ、ヴェロニカも歌いだす。

 情感を込めた、破壊の呪文。


 ルエの詠唱が諦念の死生観(ニヒリズム)なら、ヴェロニカの詠唱は哀愁の終末論(エスカトロジー)

 上空で対峙する両者は、思いを、根幹を、生き方を、詠唱に乗せて歌う。

 抑揚のないハスキーボイスが透き通るように、感傷に揺れるアルトボイスが訴えるように、観客のいない無味乾燥の大砂漠に響き渡る。

 

「――死んだ町は静か。死んだ森は澄んでる。死んだ山は儚い。死んだ空は真っ青》」

「《あの風景は戻らない。水平線までの花畑。愛しい妹はもう笑ってはくれない》」


 両者の詠唱速度は互角。

 しかし、詠唱を継続していたルエの魔法は、その概念強度を増していた。

 一節の威力で負けてしまっている。

 このまま続けては敗北するだろう。

 だからこそ、ヴェロニカは「破壊」の対象を切り替える。


 強度の増した死神の鎌を体に深く突き立てられ、なす術もなく倒れ伏すヴェロニカ。

 だが、そのガーネットの瞳は視線を外さなかった。


 直後、ルエの白い喉元が破壊に晒された。


「ばふっ……!?」

「《壊されたなら壊そう。それは愚かなことだ。報復の末に何を得た。妹の目は覚めないままだ》」


 物理的に声帯を潰されたルエは、重たげなまぶたをピクリと震わせ、硬直。

 その間にヴェロニカは新たな一節を積み上げる。発動はさせない。最後の一撃に全てをかける


 ワンテンポ遅れ、再起動したルエが喉を治し、詠唱を再開する。

 しかし中断させられたためであろう、周囲に立ち込めていたのしかかるような「死」の気配は、今では空気のように軽くなっていた。

 ヴェロニカはゆっくりと起き上がる。

 両者が再び対峙する。


「《考えなくていい。在ればいい。生きなくていい。死んでればいい》 

「《残ったものはこの力だけ。すがるほかに何ができた。全部を捧げても足りないならば――」


 ルエも、魔法を発動させず、威力を溜める。小出しにしては間に合わない。

 一方ヴェロニカも、膨大な魔力量を有するルエを一撃で壊し尽くすために威力を溜める。

 二人は視線を交差させながら、しかし見ているものは互いに自身の心象風景。

 在りし日を、今を、これからを思い、言葉にする。

  

「《生きてるものはいっぱいいる。みんな死ぬ。死んだものはもっといっぱいいる。積み重なって増えていく――」

「――アタシにできるのは壊すだけ》《理不尽を恐れて眠り続けるのなら、その理不尽がなくなるまで壊し続けよう――」


 魔法が、自然法則を歪める。

 本来ありえないレベルで高められた概念強度が、二人の周囲の空間をギチギチと、ジリジリと、軋ませ、焦がし、侵し、摂理に悲鳴を上げさせる。

 高められたエネルギーが、二人の魔力を励起させ、ヴェロニカを朱に、ルエを灰に、染め上げる。

 だらりと自然体で立ち尽くす二人だったが、その魔力がついに絶頂を迎えた。


 同時に紡ぎ終える。

 

「――わたしは覚えている。忘れない。大切なもの。死んだもの》」

「――いつか目覚めると信じてる。それまでずっと壊し続けよう》」


 示し合わせたかのように、解き放つ。

 概念を煮込んで濃縮し凝縮して高密度にしたようなコトワリが、敵に向けられる。

 風船に穴を空けたように、出口を限定され、集中する。

 魔法によってブーストされた権能が、この世の法則と置き換わり、顕現する。


 ――不壊の全否定。

 ――終焉天国。


 不可視の現象が螺旋を描きながら衝突。

 両者の間で空気が次々と消滅し、暴風が渦巻く。

 理不尽な摩擦によって雷撃を伴いながら、余波が幾度も幾度も球状に拡散。

 互いの力でありながら、あまりの法外な猛威に至近から晒され、自身の魔力体を削られていく。


 二人は全部持っていけとばかりに魔力を湯水のように注ぎ込む。

 正真正銘の、全身全霊の、全力。


 概念が競り合う。

 法則が食い合う。

 自然を書き換え合う。

 目の前のものを無理で殺し合う。


「…………………………」

「…………………………」


 二人の生き様が、ぶつかる。


 詠唱の数の優劣。

 継続による一節の威力。

 消費魔力の量。

 諸々の要因があっただろう。


 しかし、二人の戦いは根本的に最初から決していた。

 意志なき者に、未来はない。


 すがる者と、委ねる者。

 破壊を手段とする者と、死を目標とする者。

 生きるがゆえに壊すものと、死ぬように生きる者。


 彼女たちの想定通り、決戦は一つの結末を迎えた。


「約束は果たしたよ。まぁ、忘れられてたけどね」


 纏めていた紐が千切れ飛び、やまぬ強風に流される長髪を片手で押さえながら、彼女は跡形もなく消滅した相手に向けて、そう呟く。

 そして、余波でボロボロになった服ごと肉体を実体化で修復すると、彼女は一輪の花をその手に生み出して、放り、魔脈に向かう。


「ほんのちょっとだけ、アンタが羨ましいよ」


 抵抗を受けてふらふらと揺れながら、白ユリは底の見えないクレーターに落ちていった。

 


ふぃ~。

主人公不在の大勝負、ここに決着です。

前々から描きたかったカードでしたので満足です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ