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84話 破壊の神ヴェロニカ vs 死の神ルエ(3)



 ****



 ヴェロニカは焦りを覚えていた。

 魔力量の圧倒的不足。

 短期決戦でなければ分が悪すぎる。


 だが、長期戦を避けられないことは初めから分かっていた。


 戦闘開始から既に2時間。


 ヴェロニカの残存魔力は底を尽きかけている。

 あと数分もすれば、展開している魔力弾の補充ができなくなるだろう。

 そのとき、ヴェロニカに対して、ルエの魔力空間からの攻撃を許し、ヴェロニカの魔力体は削り切られてしまうだろう。

 すなわち敗北である。


 しかし考えてみれば、ヴェロニカは秒間数千発の概念波を飛ばしている。

 それだけの魔力を消費しつつ、2時間もったというのは異常にも思える。

 なにしろヴェロニカの魔力量はニィナリアの数倍ほどにまで落ち込んでいたのだ。

 ニィナリアは歴代魔王の中でも類い稀なる魔力量を誇るが、それでも神々と比べれば多いとは言えない。


 ではどうしてヴェロニカの魔力がもっているのか。

 答えは、精密な魔力操作による魔力体積の節約にある。


 概念波を作り出すための魔力密度は元々クリアしている。

 佐々倉啓とは違い、魔力量そのものが膨大であり、それに伴って放出する魔力密度が桁違いに高いからである。

 そこで魔力体積を必要最小限まで小さくし、それを爆発させるようにして概念波を捻出する。

 大規模な炎や水を生み出すのに比べ、体積が必要でないというのがミソである。

 

 だが、それももう底を尽きかけている。


 2時間に及ぶ戦闘。

 肉体面については魔力からの実体化でしかないので、体力などあってないがごとく、息を乱さずにいくらでも戦い続けられるが、魔力が尽きればそうもいかない。

 敗北が否応にも脳裏にちらつく。


 ヴェロニカは心中嘆息する。


 やっぱりこうなったか。まずいね。

 ここでの敗北は死に直結する。佐々倉啓のような人間相手とはわけが違う。アタシがここで負けたら、アタシの魔脈がルエに奪われちまう。復活できないのはごめんだよ。

 

 ヴェロニカは気だるそうな目で大鎌を的確に振り抜くルエを視界に入れながら、思考を続ける。


 希望があるとすれば、ルエが長老会の意思にそむくことだね。

 この感じ、この手ごたえ、こいつはアタシを本気で殺しにきていない。アタシの戦闘に合わせている節がある。

 手は抜いていないようだけど、覇気がいまひとつというか、いや、それは元々か。


 概念波などの衝突の余波により、地面が数キロメートル単位で半球状に削れている。

 両者は空中を舞台に、三次元的に舞い、ときに身を翻し、衝突を繰り返す。

 ヴェロニカはルエの頭上から二本のメイスで挟撃を加え、大鎌にうまく引っ掛けられてそのまま回り込まれ、防戦しつつ考える。


 まだ奥の手がありそうだね。

 可能性として予想できるのは、まだ歴史の浅い「魔法」を使った戦い方かね? ただの魔法なら「破壊」で今まで通りに壊せるんだけど……。

 あぁ、もう時間切れだね。


 ヴェロニカはルエの大鎌を大きく弾くと、その反動を利用して空中で後ろに飛び、距離を空けて対峙する。

 何かを感じたのか、ルエは追撃せず様子を見守る。


 本当は勝ちの薄い賭けなんかしたくないんだけどね、とヴェロニカは苦笑して、口を開く。


「アンタ、アタシと組まないかい?」


 最終兵器、勧誘である。

 いや、初めからやってはいるが。

 

 強風にばさばさとなびく白髪がルエの顔半分を覆い隠すも、無気力少女は気にも留めず、大鎌をだらりと下げ、相変わらずのアンニュイな眼差しを向けつつハスキーボイスで囁く。


「……断る」

「んー、やっぱり?」


 ヴェロニカはメイスを持ったまま腕を組み、しばらく考える。

 こうなったら奇襲を成功させるしかない。

 しかしどうやって?

 挑発する?

 あのルエが乗るかね?

 無理でしょ。

 しかしこのままやっても冷静に対処されるだけ。

 はぁ、難義なもんだよ。


 ヴェロニカは何か取っ掛かりを求め、会話を選択する。


「アンタ、手を抜いてないかい?」

「……真面目にやってる」

「……ん? 空耳かな? アンタに似つかわしくない単語が聞こえた気がするけど」

「……長老会には毎回出てる」

「あー、そういえば確かに」


 気だるげでやる気の見られないルエだが、地味にサボタージュはやっていない。

 出席率は高いほうである。

 まあ、議論における発言は適当ではあるのだが。


 にしても、とヴェロニカは引っかかりを覚える。

 手を抜いてないかと聞かれて、真面目にやってると答える? 違和感が……。


「……なぁ、ルエ、アンタは……」


 ヴェロニカはそこで言葉を切った。

 ルエの気配が微かに変化していた。

 とはいえ、それは対峙していたからこそ分かる、髪の毛1本程度の至極小さなもの。

 しかしヴェロニカは、虫の知らせというか、要するに勘だが、これ以上言及しないほうがよいと判断した。


 大げさに肩をすくめてみせる。


「手を抜いてくれてもいいんだけどねぇ?」

「……無理」

「はぁ。そうかい」


 ヴェロニカは、即決した。


「こうなったら、助けが来るのを待つしかないねぇ」


 賭けに出る。


 ブラフを口にした直後、予備動作なく突進した。

 瞬く間に間合いを潰すヴェロニカ。

 ルエは無感動にそれを認め、大鎌を一閃。


 ヴェロニカの首が飛んだ。


 くるくるとポニーテールを振り回しながら舞い上がるヴェロニカの瞳は、驚愕に満ちている。

 断面からは「死」の概念が侵食し、瞬時に頭部が霧散した。


 その呆気ない手ごたえに、ルエは大鎌を体ごとくるりと一回転させ、追撃する。

 ヴェロニカの首から下は、瞬時に断面部を切り離すと、少女の体に変化して大鎌の射程距離の内側に踏み込む。


 ぐるりと大回転する大鎌。

 強引に、しかし既にインサイドに潜り込んだ少女ヴェロニカ。

 大鎌の刃が空を切るかと思われた。


 だが、大鎌の柄が縮む。

 刃がヴェロニカを襲う。


 右手のメイスが刃を止める。

 左手のメイスがルエのがら空きの胴を薙ぐ。

  

 同じくして。

 周囲に散開していた千あまりのヴェロニカの魔力弾がルエ目掛けて一斉に落ちてくる。

 打ち止まない概念波の弾幕が指向性を持った千あまりの弾丸と化して落ちてくる。

 

 ルエは魔力空間で魔力を操作し、概念波を飛ばし、対処するが、いくつかは取りこぼす。


 そして、一本のメイスと数十の魔力弾および「破壊」の概念波が、同時にルエを襲った。


 閃光がほとばしる。

 一際大きな衝撃波が体を突き抜け、次に世界の終わりのような爆音が内臓を震わせていった。

 真っ白に染まった網膜と破れた鼓膜を実体化の応用で修復し、少女ヴェロニカは瞬きを挟まず目の前を注視する。


 そこには。

 白銀の甲冑があった。

 陽光を反射してきらきらと輝いている。


 その手には、大鎌が握られていた。


 ヴェロニカはメイスでルエを弾き、後ろに飛んで大きく距離を取る。


 ヴェロニカが空中に降り立つ。

 静かだ。

 周囲が。

 もう、魔力弾の群れも概念波の嵐も消えていた。

 海のような魔力空間がただ一帯にあるだけだ。


「まぁ……敗因は徹頭徹尾、魔力量だねぇ」


 ハハハ、と軽い調子で笑ってみせるヴェロニカ。

 しかし魔力はすっからかん。概念波は十発打てるかどうかというレベル。

 そんな絶体絶命の状態にありながら、ヴェロニカは弱気を見せない。

 あくまで泰然と構えていた。


 まだ、終わらない。

 アタシの勘がそう告げている。


 ヴェロニカは不敵に笑むが、しかしこれ以上戦えないのも事実である。

 攻撃の手段もない。

 必然、ルエの攻撃を待つのみとなる。


「……跡形もなく、死んで」


 甲冑の消失とともに現れたルエ。

 そのハスキーボイスがヴェロニカの耳元で妙にはっきりと聞こえた。


「《……家族は死んだ。大切な人はみな死んだ》」


 脈絡もない唐突な言葉。

 魔力の揺らぎから、かろうじてそれが呪文だと悟ったヴェロニカは、なぜわざわざ魔法を使うのかと訝しむ。


 直後。

 よろめく。

 心臓が締め付けられるような苦痛が全身を蝕んでいる。


 !? なんだいこの魔法は? いつ詠唱が終わった?

 いや落ち着くんだ、魔法なら壊せばいい。


 残りわずかな魔力から、「破壊」の概念を周囲に飛ばす。

 

「《……そうじゃない。隣の醜い女は死んだ。下品な男も死んだ。同じこと。平等なもの――」


 しかし、纏わりつく苦痛は和らがない。

 魔法の壊れた手ごたえもない。

 そのうえルエの詠唱が続いている。

 ヴェロニカは目を見開く。

 こんなことは考えられない。

 どうして魔法が壊せない!?

 詠唱がどうして続いている!?


 ヴェロニカはふらふらとよろめきながらも、その場を離脱せんと浮かび上がる。


「――孤児は死んだ。貴族は死んだ。兵士は死んだ。王は死んだ》」


 ヴェロニカはたまらず膝をつく。

 全身に脂汗が浮かび、顔面は蒼白。浅い呼吸を繰り返す。

 実体化を解いて魔力体に戻るも、死への歩みは止まらない。

 概念波を何度飛ばそうが、手ごたえがない。

 魔法が壊せない。


 不可解だった。

 そもそも魔法であるとしても。

 発動しているにもかかわらず、詠唱がまだ続いている。

 なんだこれは!?

 本当に魔法なのか!?

 

 ヴェロニカの心に恐怖がすくう。


 戦慣れしているヴェロニカは、たかだか死に掛けるくらいで恐怖に囚われることはない。

 また、未知の出来事に対しても冷静に対処する器量がある。

 それにもかかわらず歯の根がかみ合わないのは、ひとえにルエの魔法によるもの、すなわち死への根源的な恐怖だと思われた。


「《……時間がたてば死ぬ。みんな死ぬ。神だって死ぬ。物だって死ぬ――」


 死に誘われる中で朦朧としつつも、ヴェロニカは状況を分析する。

 概念波が通じないということは、概念強度においてルエが上だということ。

 つまり、実体化による「破壊」を、魔法による「死」が上回っているということ。

 そして。


「――なくなるということ。解放するということ。動かなくなるということ。戻らなくなるということ》」


 ヴェロニカはついに、魔力体でありながら落下する。

 薄れゆく意識の中、思う。


 ……この魔法、段階的に強くなってる。


「《……どうでもいい。意味なんてない。どうせなくなる。どうせ死ぬ――」


 ハハハ、まだ続くのかい……。

 それが最後に考えたことだった。

 ヴェロニカの魔力体は霧散した。



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