83話 破壊の神ヴェロニカ vs 死の神ルエ(2)
今回も主人公は出てきません。
ヴェロニカ回です。
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強者の威圧は、力及ばぬ者を恐れさせる。
力の差が絶大であれば、弱者は逃走すら許されない。
足に根が張り、喉が絞められたように呼吸がおぼつかなくなるのである。
ヴェロニカとルエの場合。
二人の解き放つ重圧は、心臓麻痺すら引き起こす。
幸いにというべきか、二人の周囲に生き物はいなかった。
もしいたならば、物理でも魔力でもなんでもないただのプレッシャーだけで、儚い命を摘み取っただろう。
古参の神は、真の強者である。
なぜなら「古参」というそれが、長き戦いの中で生き抜くだけの力があったというなによりの証左であるからだ。
能力が優れていることは大前提として。
精神、機転、視点といった戦闘センスが極めて高いのである。
仮に人間が神と同等の力を持ったとして、百戦錬磨の神に勝てる道理がない。
神にとって人間は戦いの素人なのである。
なお、繰り返すがこれは古参の神の話。
リーガルやケイニーといった中堅以下の神々はこれには含まれない。
さて。
二人の初手は、能力の行使だった。
両者を起点に、二つの波動が発せられる。
指向性を持ったそれらは、互いに襲い掛かった。
「破壊」の波動と「死」の波動。
目には見えない凶悪なそれらは、両者の間で衝突し、せめぎあい、食い合う。
「破壊」が「死」を壊し、「死」が「破壊」を殺す。
異なる現象でありながら、もたらす結果は同等。
「破壊」に触れれば魔力体が弾け飛ぶ。
「死」に触れれば魔力体が死滅する。
生き残れない、ということに変わりはない。
ヴェロニカは平然と、ルエは眠たげに、矢継ぎ早に概念波を飛ばしあう。
食い合う二つの概念波。
結果、ギチギチと軋む音とジュワッと萎む音が絶え間なく大気をおののかせた。
佐々倉啓との戦闘時より高速で概念波を飛ばし合う両者。
その状態を維持しつつ、二人はまたもや同時に動く。
「《身体強化――Ex》」
唱えたるは補助魔法。
その階位は、超級。
階位は本来1~5しかありえない。
なぜなら、人間の手でそのように作られたからである。
《身体強化――1》なら身体能力2倍、《身体強化――2》なら身体能力3倍、……、《身体強化――5》なら身体能力6倍。
人間の中で《身体能力――4》を使える者はごくごく一部、Sランク冒険者くらいのもの。
《身体強化――5》ならいわんや、国に1人いるかいないかである。
それほどの難易度であるため、身体能力を7倍以上に引き上げる階位は存在しない。
いや、存在しなかったと言うべきだろう。
神が勝手に作り出したのだ。
それが《身体強化――Ex》である。
なお、「Ex」に当たる呪文はない。
そもそも存在しない。
彼女たちにとって、《身体強化――Ex》は《身体強化》でしかない。
二人の唱えた魔法によって、彼女たちはそれぞれ身体能力を10倍にまで引き上げた。
強化される「身体能力」には筋力や瞬発力のほかに反射速度や思考速度も含む。
簡単に言えば、10倍の速さで動けるようになるのである。
ゆえに、飛び交う概念波のテンポが10倍速に急増した。
まるで滝のような怒涛の勢いで、空間が壊されて死滅するような無残な音が連続的に響き渡る。
その余波が、死の森に降りかかる。
枯れ木が、死骸が、風化物が、土が。
吹き飛び、爆散し、形を崩し、狂い舞う。
二人を爆心地としたようなクレーターが、周囲を次々と侵食していった。
身体強化を終えた二人が次に取った行動は、魔力の解放だった。
佐々倉啓が本気で魔力圧縮をしてようやく到達する濃度の魔力が、その一帯を支配する。
ルエの魔力空間が森を丸々と飲み込む。
対して、クレーターを覆う程度のヴェロニカの魔力空間。
魔力量の差が如実に現れている。
さながら海の底に沈んだシェルターの様相。
だがこの際、空間の広さはそこまで関係がなかった。
ヴェロニカは自分を包んでいた魔力を、炸裂弾のように四方八方へと発射する。
千を優に超える、スイカ大のそれらは、ルエの魔力空間の中でばちばちとぶつかり合いながら、滅茶苦茶な軌道で飛び交う。
これら全てはヴェロニカのコントロール下にあった。一つ一つ、ヴェロニカが操作して動かしているのである。
もしもどれか一つでも意識が逸れれば、その魔力弾はあっという間に霧散するだろう。
千本の腕を動かすより難しい。
その様はまさに神業である。
これはルエにも言えた。
海のような魔力空間の中で動きまわる、魚の群れのような魔力弾。
一匹でも見失えば、たちどころに海を食い荒らされてしまう。
ルエは千あまりの魚を全て認識し、対応していた。
互いの魔力が反発し、少しずつ少しずつ削れていく。
それで終わりではない。
魔力空間のいたるところから、概念波が生み出された。
「破壊」の概念波はルエの魔力を壊さんと。
「死」の概念波はヴェロニカの魔力を殺さんと。
二つの概念波が相殺する。
魔力体の二人にとって、己の魔力はまさに己の一部である。
互いに互いの概念波を放っておくわけにもいかず、あちらこちらで同時多発的に発生させていく。
その惨状たるや、飽和した波状攻撃とでも称するべきか。
ヴェロニカとルエ、本人たちから発射されるマシンガンのような連続的な概念波の衝突。
満天の星空が全て弾けたような全方位における概念波の空爆。
海を泳ぎ回る魚群のようなヴェロニカの魔力弾と、それに合わせて蠢く海のようなルエの魔力空間。
真に驚異であるのは、全行動を二人が掌握していることであった。
悲鳴にも似た、鳴り止まぬ残響。
打ち止まぬ衝撃波。
いまだ広がり続ける広大なクレーター。
その外縁に吹き上がる粉塵。
遥か上空まで、高く、高く昇っていった。
これでようやく前哨戦。
本格的な戦闘はこれからである。
両者の足元で、黒土が爆発した。
二人が同時に踏み込んだのだ。
ヴェロニカは二本のメイスを背後に隠し、ルエは一振りの大鎌を引き絞る。
一瞬で潰れる距離。
しかし間合いはルエの得物が上だった。
ルエが右の素足で大地を噛み、勢いを余すことなく大鎌の速度に変換する。
その刃に「死」の概念を灯した大鎌が、ヴェロニカの胴を目掛けて振るわれた。
ヴェロニカは急制動し、「破壊」の概念を宿した左のメイスで受ける。
得物がかち合う寸前、重量が戻される。
火花が散り、甲高い金属音が周囲の雑音に吸い込まれた。
重みがこれでもかと乗った大鎌によって、ヴェロニカはずるずると大地を削らされる。
「らぁ!」
もう片方のメイスを振り下ろす。
競り合っていた黒光りする大鎌を、まるで地面に杭を打ち込むように打ち叩いた。
……なぜ、魔力体である彼女たちが実体化した武器を操るのか?
魔力体に物理は通じないはずではないのか?
その答えが足元に表れる。
メイスの直撃を受けた大鎌を、ルエは特に抵抗することなく大地に突き立てる。
大鎌は、刃を地に埋めて止まりはしない。
そのままするりと地面に潜り込み、大地が綿菓子であるかのように振舞った。
抵抗を受けることなく縦に大きな円運動を果たした大鎌は、ルエの後方の地面から現れると、そのままヴェロニカへと振り下ろされた。
刃のすり抜けた地面はボロボロに崩れていた。
接触したものに「死」を与える。
それは魔力体であっても例外ではない。
ゆえに、ヴェロニカは「破壊」を付与したメイスで打ち合うのである。
大きな円を描きながら振り下ろされた大鎌。
ヴェロニカは一歩踏み込み、大鎌を片方のメイスで受け止める。
直後、ポニーテールを揺らして突進。
大鎌の柄に沿ってルエに急接近を試みた。
ルエは同じ速度でバックステップを刻むと、大鎌の実体化を解き、次の瞬間には新たな大鎌をヴェロニカに繰り出す。
ヴェロニカは足を止め、上半身をそらしてかわす。
大鎌が重量を無視した軌道で強引に追撃する。
絶妙なバランスで体の軸を保持しつつ、ヴェロニカはメイスで打ち払う。
ルエが舞う。
大鎌が水平な円運動でヴェロニカを襲う。
ヴェロニカが舞う。
二本のメイスが交互に大鎌を打ち払う。
二人は無数の火花を散らし、数多の金属音を響かせながら、周囲の騒音など聞こえないかのように舞いに舞う。
その間、幾千の概念波と魔力弾の攻防が背後で展開されている。
これらは全て10倍速につき。
人間には理解の及ばぬ領域。
神ですら、この小宇宙のような戦闘に至ってしまっては、もはや誰であろうと生存は不可能であろう。
二人の戦いはまだ始まったばかりである。
しばらくは隔日更新でいこうと思います。




