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81話 メロウの反応

2015/4/10 一部描写の修正。



「ケーィッ!」


 メロウさんの神世界に転移するや、ニィが弾丸のように飛んできて腰に抱きついた。あまりの勢いに踏ん張れず、押し倒される。


「おふ!?」

「ケーィッ、ケーィッ、ケーィッ!」


 腹の上でぐりぐりと顔を押し付けるニィ。波打つ艶やかな赤髪がちらばっている。

 手を頬に伸ばそうとして、それに気付いた。


「良がっだ……ッ、ふぐ、本当に、生ぎでで良がっだ……ひっぐ」


 堪えていたせきが切れたように、むせび泣いていた。


 僕は上半身を起こした状態で硬直。罪悪感に飲み込まれる。


「ご、ごごごめん! 遅かったよね! もっと早く帰ってくれば良かったよね! 心配かけてごめんなさい!」

「ぅぐ……ぢっ、ぢがうの……ふぐ……ケーィが、帰っで来でぐれだがら……ッ」


 力いっぱいに抱きついて震え、顔を伏せたままくぐもった涙声でそう訴えるニィ。

 僕はニィを抱き上げるようにして膝に乗せると、小さな背中と頭をかき抱く。

 ニィからもすがりつくように両腕が回される。


「~ッ、ぅ~ッ、ひっぐ、ぅう~ッ」


 嗚咽する。

 心配を掛けすぎたから? そうじゃない。ニィは安堵のために泣いている。

 僕が無事だったから泣いている。

 ごめん、て謝るのは違う。ありがとうとお礼を言うのも違う気がする。

 僕は誓うようにして、ニィの耳元で囁く。


「絶対に、絶対に、死なないから……。ニィを置いてはいかないから……」


 ニィの細腕にさらに力がこもる。

 応えるように、僕も優しく力強く抱きすくめた。


 ふと、背後にフマの気配。

 

「いたッ!? え、な、なに!? なんで蹴るの!?」


 ニィを抱きしめているので背後を振り返れず、声で訴える。

 

「ふんッ! これでおあいこざ!」


 それは不機嫌そうな、鼻声だった。

 冷や水を浴びせられたように心が冷める。


「……フマも、心配かけたね」

「……ふん、ふん、ふん」

「いたっ、いたっ、ちょっ、まだ蹴るの!?」 


 5回蹴られて、やんだと思ったら、背中にぴとりと手の平が添う。

 フマの小さな小さな手の平だ。


「……いいか? 人間は一度死んだら再生できないんだ。だから……無茶はするな」

「……うん」


 無謀はしていないつもりだけど、反論できる雰囲気じゃない。僕は素直に返事した。

 フマは、分かればいいさと鼻声で言ったきり、手の平を添えたまま黙り込んだ。


「ありがとう」

「…………」


 フマは応えないけど、気持ちは通じた気がした。


 ニィが泣き止むまでそのままの姿勢を続けた。

 泣き止んだ後は、ニィが甘えるように見上げてくるので、幾度かキスをした。

 そうなると耐えられないのだろう、フマは離れていった。ちょっと名残惜しそうに感じたのは気のせいかもしれない。


 





 落ち着くと、ソファに掛けてメロウさんと対面する。

 さっきの今でニィはべったりくっついてくるかと思ったけど、何かを感じ取ったのか、雰囲気を切り替えて右隣に座っている。

 フマはテーブルの上ではなくソファの左隣にちょこんと乗っている。


 背筋を伸ばしたメロウさんが、にこにこと尋ねてくる。


「報告を聞いてもいいですか?」

「はい」


 僕は頭の中で整理して、説明する。


「ヴェロニカさんが、復活してました」

「あぁ、やはりそうでしたか」

「シア様がどうなったのかは聞いていません。聞き忘れました」

「おや? 忘れるほどの何かがあったのですか?」

「はい。ヴェロニカさんは……世界を壊すと言ってました」

「それは……」


 メロウさんが、真顔になる。


「……ふむ、なるほど……それはちょっと面白くない(・・・・・)ですね」


 能面のようだった。

 にわかに、背中がぷつぷつと粟立つ。

 メロウさんの顔に――酷薄な色がべっとりと塗りたくられている。 

 普段にこにことしている人が見せる別人のようなそれは、ホラーと大差なかった。


「舞台となる世界がなければ楽しみようがありません。これは早急に手を打たなければなりませんね。長老会を開きましょう。ヴェロニカさんを止めます」

「……あ、あの、止めるって、具体的にどうやって……?」

「殺します」

「っ!」


 メロウさんは思い出したように微笑みを顔に貼り付ける。


「それ以外に方法が?」

「っ……ヴェロニカさんはヒュピちゃんが目を覚まさないからだと言ってました。つまりヒュピちゃんを目覚めさせることができればヴェロニカさんを止められます!」

「ヒュピさんをどうやって目覚めさせるのですか? この数千年、誰もなし得なかったことですよ?」

「僕に考えがあります」

「なるほど、それは有効かもしれません。ですが時間がありません。こうして話している間もヴェロニカさんは暗躍しているのです。申し訳ありませんが、こちらはこちらで対応させてもらいます。ケイさんはケイさんで頑張ってください」

「で、でも」

「すみません、先に長老会の呼びかけを行いますので、お話はその後に」

 

 メロウさんは目を瞑る。

 周囲に微弱な魔力反応が走る。

 そのままメロウさんは微動だにしなくなってしまった。

 《交信(コネクト)》で他の神様に呼びかけているのだろう。


 ヴェロニカさんを殺すのはまずい。

 もしシア様が眠っているのだとしたら、本当に殺してしまうことになる。

 それに希望だってある。

 ヒュピちゃんを説得できれば、あるいは。

 

 一方で、メロウさんの言い分も分からなくはない。

 ヴェロニカさんのやろうとしていることは危険だ。それは誰の目にも明らか。

 でも、だからといって長老会の動きを見逃すわけにはいかない。

 せめて、ヴェロニカさんの行動を予測し、ヴェロニカさんを止めるまでいかなくとも、行動を遅らせ、殺すまでの猶予がほしい。


 僕がこれからのことを考えていると、ニィに腕を取られた。


「ねぇケーィ」

「うん? なに?」

「ケーィは、その、ヴェロニカと戦ったのよね?」

「うん、そうだよ」

「……勝ったの?」


 なぜか赤い瞳を不安そうに揺らすニィ。

 不思議に思い、ちょっと考えて、思い当たる。


「あー、うん、一応勝ったよ」

「……そう」


 ニィは複雑な顔をする。

 理由は分かる。

 常識的に考えて、上位神であるヴェロニカさんに勝てるのがおかしいからだろう。

 ただ、事情を知れば順当だったりもする。


「えっと、ヴェロニカさんはかなり弱体化していたんだと思うよ。魔力量、ニィとそんなに大きく変わらなかったし」

「え? そうなの?」

「うん」

「そうなんだ……いえ、でも、破壊の神よ? 戦闘特化よ? そううまくいくかしら?」

「いや、大苦戦だったよ? し……し、仕方なく逃げようかとも思ったし」


 危うく「死にかけた」と口走りそうになった。ぎりぎりセーフ。ニィに何を言われるか分からない。

 ニィは不思議そうにこくりと首を傾げるも、言及はしなかった。

 ただ、僕が勝ったことにはまだ釈然としていない様子だ。

 だから念押しをする。できる限り自然に、当たり前といった風に。


「それにね、これでも僕だって時空の神って認められてるんだよ? 元がどれだけ強くても、弱体化した神様になら勝てても非常識じゃないと思うよ?」

「……それも、そうね。ケーィだもんね」

「うん、うん」


 ニィは可愛いなー、なんて思っていると、後ろでフマが呟く。


「ケイは人間じゃないからな」

「いや人間だよっ?」

「いいや、人間じゃない。もう種族『神』と名乗るがいいさ」

「なんで!?」

「うん、それがいいさ。それが精神安定上望ましいさ」

「うわっ、フマごめん!」

「あ、じゃあ私も神になる」

「それはやめて」「それはやめるさ」


 なぜかフマとハモった。

 ニィがむぅと唇を尖らせる。


「私だって、ケーィと一緒に戦いたいのに」

「絶対にニィを危険には晒さないから」「オレの心労をこれ以上増やすなさ」

「二人ともずるいわ」


 僕たちは言い合いをしながらも、平和な時間を過ごした。

 ……もう、こういう時間は残り少ないのではないかという不安を抱きながら。


 

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