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78話 ヴェロニカの神世界へ

短いですが、切りがいいので。



 ピチョン。

 背後で水の落ちる音。

 前方に突き出した両手に、水滴が当たる。

 闇の中。

 つまずかないよう、慎重に、でこぼこした地面を踏んでいく。

 頼るべきは魔力感知。

 ぼんやりと流れる魔力と、煌煌と輝く洞窟の壁。

 煌煌と輝くのはおそらく土の中の微生物が保有する魔力。

 無風の通路を、魔脈の底から地上へ向けて魔力が流れている。


 ピチョン。

 ひんやりとした暗闇の中。

 ときおり弾ける水滴の音。そして、自分の息遣いだけが聞こえている。

 たまに魔物化した小動物が遠くにいるけど、僕は気付かれることなく先を急ぐ。


 独り。

 仲間はいない。

 闇が不安を誘う。

 

「……どこだろう? まだか」


 自分の独白に急かされるようにして、足を進める。


 魔力感知に全てがかかっている。


 綻びはどこだ。

 空間の綻び。神世界への入り口は。

 




 シア様の魔脈と思われる洞窟に潜入するのは簡単ではなかった。

 いや、方法は簡単だった。

 僕が転生して最初に降り立った森から、数キロ離れたところにある魔脈の入り口。

 その手前まではメロウさんの神世界から行くことができたのだ。

 魔脈の入り口はとても小さく、モグラの穴のようだったけど、内部には十分な空間があったので魔力を送り込んで転移した。

 僕は光魔法が使えないので暗中模索するしかないが、そこはそれ、魔力感知でこと足りる。

 シア様の神世界の入り口を見つけ、神世界に侵入し、シア様の様子を確認すればいい。

 もしヴェロニカという人格が表に出ていたら、彼女を僕の異空間に閉じ込める。

 シア様が無事だったら、話をする。

 難しいことは一つもない。


 問題は、僕の行動を2人が認めなかったことだった。


「オレは断固として反対さ。ケイがヴェロニカと戦うことになる予感がビンビンするさ。言っておくが、破壊の神ってのはこれまでケイが戦ってきた神とは次元が違う。法則の神、剣の神、どちらも神の中じゃ新参者さ。だが破壊の神は古参の一人。そうだよなメロウ?」

「そうですね、ヴェロニカさんは最古参です。そして長老会のメンバーでもありました。長老会は最古参の力ある神で構成されていますから、ヴェロニカさんは間違いなく神の中でも上位者でしたよ。能力がルエさんの『死』と双璧をなしていましたから、戦闘面では最強とも言えますね」

「……ほ、ほらな? はは破壊の神ってのは相当やばいんだ」

「いや、フマそこまで知らなかったでしょ。目が泳いでるよ」

「そ、それはどうでもいいんさ! と、とにかくっ、ヴェロニカってのはやばいんさ。いくらケイが神の仲間入りを果たしたとはいっても、戦って勝てるような相手じゃないんだ」

「……最悪、逃げれば大丈夫だよ」

「本当に逃げ切れると思っているのか?」

「ケイさんなら逃げ切れるんじゃないでしょうか」

「メロウは黙ってるさ! ああもう! ニィナからも説得するさ!」


 僕をがっちりと抱きしめて放さないニィに視線を向ける。

 ニィが上目遣いに睨んでいた。


「駄目、絶対に駄目」

「……でも」

「スイシアが大事なのは分かるわ。ケーィの恩人だもの。でも、だからといってケーィの命が危険にさらされるのは駄目。絶対に駄目」

「だけど、逃げ切れるってメロウさんから保証してもらってるし」

「絶対じゃないでしょ? 相手は格上なのよ? 何が起こるか分からないわ」

「そうかもしれないけど」

「ケーィがなんと言おうと、私は絶対に行かせないから」


 さらにぎゅっと力がこもる。それはすがりつくようでもあった。

 きっとニィは理解している。僕が力技に頼れば容易にニィの拘束から抜け出せること。

 だからこそニィは全身で訴えている。行かないでと。傍を離れないでと。

 切なくなる。

 僕が無理やり出て行けば、多分ニィは泣くだろう。

 それは困る。

 ニィを説得しなければならない。


「……何を約束すれば、ニィは行かせてくれる?」

「何を約束しても、ケーィは行かせない」

「……どうしても?」

「どうしても」

「……例えば、ニィのお母さんが危険な目にあって、ニィが助けに行ける状態で、助けに行ったらニィも危険な目にあうなら、ニィは助けに行かない?」

「それは……」


 ニィは抱きついたまま顔を埋める。


「そんなのずるい」


 くぐもった涙声でそう漏らした。

 ニィの小さな肩が震え始める。


「……ごめん」


 僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 ニィは物分りがいい。

 僕の心情を正確に理解している。いや、理解してしまえる。

 だから、僕の言葉を否定できない。

 

 もしかしたら、魔王としてなら答えは変わるかもしれない。

 自分の身の安全を優先しようとするかもしれない。

 でも僕の前ではただのニィでいてくれるように頼んだばかりだ。

 一人の少女であるニィなら、僕の身になれば、僕と同じことをするだろう。

 だから、たとえ僕を止めたくても、僕の言葉を全否定できないでいる。


 普通は、我儘を通すのに。

 ニィは健気にすぎる。

 そんなニィを僕は置いていかなければならないのだ。


 なんて、なんて――。


 僕は痛みを感じる一歩手前の力でぎゅっと抱き返した。

 それからニィの嗚咽が収まるのを待って、メロウさんの神世界を後にした。

 微笑むメロウさんと不機嫌なフマ。

 そして、泣きはらして頬を染め、柳眉をへにゃりと曲げて小さくなったニィをその場に残して。




 


 ニィを連れてくるという選択肢は、あのとき存在しなかった。

 僕は改めてそう思った。

 自分の判断は間違っていなかったとも。


 場所は魔脈の峡谷の入り口。

 木の根のような洞窟を地下へ進み、星の中心まで繋がっていておかしくない底なしの谷を足元に控えている。


 目の前には、空間の綻び。

 感覚を研ぎ澄ませば伝わってくる。

 シア様とは異なる姿の魔力体。

 ニィとは比べ物にならない魔力量。

 性質も、違うように感じる。

 

 この舞台は神様のもの。

 ニィを連れてくるなんてもってのほか。

 ニィには安全な場所で待っていてもらいたい。

 

 ……メロウさん、裏切らないよね?

 そのときは全力で潰す。


 と、違う、今はそうじゃない。

 仮にこの先がシア様の神世界だったとしたら。

 あの魔力がヴェロニカという神様のもので、シア様の人格が既になくなっていたとしたら。


 僕はあれを異空間に捕縛しなければならない。


 可能なのか?

 やってみなければ分からない。

 駄目なら逃げる。

 《加速空間》の用意は常にある。


 地獄に繋がっていそうな闇の中。

 超圧縮の魔力障壁の外で、キィキィと蝙蝠が峡谷に飛び込み、中に飲まれた。


「……ふぅ」


 一度深呼吸をしたあと、《異空間接続》を行う。

 扉型のゲートは、黒色ではなく、白色に輝いている。

 僕は警戒を最大にして、神世界へと足を踏み入れた。



前回、メロウが敵対すると思いました?

残念、彼はまだこちら側ですよ。

彼がいつ裏切るのか、それとも裏切らないのか、それはまだ分かりません。

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