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76話 加奈とティファニーの雑談

今回は主人公一行は出てきません。

第三者目線回です。




 ****



「今日はパスクくんは一緒じゃないのね?」

「はい、パーちゃんはノエルが家で見てます。パーちゃんがお昼寝中なので。ところで、良かったんですか? 申し出た私が言うのもアレですけど、報告じゃなくて雑談ですよ?」

「いいのいいの。ケイたちを貴女たちのもとに向かわせたのは私なんだし、愚痴の一つや二つは聞かなきゃね」

「愚痴、ですか?」

「あれ? 愚痴を言いに来たんじゃないの?」


 ティファニーと三浦加奈は2人して小首を傾げた。


 ――時は、佐々倉啓一行が加奈とノエルの鍛冶工房(スウィートホーム)を辞去した直後。

 場所は冒険者ギルド、ギルド長室。

 2人はテーブルを挟んで向かい合い、高級品である紅茶の香るカップを片手に、ソファに腰を落ち着けていた。

 

 加奈は、行き違いがあったことに申し訳なく思うと、とりあえず熱々の紅茶を一口含み、カップをテーブルに置いてから口を開く。


「本当に雑談なんですけど……すぐに飲んで帰りますね」

「ああ、気にしないで。むしろ私の休憩時間を延ばして欲しいわ」


 ティファニーは悪戯っぽく笑った。


 加奈は感心しつつ考える。

 そういう子供っぽい仕草にも色香が漂うのよねー、鑑にしたいわー、でもティファさん胸ないのよね、あれば完璧なんだけど、ていうかこっちの世界の女は皆ありすぎなのよ、この世界栄養が満足に取れていないことも多いのに、理不尽だわー、ニィナちゃんも育てば育つのかなー? ああー、理不尽理不尽。


「えっと、カナちゃん?」


 視線を感じて思わず胸部を隠しながら、ティファニーが問う。


「す、すみません、なんでもありません」


 加奈は慌てて両手で否定すると、笑って誤魔化す。

 ティファニーは、自分に向けられた視線に邪心がないのを悟っていたので、言及しなかった。


 仕切り直し。


 ティファニーが促す。


「それで、カナちゃんから見てケイはどうだった?」


 加奈は考える。

 ティファさんに転生のことは明かしていない。

 それを考慮しながら答えなければならない。


「戦いの素人ではありますよね。無駄な争いをいといそうな、優しそうな男の子です。

 ただ、修羅場を潜った経験はあるみたいです。ちょっと試してみたんですけど、捌かれてしまいましたよ」

「え、試した……それより、捌かれたって?」


 普段の加奈は人を試すようなことをしない。だが、捌かれたという報告のほうがティファニーにとって衝撃的だ。


「嘘でしょ? だって……一応聞くけど、貴女、剣は使ったのよね?」

「はい。私に有利な状況でした。十分な間合いから、不意を打って切り込みましたから」

「……はぁ」


 ティファニーは投げやりに吐息をした 


「固有魔法を使えるのはいいわよ。魔力量が少ないのに高度な魔法が使えるのも……1000万歩譲るわよ」


 1000万歩というのは実質譲る気ゼロではあるが、それはこの際どうでもよかったらしい。

 ティファニーは左手を額に当てる。


「どうして剣の達人の技を捌けるのよ……」


 佐々倉啓は捌けていなかったと主張するが、現実、三浦加奈が寸止めせずに振り切っていたとしても、風の刀身は体を上下に分かつことができていない。

 確かに刀身は内臓にまで達するが、脊髄を絶たれる間際、佐々倉啓の《加速空間》が間に合っている。

 即死さえしなければ、ほとんど停止した世界で、佐々倉啓が三浦加奈を異空間に送り込むのは造作もない。

 そしてニィナリアのもとまで転移し、治癒魔法をかけてもらえば、佐々倉啓は生き延びることができる。


 そこまで加奈は理解しているわけではなかったが、それでも、己の必殺の一閃に手ごたえがなかったことは分かる。

 加奈にとってはそれだけで十分だった。


 ……そういえば、ケイに常時警戒することを結果的に教えてしまったけれど……、私以上の脅威って、そうそうないよね? ていうか冷静に考えてみれば、人類最強級の一太刀、それも奇襲を捌けるって、おかしくない? ケイは無警戒だったし、同郷ってことで心を許してもいた。そこからの奇襲を捌けるって、どれだけ実力が離れてるって言うの? ケイの体がぶれたこと、魔剣に魔力が通らなくなったこと、どうやったっていうの? ……その力を手に入れるために、どれほどの代償を払ったっていうの?


 驚愕し、怖れ、閉口する加奈。

 そんな彼女をティファニーはなだめようとする。


「ほらほら、そう怖い顔するもんじゃないわ。せっかくの可愛い顔が台無しよ?」

「……」

「そら、お姉さんに愚痴っちゃいなさいな」


 ティファニーが柔らかく微笑む。

 加奈は眉間の皺を解いて、笑い返した。

 転生して記憶をなくし地道に続けてきた冒険者稼業を表でも裏でも支えてきたティファニーは、加奈が精神的に甘えることのできる貴重な一人であった。


 ……ただ、このとき加奈が感じたのは。

 ああ、冒頭で愚痴ると勘違いされたのはこういうこと、つまりティファさんも似た経験があるのね、というちょっとしたのシンパシーだったが。


「ケイの手の内が不明すぎてもう、なんなのっ、て感じですよ」

「ああー、分かるわぁ、空間魔法って、もう何がなんだかって感じよね」

「え、ケイって空間魔法を使うんですか?」

「あれ? 聞いてなかったの?」


 2人は驚いて顔を見合わせる。


「……主に私の身の上話をしていたので」

「そうだったの」

「ちなみに、空間魔法ってどういった魔法なんですか?」

「や、私も詳しくは知らないわよ? この前見たのは、異空間を作る魔法だったわね」


 説明してもらいながら、加奈は考える。

 果たして、ケイが見せたあの刹那の動きは、空間魔法で可能なのかと。


 ……例えば、身体強化100倍なんて魔法があればできるかもしれないけど。

 空間をいじって体の動きが速くなるわけがないと、加奈は結論した。


 そこから少し話した後、ティファニーがぽつりと漏らす。


「そういえば、貴女とケイって同じ髪と瞳の色をしているわね」

「……そうですね」

「そういえば、5年前の貴女、変わった服を着てたわよね。それに、雰囲気もケイと似ていたような」

「……」

「ねぇ、もしかして、カナちゃんは転生者だったりする?」

「んくっ!? こほ、こほ!」


 まさかその単語が飛び出すなどと心配していなかった加奈は、紅茶を噴き出しそうになって、むせた。

 涙目になりつつ上目遣いで聞き返す。


「転生って言葉は、ケイから聞いたんですか?」

「ええ、そうよ」 


 悪戯っぽく笑うティファニーを見つつ、ケイに迂闊じゃないかと思う加奈だったが、ふと、夫にカミングアウトしたときの夫の反応を思い出し、転生の件に関してそこまで神経質にならなくてもいいかもしれないとも思うのだった。


「今まで話さずにいてすみません。実は転生者なんです、私」

「誰にだって秘密の一つや二つはあるものよ。むしろそれを暴いちゃって、私のほうこそ謝らなくちゃいけないわね」

「いえ、いいんです。ティファさんになら、むしろ知っていてほしいくらいですから」

「そう、ありがとうね」


 そこから加奈が転生した直後の昔話に花を咲かせ始める2人。

 それが一段落すると、加奈は気になっていたことを尋ねた。


「ニィナちゃんのことなんですけど……、その、どう表現したらいいか……。確かに、目鼻立ちは整ってるし、目は大きいし、赤い宝石みたいで綺麗だし、睫は長いし、肌がつるつるすべすべで、ぷにっぷにで、真っ白で、剥いたゆで卵はこれだって感じで、羨ましいし、唇は口紅いらずの紅色だし、髪なんかはふわふわのつやっつやで、もうどこもかしこも完璧すぎて、どこの妖精ですかって具合ではあるんですけど……」


 加奈の描写に、ティファニーは苦笑するではなく、記憶と照らし合わせて逐一うん、うんと真剣に頷く。


「なんか、それだけじゃないですよね。雰囲気が、それこそ妖精みたいだと思うんですよ。いや、ただの比喩じゃなくて、えっと……」

「うん、なんとなく分かるわよ。そうね、確かに神秘的なのよね。それで、聞きたいのは? どうやったらああなれるかって質問なら、私がしたいくらいわよ?」

「いえ、違いますよ。まあそれも答えられる人がいたら絶対に聞きますけど、そうじゃなくて。そういうギフトってあったりするんですか? 神秘的な雰囲気になる、みたいな」


 ティファニーはあごについと指を当てて考え込む。


「んー、言われてみれば、フマとニィナちゃんの雰囲気、というか気配? うまい表現が見つからないけど、本当によく似てるわね。でも、エルフが妖精と接する機会が多いのは知ってると思うけど、その経験からいって、フマじゃない妖精はそういう雰囲気はないわね。フマが特別というか。そうなると、ますますギフトの可能性が高くなるわね」


 ティファニーは思考を続ける。魔力量の問題かしら? フマは妖精のなかでも多いほうだし、ニィナちゃんは魔人だし。


 ニィナリアが魔人であるという真実を、加奈が知らない可能性。それを考慮して口にはしないティファニー。


 答えを言ってしまうと魔力量は関係なく、ひとえにギフト【王者】の効果であったが、そもそも【王者】の存在を知らない2人にそれを推測しろというのはどだい無理な話であった。


 結局、分からずじまいで話は進む。


 そして加奈は、もう一つの問いを口にした。


「あ、もう一つ聞きたいことがあるんでした。5年前の魔物の大移動の原因って、フマちゃんが調べてたんですよね?」

「そうよ」

「報告は聞きました?」

「ええ、色々と危惧してはいたけれど、つまるところ例の一番目の想定通りだったわ。新しい魔脈の魔力に棲家を追われたってアレ」

「ああ、結局それだったんですね。確か、生まれたばかりの魔脈の魔力が不安定で、ピーク時の魔力に周囲の魔物が逃げ出すって話でしたよね」

「そうそう。フマの話だと、魔脈の入り口の特定はできなかったそうだけど、魔脈の存在はアイル村で報告されているスライムの大量発生が根拠になるって。そのスライム、魔力タンクとして既にこちらに搬入されてるんだけど、保有魔力量から判断して、魔脈スライムに間違いないわ」

「そうだったんですか。その新しい魔脈、温和な神が担当していればいいですけど」

「本当にね。まあ、こればっかりは、人類がどうあがいたってどうにもならない問題だけどね。もしこれが攻撃的な神だったら、近くの村や町どころか、国そのものが滅ぶでしょうから」

「そうですね、考えるだけ無駄ですね」

「最近お祈りしてなかったから、今日仕事終わったら行こうかしら。他の神が止めてくれるとは思えないけど、もしかしたら見てるんじゃないかと思うとね」

「エルフが崇めるのは自然の神ですよね。自然の神だったら、自然破壊する神は止めてくれそうですけど」

「さて、どうかしらね。祈るしかできないわね、こればっかりは」


 この話題を最後に、加奈はギルド長室を退室した。


「神を止める……。ケイなら……はは、まさかね」


 否定しようとして、否定できないことに気付き、頬を引きつらせるティファニー。

 リーガルを打倒した実力に、得体の知れない能力。

 考えるだけ仕方がない、その分疲れるだけだと、思考を切り替えたティファニーは、一度大きく伸びをしてからデスクワークへと戻るのだった。



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