73話 テノンとの依頼(2)
僕たちは冒険者ギルド本部の建物……ではなく、その裏手にある倉庫へと向かった。
薬草採取の依頼は、倉庫に薬草を納品することで達成されるとのこと。本部の建物には行かなくていいらしい。採取系だけでなく討伐系の依頼も、討伐証明部位を倉庫で渡して依頼達成となるようだ。
薬草を納品すると同時に、仕留めた魔物も買い取ってもらう。
テノンの仕留めたC級の魔物3体に、僕とニィで仕留めたA級の魔物2体。
内訳は、依頼達成報酬150グリーシア(薬草採取1人分)、C級の魔物3体11万8000グリーシア、A級の魔物2体45万5000グリーシア(解体料は差し引かれている)。
1日の食費がおよそ100グリーシアであることを考えればEランクの依頼の報酬額が少し低い気がする。
テノンにそう言うと、その食費が高いことと、Eランクの依頼報酬と魔物の買い取り額を比べるのがおかしいことを注意された。ちょっと反省。
そうそう、鑑定士はニィが異空間の中から物を取り出すと目を丸くし、A級の魔物2体を目にすると腰を抜かしていた。
というか、A級の魔物は熊のつがいだったんだけど、鑑定台1つじゃ足りず、周囲も巻き込んでちょっとした騒ぎになった。
そのとき僕は【存在希薄】を理由に対応をフマたちに任せ、野次馬気分を味わっていた。
すると隣から「4使いだ……」との呟きが聞こえ、その言葉は次々に伝播し、結果的にフマとニィの知名度が上がったようだった。有名になっていく仲間に、僕は嫉妬などではなく爽快感を抱く。だって自慢の仲間だしね。
お金についてだけど、C級の魔物の買い取り額は全額テノンの取り分とした。
テノンは萎縮して4等分をしきりに訴えたけど、C級の魔物を倒したのはテノンであって、僕たちは戦闘すら参加していない。逆にA級の魔物の買い取り額は僕たち3人で独占すると伝え、なんとかテノンを説得した。
まあ、Eランク冒険者からすれば11万8000グリーシアというのは大金だろうけど、装備にこだわればお金はいくらでも溶けていく。あるに越したことはないのだ。
そうして精算を終え、僕たちは倉庫を出て、敷地内を表通りに向けて歩いていく。
テノンが僕たちを呼び止めたのはそのときだった。
「ケイ師匠、ニィナ師匠」
振り返れば、決心したような表情のテノン。
「せっかく弟子にしてもらったけど、ごめんっ、俺、弟子をやめようと思う!」
何かに悩んでいるなとは察していたけど、まさか弟子をやめようと思っていたとは……。
唐突のことに僕はなんと言えばいいか分からず、それはニィも一緒だったようで、表通りの雑踏の音だけが聞こえてくる。
「…………えっと、理由を聞いても?」
なんとかそれだけ尋ねると、テノンは申し訳なさそうにしながらも決然とした目で答える。
「俺、ケイ師匠とニィナ師匠がすごいって思った。なんていうか、言葉にできないけど……肌で感じたっていうのかな、とにかくすごい魔法使いなんだって分かった。だから、2人についていけば、俺もそこに近づけるんじゃないかって思った。2人のようになりたいって思ったんだ」
テノンの瞳が細められた。それは憧れか、悔しさか、それとも別の何かによるものか。
「でも、2人とも、さっき戦うところを見たけど俺にはないものを持ってる。固有魔法もそうだし、魔力操作も、魔力感知だって……。俺が努力してどうにかなるものじゃないってのは分かる。それくらい2人の能力はずば抜けてる。ケイ師匠の言った『適任じゃない』って言葉の意味がよく分かったよ。俺が目指すべき〝場所〟じゃないって意味だったんだろ」
僕は確かにそう言った。
適任じゃないと。
その意図も、テノンが指摘したもので間違っていない。
「俺には俺の戦い方がある。2人の戦いを見ててそう思ったんだ。俺は自分に合った戦い方を学ばなくちゃいけないって……。だからごめん、2人を師匠にするのはやめるよ」
これは喜ばしいことだ。テノンが自分に合った師匠を選ぼうとするのは、彼自身の成長には必要なことなんだ。
僕は初めからそのことに気付いていたじゃないか。
「……うん、それがいいよ。ニィもそれでいいでしょ?」
僕の声に力はなく、ニィを見れば寂しげに頷いた。
良くない空気だ。これじゃあテノンを困らせてしまう。
「まぁ、テノンもこれから先が長い。また何かあったら気軽に声を掛けてよ。可能な範囲で力になるし、フマはいつでも貸し出すからさ」
「ふん、それじゃあ荷物持ちにケイをいつでも貸し出すさ」
「あ、酷い」
「お互い様さ」
余計なお喋りのおかげか、少しだけ空気が軽くなる。
それから僕たちは、その場でテノンと別れ、彼の後ろ姿を見送った。
「……最初から分かっていたのにね。基本4属性魔法を扱うテノンが、固有魔法を扱う僕とニィを師匠にするのは間違ってるって」
僕とニィは、どちらからともなく手をきゅっと繋ぐ。
「こればかりは仕方ないさ。なんにでも合う合わないはあるからな。というか、ニィナはともかく、どうしてケイまで落ち込んでるのさ? テノンの弟子入りをあまり歓迎しているふうには見えなかったけど」
ニィは、テノンが初弟子で、嬉しそうにしていたから落ち込むのは分かる。
でも、僕は……?
どうしてこんなにも寂しいと思うのだろう?
「……本当に、分かっていたはずなのにね。まぁ、感情は理屈じゃないってことかな」
フマは納得していない様子だったけど、肩をすくめただけで追及はしなかった。
僕は、もちろん理解している。
ひどく単純な話だ。
テノンの弟子入りを決めてから、この町にいる間はできるだけ面倒を見ようと思っていた。
それなのに、教え子が急に手を離れてしまった。
だから、寂しい。たったそれだけのこと。
別に、自分の能力が普通とかけ離れていることにはどうとも思わない。そんなのは今さらだから。
「出会いがあれば、別れもあるよね。僕らは旅人なんだからさ」
僕がそう言うと、ニィがハッと顔を上げて、悲しさと嬉しさの入り混じったような微妙な顔で微笑んだ。
「まっ、そういうことさ。ほらほら2人とも、元気出すさ」フマが僕とニィの頭をぺしぺし叩く。「日没まで時間があるから、ショッピングなんてどうさ?」
「あ、それいいね。まとまった収入もあったし、ちょうどいいかも」
「私、服見たい」
「それもいいが、2人とも、この町の特産品を覚えてるか? 2人は必要ないとは思うが、見ておいて損はないさ」
僕らは大通りを歩いていく。
仲間の存在も大きいのだろう、僕は雑踏の中に、寂しさが紛れていくのを感じた。




