67話 その神の名は(6)
「じゃあ、始めますね」
僕の周囲には、僕を取り囲むようにして、ニィ、フマ、グレッグさん、アレックスさん、メロウさん、フユセリさん、シア様、ロニーちゃん、ヤック、要するにみんな。
リーガルさんだけは、僕の隣に待機している。
さあ、これからケイニーのお仕置きタイムだ。
僕は異空間を作る魔法、《作成》を、実体化で発動させる。
実体化で、というところがミソだ。魔法だと後でマズいことになる。
――作成。
まず、お仕置き用の異空間を作り出す。
大きさは、平均的な一部屋サイズ。
もちろん、これで終わりじゃない。
今から準備をする。
「それではリーガルさん、行きますね」
「ああ、頼む」
僕はリーガルさんを魔力で包むと、今しがた作成した異空間の中へと一緒に転移する。
一瞬で視界が切り替わり、辺りが真っ暗になる。
かと思えば、握りこぶしほどの光球が出現し、中を照らした。リーガルさんが実体化で出したのだろう。
「ふむ、やはりお前の魔法は面妖だな。これほど不気味な空間もない。光が、そこまでしか届いていないのだからな。作った空間にしか光は届かないのだろう? 向こうの闇は、何もない場所だ。いや、通れないということは何かあるのか? よく分からないな」
「本当に、何もないんじゃないですか? えっと、つまり、空間もないんだと思いますよ」
「……やはり、分からないな」
「まあ、僕も感覚で魔法を使ってますからね、口で説明しきれないところもあります。それはそうと、さすがにケイニーを閉じ込める空間を完全な暗闇にはできませんね。光を実体化させられるのは防げないです」
「いや、それはそうだが、最終的にはケイニーの体のサイズに空間を縮小させるのだろう? お前の言葉を借りれば、1メートル先には空間がないのだから、光も届かない。実質、闇に閉じ込められているのと変わらないぞ」
「……それもそうですね」
僕は納得する。
「では、リーガルさん、始めてください」
僕が促すと、リーガルさんが眼前でパネルでも操作するように指を動かした。
「……できたぞ」
「早いですね。一応確認します。《転移》」
僕は数メートル先に魔力を置き、そこに転移しようとする。
しかし、《転移》は発動しない。
「はい、大丈夫です。戻りましょうか」
僕は再度リーガルさんを魔力で包むと、みんなのいる場所――ロニーちゃんの神世界へと転移する。
するとフマが僕のもとへと飛んできた。
「フマは苦労人」
僕の顔面にとび蹴りをかますフマ。
僕はひょいと避ける。
「殴っていいさ?」
「いや、もう足が出てるから。というか、ちゃんと僕の言葉が聞こえてるかなって確認したかっただけで、別にそんなことオモッテナイヨ?」
垂れ目で睨まれた。
いや、確認したかったのは事実なんだ。
本来なら、僕が異空間に転移したとき、【存在希薄】が発動して僕の存在を見失う。
でも、僕はみんなの前にマーカー用の魔力を残していた。
それを魔力感知で認識し続けることで、【存在希薄】を無効化できる。
ニィがいつもやっている方法だけど、これが案外難しいらしい。
というのも、僕の魔力を意識のどこかに常に置いておかないといけないからだ。
一瞬でも油断すると、存在を見失うらしい。
フマがきちんと僕を認識しているか確かめたかっただけなんだけど、苦労人って言ったのがいけなかったみたいだね。
「……そんなことより、説明してほしいさ。どうしてリーガルがついていったさ?」
睨んだままフマが問う。後で仕返しをされそうだ。
さて、冗談はこのくらいにして。
フマはリーガルさんの説明を聞いていなかったんだっけ?
そういえば、あのときフマはフユセリさんに拉致されていたような気がする。何かぎゃあぎゃあ騒いでいたようだけど、何をやっていたのかは知らない。
「リーガルさんがついてきたのは……えっと、順を追って説明するね。
まず、ケイニーを閉じ込めることについて問題があってね。僕の異空間に閉じ込めても、そこで神世界を作られたらどうしようもないんだ」
神代魔法《空間創造》。
リーガルさんから聞いた話によると、自分の魔力のある場所から、新しい神世界への入り口を作成できるらしい。要するに、異空間とゲートをセットで作れるってことだね。
せっかくケイニーを閉じ込めても、そこから新しい神世界に逃げられてしまう。まあ、その神世界は独立していて、こっちの世界に戻ることはできないんだけど、僕の異空間に閉じ込めるメリットがなくなってしまう。
「ケイニーが神世界を作るのを阻止したい。じゃあどうするか? 魔法を使えなくすればいい」
《空間創造》は魔法だけど、これを実体化で発動させられる神様はいないらしい。
つまり魔法を封じれば、《空間創造》が使えなくなるというわけだ。
「リーガルさんの能力で、魔法を封じることができるんだ。だからリーガルさんには、僕の異空間で魔法を使えないようにしてもらった」
リーガルさんは、法則の神様。
リーガルさんの説明を引用すれば、「自然の法を強めれば、邪法は使えなくなる」とのこと。
正直よく分からない。
ただ、ニィが僕の膝の上でなにやら頷いていたから、分かる人には分かるんだろう。
ちなみに、異空間を魔法で作成しなかったのは、これが理由だ。
リーガルさんの魔法無効化が発動すれば、魔法で作成した異空間は消滅してしまう。
だから、今回は実体化で異空間を作成した。
僕が説明し終えると、フマは納得してみんなのところに戻っていった。別に離れなくてもいいのに。
「じゃあ、続きをやりますね。といっても、実体化でやるんで、傍目からは何も分からないでしょうけど」
そう断ってから、僕はお仕置きの準備を進める。
――調整。
久しぶりに使用したこれは、異空間の大きさを変える魔法。
魔法無効化状態の異空間の大きさを、一部屋サイズから、ケイニーの体に合わせて縮小させる。これで、ほとんど身動きが取れなくなるはずだ。
これで準備は終わりではない。
僕は最後の準備に取り掛かる。
――加速空間、10倍。
これは、お仕置きをすぐに終わらせるための処置だ。
加速空間による時間の短縮。
ケイニーを閉じ込めた異空間だけ時間を加速させ、1秒を1日ほどに引き伸ばす。
そうすれば、すぐにお仕置きが終わる。
終わったら、リーガルさんに引き渡して、あとは教育してもらうだけ。
簡単だね。
というわけで、僕は《加速空間》を重ねがけしていく。
――上書き10倍。
これで異空間の中、100倍の加速。こっちの1秒が向こうでは100秒、つまり1分40秒。
――上書き10倍。
異空間の中、1000倍の加速。こっちの1秒が向こうでは16分40秒。
以下、これの繰り返し。
目安としては、こっちの1秒が向こうでは1日になるように調整する。
また、リーガルさんは1年、ケイニーを自分の神世界に閉じ込めるつもりだったけど、僕の異空間の場合、とりあえず3日から様子を見ようと思う。
というのも、暗闇の中で身動きできないまま1年も放置されていたら、心が壊れるだろうから。
ニィはそれでいいって言っていたけど、それなら殺すのと大差ない。
僕は、ケイニーが反省して、心を入れ替えてくれたらそれでいいと思う。
それに、殺したいのなら、無期限に異空間に閉じ込めていたらいいだけの話で、わざわざ1年とか期限を設ける必要もない。
そういうわけで、とりあえず3日から様子見をする。そのための、1日→1秒短縮だ。
――上書き10倍。
1秒が2時間46分40秒。
――上書き9倍。
1秒が1日と1時間。
……これで準備完了。
さて、お仕置きを始めますか。
僕は自分に《加速空間》をかける。
10倍を2回、合計100倍の加速。
次に、異空間の中で止まったように動かないケイニーを、僕の魔力で包み、お仕置き部屋に転送する。
それと同時に、自分にかけていた加速空間を解く。
そして僕は数え出す。
「いーち、にーい、さーん」
3秒経過。
ケイニーのほうでは3日と3時間。
僕は様子見のために、卵の殻型に固定した大気の檻の中に、ケイニーを転送する。
出現する魔力体。
実体のないそれは、瞬時に少年の姿に形を変えると、目を見開いて大剣を振りかざした。
――加速空間、10倍。
――上書き10倍。
――上書き10倍。
僕の時間が1000倍に加速し、ケイニーの動きがぴたりと止まる。
……やっぱり、3日じゃ反省しないか。
個人的には身動きできない暗闇の中に3日も閉じ込められていたら頭が変になりそうだけど、あれかな、何百年何千年と生きていると、時間の経過には疎くなるのかな?
とりあえず、お仕置き時間を延ばそうか。
僕はお仕置き部屋の時間の流れをさらに加速させる。
――上書き7倍。
1秒が1週間と7時間。
そして僕は、大剣を振りかざしたまま停止しているケイニーをお仕置き部屋へと送り込む。
同時に、自分にかけていた《加速空間》を解除。
秒読み開始。
「いーち」
1秒経過。
ケイニーのほうでは1週間ほど。
さて、どうなったかな?
卵型の大気の檻にケイニーを転送。
やはり魔力体の状態で出現したケイニーは、少年の姿になった後、今度はすぐに攻撃するのではなく、僕のほうをじっと睨んだ。
「んー、まだだね、反省が足りない」
僕はケイニーをお仕置き部屋に再送する。
秒読み開始。
「いーち」
1秒経過。
向こうでは約1週間。
様子見のために檻の中に転送。
魔力体が出現、少年の姿に変身。
ケイニーは視線をさまよわせ、口を開いては閉じてを繰り返す。
「もう少しかな?」
お仕置き部屋に再送。
秒読み開始。
「いーち」
1秒経過。
向こうでは約1週間。
様子見のために檻の中に転送。
魔力体が出現、少年の姿に変身。
ケイニーは、苦々しい表情で頭を下げた。
「やらされてる感があるね」
お仕置き部屋に再送。
秒読み開始。
「いーち」
1秒経過。
向こうでは約1週間。
様子見のために檻の中に転送。
魔力体が出現、少年の姿に変身。
ケイニーは、固定された大気の壁に取り付くと、必死な顔で何かを訴えた。
ただ、球状にぐるりと大気を固定しているため、声が漏れ聞こえず、何を言っているのかは分からない。
「あとちょっとかな?」
お仕置き部屋に再送。
秒読み開始。
「いーち」
1秒経過。
向こうでは約1週間。
様子見のために檻の中に転送。
魔力体が出現、少年の姿に変身。
ケイニーは、しばらく空ろな目でぽーっとした後、焦点が定まった途端にぶわっと涙をあふれさせ、ひざまずいて僕に何度も頭を下げてきた。
……頃合かな? これ以上やると、精神に異常をきたしそうだし。
僕は《固定》を解除し、ケイニーを囲んでいた大気を元に戻す。
ケイニーはひざまずいたまま床に落下するも、頭を下げ続けることをやめない。
そして、謝罪の声が聞こえてくる。
「お願いです許してください俺が悪かったです、お願いです許してください俺が悪かったです、お願いです許してください俺が悪かったです、……」
僕はやり遂げた充実感とともに、リーガルさんに顔を向ける。
リーガルさんの肩がびくりと跳ねた。え?
「えっと……どうでしょう? こんなもんですかね?」
「……いいのではないか?」
なぜか声の固いリーガルさん。
僕は他のメンバーに顔を向ける。
……あれ? みんな、そんなに遠い所にいたっけ?
「……え、どうしたの?」
僕が尋ねると、フマがなぜか緊張気味に答える。
「ど、どうもしてないさ。そ、それより、ケイニーに何をしたんさ?」
「え? 何って、説明したとおり、異空間に閉じ込めること?」
「でも、閉じ込めてから数秒しかたっていないさ。たった数秒で、ケイニーがそんなになるわけないさ」
「え? これも説明したよね? 異空間の中の時間の流れを速めるって」
「速めるって、具体的にどれぐらいさ?」
僕は聞かれ、そういえば伝えていなかったと思い出す。
何倍にするかはケイニーの様子を見ながら調節するつもりだったから、伝えなくてもいいと思ったんだよね。
「えっと……結果的には、63万倍だね」
うん、我ながら頑張ったね。
「…………」
「え、どうしたの? あ、いや分かるよ? 常識知らずって言うんでしょ?」
先回りされたからだろう、フマは口を開けたまま言葉を失っている。
「…………」
「……ん?」
なんか、静かすぎない? フマは分かるとして、他のメンバーはどうしたの?
僕はみんなのほうを見る。
全員、時が止まったように固まっていた。
「……え、なに? どうしたわけ?」
尋ねても、返事はない。
そのまま10秒ほどたってから、ようやく声が返ってくる。
フユセリさん、「フマぁ、同情するぅ」
メロウさん、「ここまで驚いたのは久しぶりです」
シア様、「……」
ロニーちゃん、「……」
ヤック、「……」
ニィ、「……」
グレッグさん、「……」
アレックスさん、「……」
フマ、「……」
リーガルさん、「……」
僕、「……」
これには僕も閉口したね。
結局、他のメンバーが回復するまでさらに1分を要したのだった。
うう、遅れてすみません。
本当は20時に更新したいのですけど、なかなか……。
ランキングですが……ななななんとっ、日間で2位に!
こ、ここまで上がるなんて……。
みなさま、ありがとうございます!




