64話 その神の名は(3)
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気絶したままの佐々倉啓を魔力で浮遊させ、ロニーの神世界に帰ってきたメロウ一行。
そこには死屍累々ともいえる光景が広がっていた。
床に倒れている者、ソファからずり落ちている者、背もたれにしなだれている者。
所構わず眠る様は、異様の一言だった。
「シアちゃん!?」
ロニーがソファにもたれるスイシアに駆け寄る。
スイシアのあどけない寝顔を真剣に見つめ、直後、ふにゃっと頬を緩めると、スイシアの頭をあやすように撫で回す。
「ふふふっ、かーわい~」
それからロニーはこれ幸いとスイシアの艶のある黒髪を好き放題にいじり始めた。
一方、少し離れて、フマを抱き上げたフユセリが、魔力を小麦粉に変換し、フマの頬と鼻にペイントする。
「うふふふっ、変な顔ぉ」
それぞれの悪戯を目にしたイータとコハロニが、佐々倉啓を見下ろし、相談を始めたが、メロウに制される。
「イータさんとコハロニさんは自重してくださいね」
「な、なに言ってるかよ!? 真似ようなんて思ってないかよ!?」
「そ、そうですわ!? 面白そうだなんて思ってないですわよ!?」
「それなら結構です」慌てふためく2人の人型ドラゴンから視線を外し、メロウは改めて会場を見回す。「しかしまたですか。ルエさんも人が悪いですね。おそらく、瀕死のケイさんを見て取り乱したニィナリアさんを沈黙させたかったんでしょうけど、そのためだけにヒュピさんを利用して全員を眠らせるのもどうかと思いますよ、私は。お二方もそう思いますでしょう?」
「眠らされるほうが悪いかよ」
「そうですわ、抵抗できないほうの責任ですわ」
「この間なんかは長老会の全員で丸1日眠らされましたね。そのときはお二方も眠っておられましたが、それもご自身の責任であると?」
「ヒュピの催眠には抗えないかよ。それを利用するルエはずるいかよ」
「そうですわ、ルエが悪いのですわ」
簡単に言葉を翻す2人。
長い付き合いであるメロウは何を思うでもなく、次の行動に移る。
「さて、みなさんを起こしましょうか。眠らされて来れなかったニィナリアさんを、早くケイさんに会わせてあげないといけませんしね」
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――あなたは……死にたくなったの……?
――生きるのが……嫌になったの……?
草原の中に、身をすぼめて立つ9歳くらいの女の子。
桃色のカールした前髪の向こうから、怯えたような目を覗かせて尋ねた言葉は、僕への質問だったが、彼女の本心のようでもあった。
なんというか、実感がこもっていた。
死にたい。生きていたくない。
そう言っているように聞こえた。こんなにも幼く、未来があるにもかかわらず。
僕は返答に迷った。
首を横に振れたのは、それからたっぷり10秒ほどたってからだった。
「……どうしてそんなことを聞くの?」
僕が尋ねると、女の子は叱られたように肩をびくりと震わせた。
今にも消えてしまいそうだと思った。
僕は言葉を選んで話していく。
「だって、ここにいるから……」
「……? それって、どういうこと?」
「普通は、ここには来れないの……」
「……ここって、そういえばどこなのかな?」
「ここは、ワタシの世界」
「……ん? もしかして神世界!?」
「うん……」
僕はニィの魔力を探る。
神世界で転移の痕跡があると、そこから向こう側の魔力を探れる。
……あった。異空間の2つ向こう側にニィの気配がある。
ということは、僕はケイニーを転送した後、そこからこの神世界に飛ばされたってことなんだろう。
……あれ? でも、1つ向こう側に僕の魔力がある?
というか、僕の体じゃない、あれ。
え、どゆこと?
「えっと? この僕はなに? いや、あっちが偽者?」
「今のケイは、意識体……」
「意識体? あ、幽体離脱ってこと?」
「ゆーたいりだつ……?」
女の子は一音一音をかみ締めるように幼い声で繰り返した。
同時に小首を傾げるものだから、きゅんときてしまう。
「……あ、うん。体から意識だけが離れるって意味だけど……、僕がここにいるのは、君が呼んだから?」
「ワタシは、呼んでない……。もしかしたら、同じ波長に引き寄せられたのかなって。でも、ケイは死にたくなったんじゃないって。だから、よく分からない。ごめんなさい……」
僕と女の子の思想が似通っていたから、僕の意識が呼び寄せられたんじゃないかという予想だったらしい。
でも、それはさっきの質問で否定されてしまっている。
分からない私が全て悪いんですと言わんばかりに、表情を強張らせる女の子。
僕は慌てて否定した。
「君がなんで謝るの!? 君は悪くないよ! なんでも分かる人なんていないって!」
「……」
「と、とにかく、こうして会えたのは何かの縁だろうし、君の名前を聞いてもいいかな? あ、僕はケイ・ササクラね、知ってるかもしれないけど」
「……ヒュピ」
ヒュピちゃんか。……発音しづらいね。
「……」
「良い名前だね!?」
申し訳なさそうに顔を伏せるものだから、僕は思わずフォローした。
「そ、そういえばここが神世界ってことは、ヒュピちゃんも神様だったりするのかな!?」
「うん……」
「何の神様か聞いても?」
「眠りの神……」
「眠りの。ということは、誰かを眠らせたり……どうしたの!?」
急に前のめりに倒れこむヒュピちゃん。
僕は咄嗟に小さな体を支える。
表情を窺えば、苦しげに歪んでいた。
「…………ふぅ」
数秒したら良くなったらしく、ヒュピちゃんは溜め息を漏らす。
そして僕の腕から離れる。
「多分、ルエの能力」
「……え、ルエって、確か死の神の?」
「うん……」
「え? でも、ヒュピちゃんはここにいるのに?」
「ワタシも、意識体なの……。体は、ルエの傍にある」
「あ、なるほど」
てっきり、意識体でいられるのは呼ばれた側だけかと思ってた。
神世界の主も意識体でオッケーなのね。
「あれ? でも、大丈夫だったの? ルエの能力って結構凶悪じゃない?」
体験者は語るよ。
「うん……。眠らせたから」
「お、さすが、眠りの神様だね」
「そんな……」
つぶらな瞳を細め、自虐気味に首を横に振るヒュピちゃん。
なんで、この子はこんなに……。
僕は尋ねようとして、けど尋ねてもいいものか迷って、そうして沈黙になった。
攻め口を変える。
「……ヒュピちゃんは、ここで何してるの?」
「え?」
「草原しかないじゃない? 花は咲いているけど、それだけだし、地平線の向こうまでずっと草原だ。暇じゃない?」
「……外の世界を見てる……」
「ああ、《神の視点》か。……普段は、体のほうにいて、たまに意識体になってここに来るの?」
「……ずっと、ここ」
「え? ずっと? 体のほうには戻らないの?」
「……」
「あ、えっと、ここが好きなの?」
質問を変えると、答えてくれた。
「うん……。ここは、あったかい。思い出の場所」
遠いどこかを見つめるヒュピちゃん。
見た目は幼いけど、神様だから、僕よりずっと長生きしてるんだろう。
多分、色々な過去があるんだろう。
それから僕は、ヒュピちゃんの闇に触れないよう当たり障りのない話題を選びながら、ヒュピちゃんとしばらく話していた。
僕の意識が途切れるまで。
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