60話 神候補佐々倉啓 vs 剣の神ケイニー(6)
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ヒュピの神世界。
ケイニーの斬撃が乱舞する中、メロウ、ロニー、フユセリ、コハロニ、イータの5名は、流れ弾で体を切断されながらも平然と佇んでいた。
「相性が悪かったですかね? 魔力体には効きませんが、生身の人間には有効ですし」
異空間に逃れる佐々倉啓を眺めながら誰にともなく漏らすメロウ。
対し、イータとコハロニが嬉しそうに喉をグルルゥと鳴らす。
「いな、逆であるよ。相性は抜群かよ」
「ケイはさっさと断ち切られるといいですわ」
上機嫌な2人の人型ドラゴンを素でスルーして、フユセリがメロウに問う。
「どっちが勝つと思ぉう?」
「順当にいけば、ケイニーさんですね。今回の場合、魔力量の差は考えないとして、技量と相性の問題になります。技量はケイニーさんが上、相性もケイニーさんが有利。ここからケイさんが勝つには、突出した何かによる力技が必要になりますが、見ている限りではそれもなさそうですし。ただ……」メロウは肩をすくめる。「ケイさんには、常識が通用しません。魔法の発想も斬新ですしね。私たちには思いもよらぬ何かを見せてくれるかもしれません」
「んー……そのときはぁ、多分ん、何が起こったか理解できないよぉ?」
「……なるほど。それは期待してしまいますね」
にこにこと優男スマイルを浮かべるメロウ。
メロウは魔法の神であるが、だからといって魔法に特別興味があるわけでもない。
えてして悠久の暇を持て余す神々は、新鮮さに飢えていた。
そういう意味では、佐々倉啓の神格化は神たちにとっては娯楽の一環でもある。
メロウとフユセリの会話を聞き流しながら、お下げの女の子が佐々倉啓とケイニーの戦いをつまらなそうに眺めている。
所在なさそうにふっくらとした小さな指で手の平をモミモミとしていたが、ふいに伝わってきた地鳴りと振動に、きょろきょろと辺りを見回した。
直後、山肌の切れ目からマグマが噴出する。
「……」
興味なさげに視線を戻すロニー。
そのとき、あっと声を漏らした。
佐々倉啓の背後から、大剣が腹を貫いていた。
「……致命傷。異空間で治療すれば大丈夫。うん、シアちゃんは悲しまない」
ほうほうのていで異空間に避難する佐々倉啓を見送り、ロニーは手もみを再開した。
「っ!? ケーィ!?」
ロニーの神世界でモニターを一心に睨んでいたニィナリアは、少女の顔を絶望に染めた。
「嬢ちゃん、安心しな。あれくらいなら、《治癒――4》で治る」
常識外れの戦いに緊張を崩せないグレッグが、固い声音でニィナリアを慰めようとする。
しかし、ニィナリアは悲痛の叫びを上げる。
「駄目! いやぁああああ!」
「お、おい!? 落ち着けって!」
ソファから崩れ落ちたニィナリアに、グレッグは肩を貸そうとするが、ニィナリアはそれどころではない。傍目からも分かるほど、小さな体をガタガタと震わせている。
「まだ、大丈夫だ! いいから落ち着け」
「グレッグ、違うんさ」
崩れ落ちたニィナリアに寄り添うフマが、痛みを堪えるような顔つきで言う。
「ケイは……治癒が使えないんさ」
「……なんだって」グレッグは力なく呟いた後、まくし立てる。「いや、だって、あんたら4使いだろ!? ケイは魔法使いだろ!?」
「ケイは固有魔法の使い手さ。属性魔法も、補助魔法も使えない。オレの知る限り、治療の魔法も使えない」
「……勝負はやめだ! 治療に行くぞ!」
雄雄しい怒鳴り声が全員の耳に届く。
しかし、スイシアは否定の言葉を口にする。
「それは、無理だよ」
「なぜだ!?」
「佐々倉啓は自分の異空間に逃げ込んだ。異空間というのは、隔絶された空間だよ。佐々倉啓から働きかけがなければ、ボクたちは彼のもとに辿り着くことすらできないんだ」
「あんたら神だろ!? どうにかしろよ!」
「神だって、万能じゃないんだ。ボクだって……」
綺麗な黒目を悲しそうに伏せるスイシア。
グレッグは行き場のなくなった感情を後輩にぶつける。
「がぁああ! アレックス! どうにかしろ!」
「……今ほどその無茶振りに応えられないことを悔しく思ったことはありませんよ」
低い声音で返すアレックスの顔は、見る影もないほどに歪んでいた。
他の面々はというと、リーガルはしかめ面を深くし、ヤックは思いつめた表情でモニターを見つめている。
マイペースを保っていられたのは、元々部外者であるルエとヒュピの2人のみ。
「嫌ッ! お願い! ケーィッ、死んじゃ嫌!」
うわごとのように繰り返されるニィナリアの叫び声が、場の悲壮感を高めていた。




