6話 風の妖精フマ VS 魔人キーグリッド・ストムノーブル
2014/11/26 誤字修正しました。
今回は三人称視点です。
ふふふ、1話投稿するごとに、ブックマーク登録が1件ずつ伸びていて嬉しいです。
……そのとき、村のあちこちで恐怖に腰を抜かす者達が続出した。
彼らはみな、すくなからず魔力感知に秀でた者達であった。
中でも魔力量の多い人間ほど、彼我の力量差を理解し、慄いた。
幸運なのは、魔力感知の苦手な者達だろう。
なぜなら彼らはS級の魔物に準ずる存在が身近に現れたことも、それが一人ではなく二人であることも、一触即発の状況にあり災害級の力が今まさに振るわれんとしていることにも気付くことがなかったのだから。
村の冒険者ギルドのギルド長室。
「な、なんだこの魔力は……!」
その部屋の主、ザックは、背筋をぶるりと震わせた。
彼は思い出す。かつて冒険者として前線で魔物を討伐していたとき、そこで出会った魔人の女性を。
十三年前、ザックが戦った相手の魔人は、高位四家の一つ、フリズビリジ家の三女であり、そのときはA級冒険者四人のパーティで戦い、結果、惜敗した。
舞台となった山道は標高2000メートルにあり、多少は暑さが緩和されていたとはいえ夏であったにもかかわらず、そのときの戦闘により辺り一面が氷付けとなった。
原因はフリズビリジ家三女の固有魔法であり、一部の氷はそのまま夏の間に溶けることがなく、一年を通して残り続けたのだ。
その魔人の固有魔法は強力で、それを操る彼女自身もこの上なく強かった。
A級冒険者として活躍していたザックと同等の力量を持つ冒険者が、四人がかりでも勝てなかった相手。それがフリズビリジ家三女であり、高位四家と呼ばれる魔人なのである。
「別嬪だったなぁ」
当時を振り返りザックは漏らす。少なからず現実逃避が入っているが、フリズビリジ家の三女は確かに美人であった。それも背筋が凍るほどの。
ザックは思う。もし自分が若く、女房がいなければ、戦いを放り出して交際を迫ったのではないかと。
それはもちろんifの話であり、今やザックは齢50を過ぎ、孫までいる。そしてギルド長だ。馬鹿なことを考えている場合ではないと、彼は頭を切り替える。
そう、過去の思い出にふけっている場合ではないのだ。あのとき勝てなかった魔人。それよりもなお、今感じられる魔力の大きさは強大なのだ。
すなわち、高位四家の三女を超える何かがいるということ。
それも、二人。
町どころか、都市をすら落とせる戦力である。
さらに悪いことに、その二名は自らの魔力を隠そうとしていない。
それが示すことはすなわち、二人が一触即発の状況にあるということ。
都市を落とせる戦力が近くで暴れれば、この小さな村などひとたまりもない。
だから、そう、過去の思い出にふけっている場合ではないのだ。
ザックは一瞬で装備を整え、ギルドに村人の避難誘導を指示し、避難勧告を発令すべく、村長のもとへと急いで向かう。
ザックは心中誰かに愚痴りたくてたまらなかった。
どうしてこうも立て続けに、強者がこんな小さな村に来るのかと。
村をA級の魔物、フェンリルヴォルフが襲ったと聞き、会議の帰途を血相変えて戻ったのがつい1時間ほど前。
村に着いてそのフェンリルヴォルフが既に死んでいたと知り、胸を撫で下ろしたところにこれである。
もしも生き残れたら部下に愚痴ろう。
ザックはそう心に決め、《身体強化――4》の魔法を自身にかけて、村の大通りを疾風のように駆けていった。
「――《身体強化――4》」
「――《身体強化――4》」
フマと、それに続いてキーグリッドが呪文を唱える。
外見上の変化はなかったが、全身の筋力が跳ね上がり、動体視力が急上昇し、感覚が研ぎ澄まされ、思考と舌がよく回るようになる。
この魔法は白兵戦ではもちろんのこと、思考を最適化させることによる魔法の効率運用と、滑舌改善による呪文の高速詠唱化のため、魔法戦でも外すことができないものだ。
すなわちこの瞬間から、二人は臨戦態勢に入ったということ。
「一つ条件があるさ! 場所を変えたい! 飲まなければ全力で逃げてやるさ!」
「飲んでやるから喚くなよぉ、羽虫ィ。俺もハンパなヤツをいたぶる趣味はネェからなぁ。サッサと準備を整えてぇ、楽しィ時間を始めようゼぇ?」
その言葉を聞き、フマは警戒を解かぬまま、発動させていた30メートルの分厚い風壁、《極大――風魔砦》を抱えて、大空へと舞い上がっていく。
妖精の体が手の届かない位置を越えていくのを眺めて、キーグリッドはニィィと獰猛な笑みをたたえながら、唱え始める。
「《暴風よ。場所を問わず我に力を振るわせよ。纏嵐》」
キーグリッドの足元からブワっと暴風が噴き出し、彼の肩口まである長い灰色の髪を一瞬だけ巻き上げると、ぴたりと止まる。
その暴風はキーグリッドの足元に収束していき、それからふわりと彼の体を宙に浮かべていった。
キーグリッドの魔法の発動を感じ取って即座に攻撃魔法の詠唱を始めていたフマだが、キーグリッドの魔法が浮遊に関する補助魔法だと知り、呪文を途中破棄する。
「待たせたナぁ」
相変わらず獰猛なキーグリッドの笑みを見て、フマはギリッと奥歯を噛む。
もし制空権がこちらにあれば、優位に戦闘を進められた。特に30センチと小柄なフマが大空に舞い上がれば、相手からはこちらが視認できず、一方的に攻撃魔法を叩き込めるという状況だって作れたのだ。
それが対等に持ち込まれてしまった。ただでさえ魔力量に差があり、相手は固有魔法の使い手だというのに。
しかし負けが確定したわけでもない。
魔力量の差は、行使できる魔法の強大さに直結する。しかしだからといって、魔力量のみで勝負が決するわけではないのだ。
そう、つい先ほどのフマと啓の勝負のように。
フマはそのことを強く認識し、自分に勝機があることを自覚する。
二人はそのまま森の上を飛行して、村からぐんぐんと距離を取って行った。
そうして5キロほど離れたところで、フマは飛行を止める。
それに続いて、キーグリッドも足元からの突風を巧みに操り、ふわっと宙で停止した。
「ここでいいさ。要件を聞こう」
「アー、分かってるとは思うがよぉ、俺が聞きテぇのは一つだ。――数時間前に発動した神代魔法。テメェもその口だろォ?」
フマはあからさまに眉をひそめた。
言いたくなかった? それは違う。フマも知らなかった。
要するにフマも同じだったのだ。キーグリッドみたく、発動していた神代魔法を調べにあの村へやってきていた。
フマは知らないと正直に答えようか一瞬悩み、そして答える。
「オレも同じさ。だからこそ、何も知らない」
「隠し事してるとタメになんねぇぞ?」
「関係なさそうな些事が一つだけ。その時間帯、あの村で普段は見かけないフェンリルヴォルフがいたさ。あんな人里の近くにA級の魔物が出没したのは関係がないとも言えない。ただ、神代魔法にA級程度じゃ釣り合わないから、ただの偶然だとは思うが」
「ハァ、なんだよぉオイ。些事もいいとこじゃねぇかよォ。そいつはぁナぁ、そのフェンリルヴォルフは、コッチで飼ってるヤツを偵察に出してたんだよォ。ったく、途中で通信が途絶えたと思えばやっぱり死んでいやがったか」
キーグリッドの返答にフマは少し驚いたが、すぐにも気を引き締める。キーグリッドの挑発的な魔力が一向に収まる気配を見せないためだ。
「ヤァレヤレ、都合よく羽虫がいたのはいいが、収穫なしかよォ。不作だなぁ。で、これだけ魔力を撒き散らしても釣られる強者はなし、羽虫の調査で引っかかる一般人モドキもなし、かァ。こりゃぁ、よっぽど隠れるのが巧いか、何か重大な見落としがあるかのいずれかだな。ったく、マジでダリィぜ。前回に続いて何もナシたァなぁ」
キーグリッドは天を仰いで、灰色の髪を掻き上げた。さっきまでの獲物を狙う獰猛さがなりを潜めており、フマはこれで引き上げてくれるのではないかと淡い希望を抱いた。
しかし。
「……ただ、ナァ? テメェが嘘をついてねェとも限らねぇし、たとえ嘘をついてねェとしても、真実を口にしていないこともあるわけだ? なぁに、ちょっくら魔王城までご同行願いてぇだけなんだが、テメェはそれを素直に聞くか? ィイヤ、聞かねえよなァ? 普通は聞かねェよ。それとも、まさか聞くとは言わねえよなァ?」
フマはたじろぐ。キーグリッドの表情がニィィィと歪み上がり、170センチの痩身から今まで以上の魔力がほとばしり始め、彼を中心にした空間を急激に汚染し始めたのだ。
フマはキッと目の前の戦闘狂を睨みつけ、彼の魔力から逃れるように大きく距離を取った。
「拒絶するならしょうがネェよなァ? 力尽くで連れて行くしかねぇよァ?」
突然キーグリッドは腹の底からクツクツと笑い声を漏らし出し、やがて楽しくて仕方がないと言わんばかりに高笑う。
「クックックックックック……カッハハハハア! サァ、準備は整ったよなアア!? 場所を変えェェ、前口上を述べ終わりィィ、戦う理由も引っさげてんだァァ! 今からはァアア! 楽しィ時間の始まりだァアアアア!」
キーグリッドが言い終える前に、フマは呪文を唱え始めていた。
先手必勝、一撃必殺。
その魔法は、フマの持てる中で最大火力の魔法であった。
手加減は論外、出し惜しみなどもってのほか。先手を打てるうちに仕留めておかねば、もう永遠に自分にチャンスは回ってこないだろうと察していたのだ。
それゆえ、唱える。
四大属性魔法の中でも、最大の威力を誇る極大魔法を。
「《極大――風魔砲――×100! ――連結――極大――風魔刃――×100!》」
フマは唱える最中、自身の魔力をキーグリッドを囲い込むように展開していたが、キーグリッドの近くに寄った途端、キーグリッド自身の魔力に弾かれ、ばちばちと前哨戦を繰り広げていた。
――魔法とは、魔力を何かへと昇華させる現象である。
ゆえに魔力なきところからは、魔法は発動しない。
例えばゼロ距離で《風剣》を発動させてしまえば、相手は避けることができない。
例えば相手を360℃全方位取り囲んで《風弾》を300発ほど斉射すれば、逃げ場がなくなるだろう。
それを防ぐにはどうするか。
相手の魔力を自分の懐へ近づけなければいい。
相手の魔力を自分を囲うように配置させなければいい。
魔法戦とは、いかに有利に発動場所を持っていけるかの魔力戦でもあるのだ。
そしてそれは同じ実力者同士の場合、特に差がつくことはない。
そうして最終的には、魔法の火力とその使い方が物をいうことになるのだ。
今回の前哨戦では、両者互角であった。
フマはキーグリッドを魔力で囲い込むことができず、かといって反撃の隙を見せない。
キーグリッドはフマの魔力を全て迎撃し、かといってやり返すほどの暇はない。
そうして、フマの魔力は最終的にはフマの前方に壁を作るように張り巡らされた。
それが意味するところは、圧倒的密度における弾幕射撃。
その魔力の壁のどこからでも、魔法が打てるということであるのだから。
そしてフマは唱え終える。
風属性魔法の最上、魔法的保護のかけられていない城門ならいかに強固でもその一発で大破できる極大魔法を、200発。
それも打撃、斬撃の二種混合で。
それらが前面の魔力壁から一斉に射出された。
直径5メートルの風の砲弾と、全長15メートルの風の刃が、それぞれ100発ずつ、入り乱れて荒れ狂う。
「終われ!」
フマは懇願を込めて叫ぶ。
フマは展開させていた《極大――風魔砦》をフッと解き、それがあった箇所を200発の凶悪極まりない即死の大群が通り過ぎて行った。
対して、キーグリッドは。
ニィィィィっと。
とてつもなく途方もなく楽しそうに、楽しくて仕方がなさそうに、口元を歪めた。
《身体強化――4》によって加速されたキーグリッドの思考が、フマの必殺魔法を視認した後、それに対処しうる魔法をリストから選択する。
それは明らかに後出しだ。
普通であれば、キーグリッドの対抗魔法が、間に合うはずがない。
しかしそれをキーグリッドは、加速された思考と積み重ねてきた戦闘経験と戦闘を楽しみたいという悪魔的なセンスと改善された滑舌で可能とする。
瞬時、動く。
まず、呪文を詠唱し始める。
同時に、足元に収束させていた《纏嵐》の暴風を前方へと蹴り出し、その反動で後方へと高速回避。
かつ、その場に己の魔力を必要量だけ残していき、その魔力を単調ながらも素早く回転させ、キーグリッドの呪文詠唱が終わりを迎える。
「《暴風よ。形を成せ。竜巻》」
そこに、上昇気流が生まれた。
それは回転しながら上空へと大気を巻き上げ、反対に下方から大気を吸い上げ、そのサイクルを、注がれた膨大な魔力によって強化され、一瞬にして上下に腕を伸ばし終わり、全長100メートル、幅10メートルの巨大な竜巻と化して猛威を振るう。
まず、森と接した部分から、木々を根こそぎ巻き上げる。
次に、地面の土を大量に飲み込み、竜巻は土色になって樹木を芯とする。
それは己を大気の渦という物体的干渉に弱い存在から土と樹木による強化を施して、より固い竜巻へと昇華する。
その「固い」という性質は、大気の性質を持つ風属性魔法には絶大な効果を発揮する。
極大魔法の膨大で巨大な弾幕は、強化された竜巻に激しくドカドカと衝突しあい、一部は大量の土砂に、一部は何本もの木々に阻まれ、そうして残りは竜巻の上昇気流に上方へと逸らされ、キーグリッドのもとには1発も届くことはなかった。
その様に、フマは絶望を覚える。
フマの全力の極大魔法の嵐を、後出しで、しかもたったの三言の呪文で、防がれたのだ。
もはやどうしようもなかった。
「くっ、《極大――風魔砦》」
だが絶望に立ち尽くすわけにはいかない。
そんなことをしてしまえば、あっという間にキーグリッドの攻撃呪文にやられてしまうだろう。
フマの唱えた最大防御呪文によって、再び周囲を30メートルの分厚い風壁が覆う。
キーグリッドの放った竜巻が、幅10メートルの、中が空洞であることを考慮すれば、いかにフマの《極大――風魔砦》が守りに固いかがよく分かる。
が、しかし、それはあくまで一般的な話。
キーグリッドは魔人の中でも優れた家系である高位四家にあって、さらにその当主なのだ。
一般論が通じる相手ではない。
キーグリッドはフマの防御の陣形を、その鋭い切れ長の目で見据え、ニィィィィと獰悪に笑む。
キーグリッドは楽しくて仕方がなかった。
自分と全力の魔法戦を交え、かつそれに耐えうる存在とのやり取りにニヤニヤが止まらなかった。
サァ、俺はテメェの全力を耐え切って見せたぞ。
サァ、次は俺がテメェに容赦ない攻撃を仕掛ける番だぞ。
その分厚い防御を俺が今からぶち破ってやるぞ。
俺が満足するまでどこまでも耐え切って見せろよ。
そう考えながら、その思考に酔いしれながら、この状況を味わうように、楽しみ尽くすように、キーグリッドはゆっくりとゆっくりと言葉を紡ぐ。
「《暴虐の力よ……。我の意のままに……蹂躙し尽くせ……。……暴嵐竜》」
キーグリッドは自分の身からごっそりと魔力を前方に放り出し、そこに魔法を完成させる。
……彼の固有魔法、嵐魔法の上から二番目に強い技。
フマはそこに注がれた魔力の量に、悪寒が走った。
その量たるや、フマが放った極大魔法による弾幕の、さらに倍。
純粋に考えれば、魔力的保護のかけられていない城であればまるまる全壊させられるほどの威力を、さらに倍するもの。
とても《極大――風魔砦》なんかでは防げるものではない。
フマは覚悟を決めた。
いや、元々覚悟はあった。格上との殺し合いなのだ、死ぬ覚悟はとうにできていたし、そもそも一人旅をする中で、そんな覚悟は掃き捨てるほどしてきた。
今回の覚悟は、死ぬ覚悟ではない。そうではなく、全てのカードを出し切る覚悟だ。
……そう、これまでの旅の中で一度も使わなかった最後の手を。
フマはゆっくりと、しかしよどみなく、心を落ち着けて綴っていく。
――それは妖精魔法。体系化された風属性魔法などではなく、妖精のみに伝わる、自然を体現する神秘の魔法。
そして。
妖精女王と――その娘達にしか扱えない魔法である。
フマは穏やかなる表情で、おっとりとした顔で、それに見合った速度で、その小さな口で、唱え終える。
「《妖精女王の継承者として自然の理を汲み入れる。混沌をもたらす異物を浄化しよう。私は風精、全ての風に宿る者。風よ集まって。私の呼びかけに応じて。理なきものを吹き払おう。さあここに。純粋の姿を。――不変の風》」
直前、キーグリッドの嵐魔法が完成する。
彼の目の前にドラゴンが出現した。
5メートルの巨体。
足は太く、胴は大きく、敏捷そうでない体からはしかし、縦に首が、そこには凶悪な顔がある。
表面は灰色の鱗で覆われ、背中からは優に10メートルはありそうな蝙蝠のような黒い翼が、両側から2対伸びている。
ドラゴンは翼をはためかすことなく、がっしりと足を空につけていた。その下にはまるで地面があるかのように。
そのドラゴンはフマと同じように、翼を魔力媒体として浮遊の魔法で滞空することができる。
が、しかし、それ以外にも体表から暴風を発生させることができ、足元に暴風を溜め込むことで着地していた。
そして未使用の2対の翼は、空気を捉えるためでも、浮遊の魔法に使うためでもなく、ドラゴンの咆哮の直後、大きく大きくはばたいて。
ドラゴンは後ろ足で立つように伸び上がって。
使用できないドラゴンブレスの代わりに、計4枚の翼から凶暴な嵐をそれぞれが解き放った。
その嵐は一つ一つが町を壊滅に追い込める威力。
それらが凝縮されて塊となり、まとめてフマへと襲いかかる。
しかしフマの妖精魔法も完成していた。
「さあ、吹いて」
大気中の魔力が、ひいてはその源である森の魔力が、あたり一面からわずかだが消失していく。
そして、吹いた。
地表であれば、どこでも吹いているような何でもない風。
そよ風である。
そよ風は、一帯を吹き進み。
ドラゴンの放った嵐の前でも、吹き進み。
嵐の中でも吹き進み。
嵐の後でも吹き進み。
止まることのない不変の風となり、嵐は瞬時に吹き散らされた。
「……!? カッハハハハハハ! コイツァ良くできていやがる! 風属性魔法完全無効化――いや、風魔法を取り込んで固有化した俺の嵐魔法をも完全無効化するってぇかア?」
キーグリッドの《纏嵐》までもが吹き消されたため、キーグリッドはドラゴンにまたがり、ドラゴンは翼を用いて浮遊魔法を発動させる。
その上でキーグリッドは最高の見世物を見たとばかりに上機嫌に高笑いした。
笑い、楽しみ、愉悦し、味わいつくし、しかし頭のどこかでは対抗手段を考えている。
ゆえにその顔は依然として獰猛で、切れそうに鋭く、高笑いしているにしてはあまりにも隙がない。
「完全無効化かぁ。……だがよォ、テメェにも攻撃手段がねぇよなァ?」
キーグリッドはドラゴンを操りフマのもとへと飛来する。
「!?」
フマは慌てて飛び逃げるが、ドラゴンの飛行速度はフマのそれを上回っており、あまりにも短い鬼ごっこをへてキーグリッドの手に捕まってしまう。
途端、キーグリッドとドラゴンの魔力が同調し、増幅し、フマの魔力を凌駕して、あえなくフマはキーグリッドの魔力にも囚われた。
「ぐっ……離せ! 離せよ!」
「カッハハハハハハ! 羽虫の割にはなかなか楽しめたゼぇ。ァアン? そう暴れんなよぉ。取って食うわけじゃねぇんだからなァ。ちぃとばかし魔王城へとご招待願うだけだ」
キーグリッドの言葉に偽りはない。そして彼にはフマを傷つける意志もない。
キーグリッドにとって、戦いの悦楽を味わえれば、あとはどうでもいいことなのだ。
それも、その相手を務めたフマとあっては、少々好感を抱いているため、なおのこと安全である。
が、それはあくまでキーグリッドの目の届く範囲でのこと。
中には妖精をオモチャとする魔人もいるし、フマは妖精女王の娘ということで、よりコレクターに狙われやすい。
それが囚われの身となってしまえば、どこにも安全な場所などありはしない。
だからフマは必死の抵抗を示す。
マッチ棒ばりに細い手足をばたつかせ、体をもがかせ、緑色の髪を乱しながら頭を振り回す。
しかし拘束が解かれることはない。
たとえフマが《身体強化――4》をかけていたとしても、キーグリッドも同様に《身体強化――4》をかけている。
30センチの矮躯と170センチの痩身であれば、キーグリッドの力のほうが強いのは自明であった。
キーグリッドは、フマを片手に拘束したまま、ドラゴンを操りその場を去る。
こうしてキーグリッドとフマの対決は、キーグリッドの勝利で幕を閉じた。
「ガハッ!?」
キーグリッドは突然吐血する。
その顔は驚愕にそまり、切れ長の目が大きく見開かれていた。
「ッ!? ゴボボッ!?」
最初胃の壁の一部が消失した後、立て続けに、肺、肝臓、肋骨、腸の一部が消失した。
「ッ……《治癒――4」
唱えようとした呪文はしかし、ひゅーっという風が抜ける音に途切れさせられる。
見ればキーグリッドの喉仏が消えていた。
「ッ!? ッ……!」
キーグリッドはもはや震えが止まらない片腕を持ち上げ、礼服の内ポケットから親指ほどの宝石を取り出す。
それをキーグリッドは、握り締めて打ち砕いた。
瞬間。
キーグリッドとその片手に握られていたフマは、転移した。
そして主が消えたと同時、ドラゴンも追うように霧散する。
後に残されたのは、竜巻によって一部地面が露出した森と、いまだ吹き抜けるそよ風だけだった。