57話 神候補佐々倉啓 vs 剣の神ケイニー(3)
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そのとき、リーガルは自分の神世界にいた。
「……全く、あの2人は自制が効かない。ササクラ・ケイは無事だろうか?」
渋面を崩さず、佐々倉啓を心配するリーガル。
イータとコハロニが魔力を解放したとき、リーガルは避難していた。
リーガルは神の中で中堅レベルに当たるが、イータとコハロニは最上レベル。
これは長老会の他の面々にも言えることだが、イータとコハロニは、ふざけたようなと評するにふさわしいほどの魔力を有している。
そう評したくなるのは、あろうことか同じ神である。
まさしく、桁が違う。
その魔力に、リーガルが耐えられるはずもなかった。
ならば、佐々倉啓は?
リーガルは夢にも思わない。佐々倉啓がイータとコハロニの魔力にまさか耐えられるなどとは。
リーガルは、自分の魔脈への入り口を開く。
そこから魔力を取り込み、損傷を受けた魔力体を回復させる。
それが済んだところで、リーガルはロニーに《交信》を使用した。
『わたしだ。リーガルだ』
『え? あっ。……べっ、別に、忘れてたわけじゃないもん!』
『そういうのはいい。早くわたしを招待してくれ』
『なによっ、偉そうに』
直後、リーガルは自分の神世界からロニーの神世界へと転移した。
「……なに?」
そこでリーガルは、モニターに映る佐々倉啓とケイニーの姿を目にする。
「まさか……。スイシア、あの2人は戦うのか?」
「そうだよ」
こちらも苦い顔で、ソファに座るスイシアは答える。
「どうして止めなかった?」
「説得が通じない状態だったことは、キミが一番理解できてるんじゃないかな? それに、長老会で許可が下りたんだ。ケイニーを止められたとしたら、それはキミだけだったんだよ、リーガル」
「……そうか。悪かったな」
リーガルは忍ぶように目を伏せる。
それから目を開く。
その様子を緊張の面持ちで見守っていたヤックは、思わず声を出した。
「リーガル先輩! どうかっ、どうかケイニー先輩を!」
リーガルは険しい面持ちを一瞬だけ崩し、しかし次の瞬間には持ち直す。
「駄目だ、ヤック。看過できない。わたしの法に反するのだ。罪には罰を。これがわたしの生き様なのだ」
「せ、せめてっ、拒絶だけは」
「ヤック。罰とは、反省を促すものでなければ意味がないのだ」
「っ……。……どうしてもっすか?」
リーガルは答えないでモニターを睨んだ。
ヤックは俯くと、しばらく足元を見つめていた
ゴツゴツとした山の斜面で、佐々倉啓とケイニーが向かい合っている。
少し離れて、イータ、コハロニ、メロウ、ロニー、フユセリの姿。
ドラゴンの群れは、レイアビク山へと帰還していた。
勝負の審判は、メロウ。
開始の合図は、既になされている。
「……どうした? 来ないのか?」
ケイニーが首を回しながら言う。
その手には、身の丈2倍の大剣が握られており、戦闘の準備はとうに整っている。
「いや、僕としてはそっちから来るもんだと」
対する佐々倉啓は、魔力障壁を張り終え、実体化を発動させる用意は終えている。
「あー、まあな。初めはそうするつもりだったぜ? でもな、気が変わったんだ」
「それは、どうして?」
「俺の中ではよ」
ケイニーは首を傾げながら、感情の削げ落ちた暗い瞳で言う。
「あんたを殺すことは確定なんだわ」
「……それで?」
「そう思うと、ちょっとは譲ってやろうって気にもなるだろ?」
「いや、それは知らないけど」
身を切るような殺気。
佐々倉啓はぐっと睨み返すが、殺意までは抱いていない。そのせいか、リーガルとの戦闘時より、気迫に欠けている。
覚悟の足りていない佐々倉啓に対し、ケイニーはそれを指摘してやる義理もなく、言葉を続ける。
「先手は譲ってやるよ。掛かって来い、人間」
佐々倉啓より年下の少年が、傲岸に振舞う。
普通はそれを背伸びに感じるのかもしれないが、佐々倉啓の抱いた印象は違っていた。
――逆だ。
本体が、老成。
幼い皮を被っているだけ。
「……気になってたんだけど、なんで僕を恨んでるの? リーガルさんは無事に戻ったし、特に問題があるようには思えないんだけど」
佐々倉啓は話を振り、ケイニーはそれに乗った。
一触即発のピリピリとした空気の中、声のみが交わされる。
「あんたは、リーガルの兄貴を拉致した」
「もう帰ってきたでしょ?」
「あんたは、神と同列になろうとしている」
「そうしないと、身を守れないからね」
「気に食わねーんだよ」
「……何が?」
「あんたがリーガルの兄貴に勝って、あんたが神格化して、あんたがリーガルの兄貴と同格になって。それが全部気に食わねーんだよ」
「……」
「話はそれだけか?」
「……そうかもね」
佐々倉啓は納得していなかったが、自分が勝てばいいだけかと考え、身構える。
「さあ、来いよ、ケイ・ササクラ。優しく切り刻んでやるから」




